男子ラガーマンにナメられないように。桑井亜乃は選手時代と変わらぬトレーニングで五輪史上初の偉業を目指す
ラグビーレフェリー・桑井亜乃さんインタビュー(後編)
7人制ラグビー女子日本代表「サクラセブンズ」の一員として、2016年リオデジャネイロ五輪に出場した桑井亜乃さん。東京五輪の切符は手にすることができず、昨年8月に現役生活にピリオドを打ったが、次なる夢は「レフェリーとして2024年パリ五輪に出場すること」だと言う。
ラグビー選手としてオリンピックに出場し、レフェリーに転身して再びオリンピックの舞台に立った例は、いまだ世界にひとりもいない。新たな夢にトライする彼女の想いに耳を傾けてみた。
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◆桑井亜乃@前編はこちら>>「もう一度オリンピックに出たかった夢を、次はレフェリーとしてトライ」
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ラグビー選手からレフェリーに転身した桑井亜乃さん
---- セカンドキャリアとして、桑井さんが指導者ではなくレフェリーを選んだきっかけは何ですか?
「ちまたで『桑井が引退するかもしれない』という噂が流れていたらしく、2020年の3月ぐらいに日本ラグビー協会の方から『レフェリーをやってみないか?』と声をかけていただいたんです。ただ、東京五輪の開催が1年延期になって現役を続けていたので、その時は実現しませんでした。その後、引退をほぼ決めた昨年7月頃からレフェリー講習を受けさせてもらい、新たな活動を始めました。
レフェリーを目指したきっかけは、やっぱりオリンピックの存在ですね。あの世界の舞台にまた違った形で戦えるのであれば、ぜひやりたいと思ったんです。今はレフェリーをやって1年くらい経ち、楽しさや魅力をさらに強く感じるようになってきました。この1年間は自分の人生のなかでも、かなり大きいと思っています」
---- 「大きい」と感じたのは、特にどういうところですか?
「選手を辞めて、会社も辞めて、何もないゼロからのスタートでした。もちろん、不安もありました。だけど、レフェリーという目指すものに出会えて、協会やスポンサーさんなど、いろんな方のサポートがあってチャレンジさせてもらっています。
そして、選手の時に見えなかったものが見え始めてきました。ラグビーを違う方向から見られるようになったので、さらに面白くなってきましたね。
たとえばルールひとつにしても、今は自分がジャッジするので、よりルールブックを読まないといけないですし、選手時代より試合を細かく見る機会も増えました。レフェリーも選手の時と同様に、毎試合レビューをします。今はテレビでの解説もやらせてもらっていますが、レフェリーだからこそできるなと実感しています」
---- 選手時代の経験はレフェリーになってプラスになっていますか?
「プラスしかないです! レフェリーは1試合で2キロくらい走るのですが、体力も含めてその感覚的なものは活きてきますね。最近まで選手だったので、自分の強みはスピードだと思っています。だからその強みを活かすためにも、今もアルカス熊谷の選手たちと一緒にトレーニングさせてもらっています。
レフェリーは女子の試合だけでなく、男子の試合も当然吹くことがあります。だから男子選手にナメられないように、相手が失礼な態度をとりそうな時は目で圧力をかけたりしています(笑)。
一方、レフェリーになって変わったことは、日焼け止めをつけるようになりましたね! 現役時代は陸上をやっていた時から日焼け予防をほぼしていなくて肌も真っ黒だったんですけど、海外のレフェリーは男女ともしっかり日焼け止めを塗っているので、私もマネて日焼け予防するようになりました(笑)。
---- 次の目標は、サクラセブンズと同じ「2024年パリ五輪出場」でしょうか?
「はい。おかげさまで世界を転戦する国際大会『ワールドシリーズ』にはアシスタントレフェリーとして、ヨーロッパチャンピオンシップにはレフェリーとして参加させていただきました。パフォーマンスを見せられる場は限られているので、呼ばれたらしっかり力を発揮したいですね。国内ではどんなにいいレフェリングをしても(国際的な審査員には)見てもらえないので、世界にどんどん出ていきたい。そのために英語が上達するように頑張っています!」
---- サクラセブンズは8月の国際大会で優勝し、ワールドシリーズのコアチームに返り咲きました。そして、9月9日からは世界一を決めるセブンズ・ワールドカップに参戦します。
「私のひとつ上(34歳)の中村知春選手など、リオ五輪で一緒にプレーしていた選手もいるので楽しみです。サクラセブンズがワールドシリーズのコアチームに昇格してくれたので、私も一緒にワールドシリーズを回りたいから頑張ろうという気持ちにさせてくれました。
ちょうど8月に行なわれた昇格大会の決勝を、未来のサクラセブンズ(セブンズユースアカデミー)の選手たちと一緒に見ていたんです。若い子たちには、サクラセブンズが輝いて見えたと思います。ワールドカップの初戦は東京五輪で銅メダルだったフィジー代表ですが、調子の波があるチームなので頑張ってほしいですね」
---- さらに10月には、サクラフィフティーン(15人制ラグビー女子日本代表)もワールドカップに出場します。
「かつてサクラセブンズも指導していたレズリー・マッケンジーHC(ヘッドコーチ)とは今も仲良くさせていただいていて、定期的にハンバーガーを食べにいきます。近くで見てきて彼女らの成長の幅を肌で感じているので、個人的には目標のベスト8以上に行けるかなと思っています。
レスリーは選手一人ひとりに向き合うことが上手だし、選手の特徴や逆に足りないものなども正確に教えてくれます。だから選手たちも『頑張らないといけない』と思える指導者です。レスリーの人間性がみんなに成長という種を植え、それが開花し始めている感じがします」
---- 桑井さんは将来のキャリアについて、どう考えていますか?
「まずは今、パリ五輪を目指していますけど、パリ五輪が終わってからもレフェリー業から離れられないかな、と思っています。現役時代、リオ五輪後もそんな感覚(辞めたくない感覚)になったので、また同じかもしれませんね」
---- あらためて、セカンドキャリアとして指導者や教員ではなく、レフェリーを選んだ決断は?
「正解だったなと思っています! 今、本当に楽しいです。ひとりで旅行することも好きだったので、レフェリーになってひとりで行動し、海外の人たちと仲良くなっていく感じも好きです。
なにより、ラグビーに関われているのが楽しい! レフェリーとして結果を残すことが、私の使命だと思っています。そして、ラグビーをやっている子どもたちのなかから『私もレフェリーをやってみたい!』と思ってくれる子が増えたらいいなって(笑)」
【profile】
桑井亜乃(くわい・あの)
1989年10月20日生まれ、北海道幕別町出身。幼少時から陸上を始めて、帯広農業高校時代に円盤投げで国体5位入賞。中京大学卒業後の2012年にラグビー競技を本格的に始める。2013年に立正大学大学院に進み、クラブチーム「アルカス熊谷」に加入。2016年リオデジャネイロ五輪代表。昨年8月に現役引退してレフェリー転身した。7人制ラグビーの代表キャップ32。身長172cm。