21世紀枠の意義をあらためて感じさせるチームだ。センバツ甲子園の大会4日目(3月21日)の第1試合に登場する栃木県立石橋高校を何度か取材させてもらったが、いつもそんな思いに駆られる。飾り気のないどこにでもいそうな高校生たちが、さまざまな積み重ねを経て夢舞台にたどり着いたことを実感するからだ。


春夏通じて初の甲子園出場を果たした石橋高校の選手、マネージャーたち

【過去2回、21世紀枠に落選】

 東京の中心部から約90キロ、JR宇都宮線の石橋駅から徒歩10分に校舎とグラウンドがある。県庁所在地の宇都宮市と第2の都市である小山市、その2つの間に挟まれた下野(しもつけ)市にある唯一の公立校だ。

 これまで春夏通じて甲子園に出場したことはないが、21世紀枠の最終候補9校に残ったのは今回が3回目。いわば3度目の正直で、ようやくつかんだ甲子園だった。過去2回、選考から漏れた時も、指揮官は福田博之監督。同監督は母校である真岡高を指揮していた時も21世紀枠の最終候補に残ったことがあり、じつに3度の落選を経験している。

 前回(2021年)の時はさすがにショックが大きく、報道陣に「どうしたら行けるのでしょうか......」と思わず本音を漏らした。

 それだけに1月27日のセンバツ出場校発表日に、21世紀枠3校の3番目に名前が呼ばれると福田監督は喜びをグッと噛み締め、目に涙を浮かべて一つひとつの言葉を丁寧に紡いだ。

「選んでいただいたことの理由のひとつに、"3度目"ということもあったと思います。先輩たちが築いてくれたことも大きかった。関わってくださったすべての方に感謝したいです」

 部員たちの反応は純粋そのものだった。「下校時までは使用禁止」の校則をきっちり守りスマートフォンの電源を切っていたので、校長からの「出場が決まりました」のひと言で朗報を知った。本当にうれしい報せを受けた時はこうなるのかと思うほど、部員同士で顔を合わせたのち笑顔が広かった。「出場が決まったら、絶対に泣いちゃいます」と、発表前に笑っていた女子マネージャーたちは涙を流し抱き合った。

 部員数は女子マネージャー4人を含め37人。偏差値66の進学校で文武両道を掲げるため、練習時間は平日放課後の約2時間。グラウンドは野球部を含む5つの部との共用で、狭くて危険なため、放課後の練習でフリー打撃や内外野の連係プレーなどは、年間を通してほとんどできない状況だ。

 それでも、朝7時半から始業前までの約40分程度の時間をフリー打撃に充て、平日は曜日ごとに練習メニューやテーマを設けるなど工夫を凝らしてきた。

 日々の濃い練習に取り組んできた成果は、明確な結果となって表れた。県大会ではたびたび上位に進出し、2016年秋に県準優勝、17年春は4強、夏は8強、19年夏は8強、21年秋は準優勝、そして昨年秋は4強。昨秋にいたっては、新型コロナウイルスの感染者が相次ぎ、なかなかメンバーが揃わないなかでの躍進だった。また、1年生大会では強豪私学を抑えて優勝を果たしている。

【地域貢献と障害予防】

 そしてもうひとつ、選出の大きな要因となったのが、地域の医療関係者と連携した肩・ヒジ検診を兼ねた野球教室の開催だ。

 前監督の琴寄元樹(ことより・もとき/現・小山西監督)さんの呼びかけで始まり、毎年12月にNPO法人『医療サポート栃木』と協力して、地域の小学生を対象に肩・ヒジの検診を兼ねた野球教室を開催してきた。ここで野球の楽しさを伝えるとともに、早期の障害予防にも取り組んできた。

 主将としてチームを束ねる横松誠也も、小学4年時にこの教室に参加。その際、検診で「関節が硬い」と指導を受けたことで、「それから毎日ストレッチを欠かさずやるようになりました」といいきっかけになり、このチームの雰囲気に惹かれて「石橋で野球がしたい」と受験を突破して入部し、今やチームを引っ張る存在になった。
 
 地道な活動や日々の練習が周囲の評判を生み、文武両道でレベルの高い選手たちが集まるようになった。それが、安定した強さを生み出す要因になっている。

 注目選手は、投手と遊撃手を兼ねる入江祥太(2年)。中学時代は硬式野球チームの宇都宮県央ボーイズでプレーし、三塁手兼投手(おもに抑え)としてボーイズリーグの全国大会で春は優勝、夏は準優勝の経験を持つ。地元および近隣の中学軟式野球部出身者の部員が多いチームのなかで、傑出した実績だ。

「いい環境で勉強ができるから」と作新学院中学に通っていたが、高校は「文武両道の進学校で、野球が強かったから」という理由で石橋に入学した。高校入学後は「選手主体でやるので楽しいです」とのびのびと成長を続けている。

 入江の特長は、投手としては最速136キロのストレートと縦・横2種類のスライダーなどの変化球を生かしたコンビネーションで打ちとり、野手としては状況に応じた打撃ができるところだ。家族代々、中日ドラゴンズのファンで、将来は「東京六大学でプレーし、プロ野球に進みたいです」と語る。

 幼い頃から夢見てきた甲子園でのプレーについて、こう意気込みを語る。

「自分たちが楽しんで、見ている人たちにも楽しんでもらえるような野球がしたいです。進学校で勝てたらカッコいいと思うので、勝ちたいです」

 ほかの部員からも「見ている人を楽しませたい」という言葉が多く聞かれた。それはなにより、彼らが野球を楽しんでいるからにほかならない。

 突出した進学校でもなければ、過疎や災害などひどく困難な状況に置かれているわけでもない。それでも思う存分、野球を楽しむ石橋ナインの姿は、甲子園で多くの人の心を動かすだろう。