大谷翔平(左)とダルビッシュ有【写真:Getty Images】

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WBC世界の投手たちをピッチングストラテジスト・内田聖人氏が分析

 野球のワールド・ベースボール・クラシック(WBC)は日本代表・侍ジャパンの14年ぶり3度目の優勝で幕を閉じた。「THE ANSWER」は大会期間中、多くのプロ野球選手を含め400人以上が参加するパフォーマンスアップオンラインサロン「NEOREBASE」を主宰し、最速155キロを投げる自身を実験台にしてピッチング理論やトレーニング理論を発信するピッチングストラテジスト・内田聖人氏が、独自の目線で世界の投手を分析する連載を展開。今回は決勝を含め、日本の米国ラウンドを現地観戦した内田氏が大会を総括する。防御率1位を記録し、世界一の生命線となった侍ジャパンの投手陣から学びと発見として残ったことが3つあったという。「球速」について語った前編に続き、後編は「高めのストライクゾーン」と「データ」の活用について。(取材・構成=THE ANSWER編集部・神原 英彰)

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 今大会の学びと発見の2つ目は「高めのストライクゾーン」の使い方です。日本は高めの変化球はタブーとされやすい文化があり、これは新鮮でした。

 大会を見ていた人のなかには「それ、ボールじゃない?」と感じた高めの球がストライクだったことがあるかもしれません。しかし、米国では数年前からストライクゾーンとして多く使われている印象があり、もともと取られていたコース。それを日本で駆使していたのが、ダルビッシュ有投手と大谷翔平投手でした。

 真っすぐはもちろん、スライダーも高めに刺す変化のさせ方をしている。特にダルビッシュ投手が投手陣にいろんな助言をしていました。今年の日本のプロ野球は、真っすぐも変化球も、高めへの投球が使われる機会が増えるのではないでしょうか。

 そして、横や奥行き(タイミング)の変化だけではなく、縦の幅が日本球界も一つのトレンドになる気がします。今は情報が早く、アマチュア球界にも波及しやすい。一方、高めは使い方が難しいのも事実。まず、ある程度の球速がなければならず、球速が出ない投手はやみくもに真似をしても打たれる可能性があります。

 また、高めに投げて有効なスライダーと、有効ではないスライダーがあります。例えば、大会中にお話ししたスイーパーは“落ちてこないスライダー”という球種。そういう球は高めに積極的に投げられますが、高めから落ちてしまうスライダーはバットに合ってしまう。当然、球速が遅いと球が落ちやすいので難しくなります。

 なので、高めを使うために必要な変化量、強度を求めていかなければいけない。自分なりの試行錯誤やトレーニングで、高めを使える“権利”を獲得する必要があります。高校生以上のある程度高いレベルで、球速を出すことを目標にできる投手は、高めを使えるか使えないか、自分なりに吟味していってもいい時代だと思います。

 そもそも、なぜ高めの変化球がタブーとされてきたかというと、前提として目から近いと打たれやすいという考え方があります。加えて、よくあるのが変化球の抜け球で本塁打を打たれること。結局、低めに投げようとして、失投の高めを打たれ、「ミスをして、高めを打たれた」という悪い印象が生まれる。

 悪い印象の方が強く残りやすいものですが、今はフライボール革命の影響でバットの軌道が低めから出る打者が多い。時代の影響もあり、決して今はすべてをタブーとしてしまうのは良くないし、むしろうまく使ってみた方がいい。だから、WBCで触れた米国流の野球に注目しながら今後メジャーリーグを見ても面白いです。

 今大会、日本の打者は高めの見逃し三振が少なくなかった印象です。高めのストライクゾーンは世界的に見ても日本のプロ野球はおそらく狭い。しかし、きっと向こう5年くらいの間にメジャーリーグと同じぐらいの水準のストライクゾーンになっていくと個人的には思っています。それはアマチュアも同じ流れでしょう。

 高めのストライクゾーンに打者はどう対応していくのか。逆に、投手は高めのストライクゾーンはどう使っていくのか。今後の動きとして注目したい部分です。

印象的だった大谷翔平の優勝へのこだわり

 3つ目として「データの活用」に学びと発見がありました。特にそう思ったのは、ダルビッシュ投手と大谷投手に対して、米国の打者がバットを振れていたこと。

 当然、メジャーリーグでプレーしているダルビッシュ投手も大谷投手も米国の打者のことは分かっているので、苦手なところを攻めていたと思いますが、米国も打者もこういう球が来るとイメージができている。打てる、打てないは別にして、凄く気持ち良く、より自分のスイングになっている状態に感じました。

 結果的には併殺になりましたが、ベッツ選手が大谷投手に対して気持ち良くスイングしていた印象。反対に、日本の他の投手陣は米国からすると全員、初見に近い。手探り状態だったのは強味になりました。高校野球などアマチュア野球は初見の対戦が多い。そう置き換えると、それを生かした大胆な攻めもできます。

 また、データ活用はメジャーリーグが遥かに進んでいる。相手の投手がどんな球を投げるか、打者はどんな球が苦手か。より細かいところを互いに調べ、突き詰める戦略がだんだんとNPBに降りてくる。すると、良い悪いは別として日本の野球もまた変わり、アマチュアも同じ水準ではないとはいえ、データの重要性が増します。

 大学野球にしても、高校野球にしても、今は映像がすぐに出回ります。相手の投手の情報は分かった方がバットは振りやすいと、トップレベルの試合で改めて思いました。高校野球には偵察禁止というルールはあるので、もちろんその範囲内にはなりますが、使えるものをどんどん使う方がより戦いやすい時代になると感じました。

 先ほど述べた通り、今大会をきっかけに高めのストライクゾーンが変われば、日本の野球も変わっていく。定期的にこういう革命的な変化はあると思います。

 まして日本は優勝しました。今大会は他の国も一線級が参戦し、物凄いメンバーの米国に勝ったのは大きい。日本の野球がさらに注目され、ダルビッシュ投手がいろんな知見を落としてくれている。それを特にNPBの選手たちはもちろん、自分のように野球に携わる者は汲んで、次世代につなぐためにやっていかなければいけません。

 勝負に関しては日本が強いと今回証明された。アマチュアには甲子園、都市対抗など一発勝負で優勝を競う大会があり、日本が世界より進んでいる部分で、日本の良い文化。「甲子園を目指さない高校野球」という流れもあり、もちろんそれは否定しませんが、今大会は大谷投手がすごく優勝にこだわったことが印象的でした。

 大谷投手はチームに影響を与える立場でもあり、一層こだわった部分はあると思いますが、勝ちにこだわることで見えることもある。勝つためにチームの一員としてどう動くか。それは野球に限らず、社会に生きてくる。だから勝ちにこだわることも、凄く大事なこと。そうしたことも含め、いろんなことを感じたWBCでした。

■内田聖人 / Kiyohito Uchida

 1994年生まれ。早実高(東京)2年夏に甲子園出場。早大1年春に大学日本一を経験し、在学中は最速150キロを記録した。社会人野球のJX-ENOEOSは2年で勇退。1年間の社業を経て、翌2019年に米国でトライアウトを受験し、独立リーグのニュージャージー・ジャッカルズと契約。チーム事情もあり、1か月で退団となったが、渡米中はダルビッシュ有投手とも交流。同年限りでピッチングストラテジストに転身。2020年に立ち上げたパフォーマンスアップオンラインサロン「NEOREBASE」は総勢400人超が加入、千賀滉大投手らプロ野球選手も多い。個別指導のほか、高校・大学と複数契約。今も最速155キロを投げる。

(THE ANSWER編集部・神原 英彰 / Hideaki Kanbara)