「ニューロフィードバック」機械がアスリートを育成する仕組みとは

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 みなさんは「脳と機械をつなぐ技術」と聞いてどのような印象を抱くでしょうか。世間一般に普及している技術ではないことから「SFのようだ」「なんだか乗っ取られてしまいそうでこわい」など、あまり具体的なイメージが浮かばない方も多いのではないでしょうか。

 実はこの「脳と機械をつなぐ技術」はすでにスポーツでの応用に向けた研究が既に進められています。そこで、この記事ではそんな先進的な技術の応用領域やスポーツへの活用について詳しく解説します。

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ニューロフィードバックとは

「脳と機械をつなぐ技術」のひとつに、脳の活動をリアルタイムで観察しフィードバックを活動者本人へ与えることで自分の脳活動を制御したり訓練する、という技術が知られています。

この訓練方法は「ニューロフィードバック」と呼ばれます。

ニューロフィードバックは1970年代に提唱されてから研究が進められており、現在主流の方法はシナプス可塑性の増強に依存して記憶を定着させるというものです。

シナプス可塑性とは、神経ネットワークの伝達効率を変化させることで情報の重要性に強弱をつける現象です。

私たちの脳は、この重要性の選別によって情報を「記憶すべき重要な記憶」と「すぐ忘れてしまって良い記憶」に分けることで自分にとって重要な情報を長期記憶として蓄えていると考えられています。

これまで主に行われてきたニューロフィードバックの手法では、重要な情報を強調して本人へ伝達することでこのシナプス可塑性を増強し、記憶として刷り込むことを狙っています。

ニューロフィードバックの実用例

近年では、AIをはじめ、実世界の複雑な現象を物理法則に当てはめて定量的に把握する「数理モデル」を用いた技術に注目が集まることが増えました。

ニューロフィードバックにおいてもこの技術を用いた研究が進められています。

この数理モデルを用いたニューロフィードバックは既に発達障害などの治療として用いられ始めています。

特に、ニューロフィードバック技術は、「不注意」「多動・衝動性」といった特徴を主な特徴とする発達障害である「ADHD(注意欠如・多動症)」の症状の抑制に一定の効果をもたらすことが示されて以来、従来の治療に代わる非薬物療法として用いられてきました。

ただし、シナプス可塑性に頼る従来の方法では、効果が現れるまで数十日程度の繰り返し訓練が必要であることが問題視されていました。

数理モデルに基づくアルゴリズムを用いて最適化することで、従来の方法に比べ直ちに効果をもたらすことができると目されています。

ブレインテックの可能性

ニューロフィードバックをはじめとした、脳科学とテクノロジーを融合させた技術の研究分野を「ブレインテック」と呼びます。

ここでは、そんなブレインテックの可能性とスポーツへの応用について解説します。

ブレインテックはさまざまな業界から注目を集めている

ブレインテック分野の研究はさまざまな業界から注目を集めています。

特に、「言葉や文字で伝えにくい技術の継承」においてこのブレインテックの活用を行うことで、業務へ役立てようとする取り組みが盛んです。

熟練の「微妙なさじ加減」「審美眼」と呼ばれるような定性的な表現でしか把握することのできない技術を習得することは多くの時間を要します。

そこで、ブレインテックを活用し脳波データを元にAIでモデリングを行うことで、定量的なデータとして収集することを可能にしたという実証例もあります。

こうして集めたデータを用いて、これまで人力に頼っていた業務を自動化することで「人材不足」「人材育成」「作業効率」など多くの課題を解決することができる可能性を秘めることから多くの業界で注目されています。

ブレインテックのスポーツへの応用例

ブレインテックはスポーツの分野でも応用に向けた研究が進められています。

トレーニングを通して、「持久力」「筋力」「瞬発力」「マッスル・メモリー」といった面での向上を期待されています。

また、ブレインテック分野では研究を進めるだけでなく、実際に機器を開発し製品化に成功した企業も存在します。

ヘッドフォンタイプの機器の内側に電極となる突起を設け、運動野に働きかけることで運動機能の向上を図っています。

また、ヘッドフォンタイプのブレインテックトレーニング機器はある国の特殊作戦を主任務とする部隊にも配備されているとされ、高いプレッシャー下においてもパフォーマンスを維持できる可能性に期待されているようです。

このように、ブレインテックはアスリートに必要な「本番でも落ちないパフォーマンス」「効率的な運動」技能を向上させる技術として注目されています。

ニューロフィードバックトレーニングは運動能力の改善に有効であることが証明されつつある

実はニューロフィードバックを運動能力向上に活かすための研究は、30年以上前から取り組まれています。

Neurofeedback training for improving motor performance in healthy adults: A systematic review and meta-analysis(Onagawa et al.,2022)では、過去30年以上に渡って行われた研究のメタ分析を行なっています。

この研究では13 件の研究を比較試験したところ運動能力に対するニューロフィードバックトレーニングの有意な効果が示されました。

運動能力の結果測定には「動作の精度」「速度」「器用さ」などの視点から検討が行われましたが、この中でも特に器用さについて大きな影響を及ぼしたとする研究結果が多く目立ったそうです。

ただし、参考となる研究が少なく純粋にニューロフィードバックトレーニングが結果を及ぼしたとすることは難しい、とも述べられています。

同時に、信頼性の高い説得力を持たせるためにも今後もデータの蓄積を行い、実証的な研究を永続的に進めることが重要であるとも指摘しています。

このように、現在はまだまだ未開拓な領域も多く存在する分野ではありますが、その分大きな魅力を秘めている可能性もあります。

今後のニューロフィードバックトレーニング技術の発展に期待しましょう。

スポーツにおけるニューロフィードバックの可能性は未知数

ニューロフィードバックは治療目的に実証されつつありますが、スポーツ分野での応用の可能性は未知数です。

未だわからないことも多いからこそ大きな可能性を秘めているかもしれません。

まだ身近ではない技術であっても常にアンテナを張り、広い視野を持ち続けることが周囲との差を広げることにも繋がるのではないでしょうか。

[文:スポーツメンタルコーチ鈴木颯人のメンタルコラム(https://re-departure.com/index.aspx)]

※健康、ダイエット、運動等の方法、メソッドに関しては、あくまでも取材対象者の個人的な意見、ノウハウで、必ず効果がある事を保証するものではありません。

一般社団法人日本スポーツメンタルコーチ協会
代表理事 鈴木颯人

1983年、イギリス生まれの東京育ち。7歳から野球を始め、高校は強豪校にスポーツ推薦で入学するも、結果を出せず挫折。大学卒業後の社会人生活では、多忙から心と体のバランスを崩し、休職を経験。
こうした生い立ちをもとに、脳と心の仕組みを学び、勝負所で力を発揮させるメソッド、スポーツメンタルコーチングを提唱。
プロアマ・有名無名を問わず、多くの競技のスポーツ選手のパフォーマンスを劇的にアップさせている。世界チャンピオン9名、全日本チャンピオン13名、ドラフト指名4名など実績多数。
アスリート以外にも、スポーツをがんばる子どもを持つ親御さんや指導者、先生を対象にした『1人で頑張る方を支えるオンラインコミュニティ・Space』を主催、運営。
『弱いメンタルに劇的に効くアスリートの言葉』『モチベーションを劇的に引き出す究極のメンタルコーチ術』など著書8冊累計10万部。