話すことができなくなって病院に運び込まれたイタリアの女性が、突然カナダ英語のアクセントで話し始めるという、これまで150例しか報告されていない「外国語様アクセント症候群」の症例が、査読付き学術誌・Neurocaseで発表されました。こうした事例は脳の損傷が原因となっていることが多い一方、この患者の脳には異常がまったくみられなかったと報告されています。

A multimodal imaging approach to foreign accent syndrome. A case report: Neurocase: Vol 28, No 6

https://doi.org/10.1080/13554794.2023.2168558

Italian woman's rare 'foreign accent syndrome' caused her to sound Canadian | Live Science

https://www.livescience.com/italian-womans-rare-foreign-accent-syndrome-caused-her-to-sound-canadian

今回発表された論文で「外国語様アクセント症候群」と診断された患者は、記事作成時点で50歳のイタリア人女性で、母国語もイタリア語です。しかし、ある時突然話すことや書くことが困難になり、5分間ほど不明瞭な言葉を話したため、救急外来を受診しました。

その後医師は、女性の話し方に聞き慣れないアクセントが混じっていることに気がつきます。女性は10歳のころから学校で英語を習い始め、その後英語圏での仕事を通じて英語を習得しましたが、変化はイタリア語と英語の両方に表れていました。

具体的には、「house」「about」の「ou」といった二重母音の発音に特徴が表れる「Canadian raising」が見られたとのこと。女性の職場で20年間一緒に働いているカナダ人の同僚は、このアクセントはカナダ特有のものだと医師に証言しました。



前述の通り、頭部への外傷や脳疾患などでこうした症状が出ることもあるため、医師は数回に分けて女性の脳をスキャンしましたが、脳が損傷を受けた兆候はありませんでした。また、女性は病院を受診する1週間前に新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の陽性反応が出ていたとのことですが、受診時には陰性だったとのこと。

通常の検査では原因が特定できないため、ミラノにあるカルロ・ベスタ神経学研究所の研究者らは、脳のスキャンと認知・精神医学的検査を組み合わせた徹底的な検査を行いました。具体的には、音声の生成と言語処理にかかわる脳の部位を活性化させる課題をイタリア語と英語の両方でやってもらいながら、その最中の脳の活動を調べるといった検査が実施されたとのこと。

しかし、結局脳に異常は見つからず、脳の活動パターンも健康なバイリンガルの大人そのものでした。一方、精神科の検査結果は全体的に正常の範囲内だったものの、不安感のレベルがやや高めなことが分かりました。また、秩序や完璧主義にとらわれて柔軟性などが損なわれる強迫性パーソナリティ障害の傾向もありました。



結局、女性が外国語様アクセント症候群になった原因は突き止められませんでしたが、前述の検査結果からいくつかの仮説が立てられています。まず、脳の損傷や脳活動の異常がなかったことから、原因は心理的要因によって引き起こされた可能性があります。これまでの外国語様アクセント症候群の症例でも、統合失調症、双極性障害、強迫性障害、不安障害、うつ病、心的外傷後ストレス障害(PTSD)など、心理的・精神的な疾患との結びつきが指摘されるケースがあるとのこと。

また、脳のスキャンには表れない微細な病変などの「神経学的な要因」を排除することはできないと、専門家らは指摘しています。例えば、女性が外国語様アクセント症候群の直前に感染していたCOVID-19では、脳が損傷を受けることで頭にかすみがかったように認知機能が低下する「ブレイン・フォグ」の問題が報告されています。

実は、COVID-19との関連性が指摘されている外国語様アクセント症候群の症例が、少なくとも2件あることが分かっています。1つ目はイタリアの事例で、患者はCOVID-19により集中治療室で処置を受けた後、発音に別の地方のアクセントに聞こえる音韻の変化が発生した48歳の女性でした。2つ目は日本のケースで、患者はCOVID-19から回復し退院した翌日に話すのが困難になって再度搬送され、病院に到着してみると地方のなまりに聞こえるような話し方になっていた85歳の女性です。

今回の事例で報告された女性は、退院後もカナダ風のアクセントが抜けず、8カ月後のフォローアップ検査の結果も発症時と変わりませんでした。しかし、女性は「知り合いの人が相手ならアクセントを調整できるようになりました」と話していると、論文の著者は報告しています。