日経平均株価が3万円に近づくことはできるのか。重要な1週間になりそうだ(写真:つのだよしお/アフロ)

先週2日のことだが、アメリカのNY(ニューヨーク)ダウ工業株30種平均の値動きで、「おっ」と思う瞬間があった。

この日のNYダウは、タカ派とされるアトランタ地区連銀のラファエル・ボスティック総裁の発言が注目を浴びた。同総裁は「あくまで今後のデータ次第だ」などと断ったうえで、現時点では21〜22日に開催されるFOMC(連邦公開市場委員会)で「0.25%の利上げに断固賛成する」などと述べた。それが市場に伝わり、NYダウは前日比341ドル高となった。

「場味(ばあじ)」が変わった

だが、むしろ注目すべきは、同国のこの日の朝方の動きだった。朝に労働省が発表した同国の2022年10〜12月非農業部門労働生産性の単位労働コスト(改定値)は、前期比で年率+3.2%の上昇となった。

このデータは「生産単位当たりの報酬」を示すものだが、結果は市場予想の+1.6%や、速報値の+1.1%を大きく上回るものだった。その結果、同国の10年債利回りは一時4.04%から4.09%に上昇したが、特筆すべきはこのときの株価の動きだ。

物価に影響する平均給与に敏感になって神経質な動きを繰り返していたこれまでの市場なら、NYダウは数百ドル下げてもおかしくない株価条件だったはずだ。だが、NYダウはまったく動かなかった。

これは市場が同国における長期の引き締めや、それによる金利の上昇を織り込んだということを意味しており、同国株式市場の「場味(ばあじ)」が変わった瞬間だった。

この「場味の変化」は翌3日の市場にもはっきり現れた。この日発表の2月ISM非製造業景況感指数は55.1となり、新規受注や雇用が1年超ぶりの高水準となったにもかかわらず、同日のNYダウは前日比387ドル高と続伸した。

日本株も、この動きを敏感に感じ取ったようだ。2日のアメリカ株の好調を受けての3日の日経平均株価は、市場関係者の多くが戸惑うほど違和感のある上昇を見せ、2万7927円で終了。1月後半から続いていた高値モミ合いを一気に抜けた。大証先物の終値は2万8200円台になっている。

当初、「FRB(連邦準備制度理事会)の利上げは今月21〜22日のFOMCで打ち止め」とのスタンスをとっていた市場関係者が多かったはずだ。だが景気の堅調を示す重要指標が相次ぎ、FRBの利上げは、その後の5月(2〜3日)、6月(13〜14日)、さらには7月(25〜26日)まで続く可能性まで出てきた。

これによって、「利下げのタイミング時期」も大きく後ずれしているはずだが、不透明な状態が続く中でも市場は「耐性」をつけ、新型コロナウイルスやインフレ、地政学リスクなどに順応したと思われる動きとなっている。

「東証改革」は「株高改革」

こうした環境の中で、日本株をどうとらえるか。昨年4月4日、東京証券取引所は「60年ぶりの再編成」を行い、4市場(東証1部、2部、ジャスダック、マザーズ)は3市場(プライム、スタンダード、グロース)に移行した。

この「市場区分再編策」は「経過の検証」に入っている。すでに東証は1月、市場区分の見直しに関するフォローアップ会議などを通じて、プライム市場のボーダーラインにいる企業に事実上“最後通告済み”だ。

具体的に言えば、同市場の上場基準には未達ながら「改善計画書」を提出して、暫定的に同市場にとどまっている銘柄群に対して、その経過措置を「2025年3月以後に到来する決算日をもって終了」(1年の改善期間などあり)とした。

さらに東証は、PBR(株価純資産倍率)が継続的に1倍を割る上場企業に改善策を要請する案を示した。これは複数の通知の1つだったはずだが、これで市場の雰囲気は一変している。今や、日本市場は「低PBR修正バブル」と言われるほどの市場のにぎわいを見せている。

そもそも、東証はプライム市場を「グローバルな投資家との建設的な対話を中心に据えた企業向けの市場」と定義して再編したはずだった。

だが、世界の代表指数であるアメリカのS&P500種指数構成銘柄では3%程度にすぎないPBR1倍未満銘柄が、東証プライム市場では半数とはいかないまでも、なお多数近くにのぼる。日本を代表する企業群である「TOPIX (東証株価指数)100構成銘柄」でも、3分の1前後がPBR1倍未満という状況だ。これでは「東証プライム市場はグローバル市場」とはとても言えない。

では、東証が要望するように、PBRを継続的に上げるにはどうすればいいか。「PBR=ROE(株主資本利益率)×PER(株価収益率)」だから、「ROE=経営の効率性」や「PER=企業の成長期待」を上げればいいのだが、実はそれほど単純ではないのだ。

例えば、「ROE=当期純利益÷自己資本」で表される。確かに、自己株買いや消却はROEを改善させるかもしれないが、それだけで企業の成長期待が高まるわけではないからだ。

「株価修正エネルギー」は大きい

経済産業省の言葉を借りずとも、PBRを上げるためには短期的に利益が増えるだけではダメで、中長期の価値創造に対する市場の期待を上げることが必要だ。結局、株価上昇がなければ、いつまで経っても「割安ニッポン」のままで、日本市場は世界から見放されてしまう。

これは、旧東証2部市場やジャスダック市場に所属していた企業が多いスタンダード市場にとっても、もちろん他人事ではない。東証が低PBR改善案を示した1月末時点では、電気・ガス業(2社)、銀行(12社)の加重平均が0.3倍、鉄鋼(19社)、輸送用機器(37社)、倉庫・運輸関連業(20社)が0.4倍となるなど、低PBR銘柄がゴロゴロしていた。

どこまで低PBRの改善が進むかは、これからにかかっているが、今まで放置されていただけに、低PBR銘柄の「株価修正エネルギー」は大きい。市場関係者の多くが違和感を覚えた先週末の動きは、日本市場を取り巻くこれらのエネルギーが胎動し始めたと考えてもいいのではないか。

さて、今週(6〜10日)は3月も第2週目となる。黒田東彦・現日本銀行総裁下での最後の金融政策決定会合(9〜10日)や「メジャーSQ」(先物とオプション両方の特別精算指数算出日、10日)もある。

一方、10日にアメリカでは2月雇用統計が発表となる。市場に「耐性ができた」と見ているが、それが本物かどうか試される中身の濃い1週間になりそうだ。

(当記事は「会社四季報オンライン」にも掲載しています)

(平野 憲一 : ケイ・アセット代表、マーケットアナリスト)