ミリ波に力を入れる米クアルコムは、2022年6月8日にメディア向けイベント「Qualcomm NOW」を開催。ミリ波のメリットとその活用事例などについて説明がなされました。広範囲のエリア整備に向かないため利活用がなかかなか進まないミリ波ですが、クアルコムはどのような点にミリ波のメリットがあると見ているのでしょうか。→過去の回はこちらを参照。

混雑する場所にミリ波を活用すれば投資効率が高い

2022年5月9日より「Qualcomm 5G Summit」を実施し、新たな5Gモデム「Snapdragon X70」の詳細などを発表したクアルコム。そのクアルコムが2022年6月8日に日本のメディア向けに「Qualcomm NOW」を開催、Qualcomm 5G Summitの内容をベースに同社の取り組みについて説明がなされました。

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その中でも力が入れられていたのが、5Gのミリ波です。日本では携帯4社がすでに使用を開始しているミリ波は周波数が高く、サブ6の周波数帯と比べ障害物に弱く遠くに飛びにくいことから、広範囲のエリアをカバーするのに適していません。それゆえ現在は積極的に利用する事業者が少ないミリ波ですが、クアルコムはそのミリ波が5Gにとって大きなメリットをもたらすものだとしています。

同社によると、5Gのミリ波は帯域幅が広く高速大容量通信に適しているのに加え、クアルコムが世界40カ国・90社に関連機器を提供するなど世界各国での採用が進んでいること、技術が確立されており対応デバイスが150以上に拡大していることなど、多くのメリットがあるとされています。そうした中でも同社が大きなポイントとして掲げているのが、ミリ波の投資効率の良さです。

ミリ波に対応した5Gデバイスは、50以上のベンダーから150以上の製品が発売されているという

実際、同社の試算によると、5Gのネットワーク投資のうち12%を、交通密度の高いエリアにミリ波を使って整備することに回した場合、24%の利用者が5Gのミリ波による恩恵が受けられるのに加え、投資の回収にかかる時間は5年未満とのこと。回収に7〜8年かかるとされるミッドバンド(サブ6)で整備するのと比べ投資効率が高いとのことです。

クアルコムによると、5G設備投資の12%を交通密度の高いエリアのミリ波整備にかけた場合、24%の利用者がその恩恵を受け、しかも投資コストは5年未満で回収できるという

それに加えて5Gのミリ波は帯域幅が広いことから、混雑時にも通信速度が低下しにくく、同社の調査では混雑時であっても、5Gのミリ波はサブ6の非混雑時と同等の通信速度を実現できているとのこと。それだけにミリ波は、スタジアムや駅、ショッピングモールなど多くの人が訪れ混雑しやすいする場所でのエリア整備に適しているそうです。

5Gのミリ波は帯域幅が広く大容量通信に強いことから、混雑時もミッドバンド(サブ6)の非混雑時と同等の通信速度を実現できるとのこと

ミリ波のSA対応がローカル5Gの利用を促進する?

すでに、5Gのミリ波はいくつかの国で活用もされているそうで、多く活用されている事例の1つがワイヤレスファイバ、要は固定ブロードバンドの代わりにモバイル通信を用いるFWA(Fixed Mobile Wireless)での活用です。

光ファイバを全国に網羅することが難しい多くの国において、FWAはデジタルデバイドを解消する上で重要な存在になっているようで、米国の農村部やイタリア、オーストラリア、東南アジアなどでの活用が進んでいるそうです。

そして、もう1つの活用事例となるのが法人向けのソリューションです。ミリ波は帯域幅が広いので、大容量のデータを高速伝送するのに向いていることから、精密農業でのデータ収集や、ブラジルのサンバカーニバルでの4Kテレビ映像中継、さらにはフランスにおける鉄道のメンテナンスなど、幅広いシーンでの活用が進められているとのことです。

さらに、同社によると標準化団体「3GPP」が2022年3月に仕様を凍結した5Gの標準化仕様「Release 17」で、ミリ波に関する大幅なアップデートがされるようです。

新たに、ミリ波とサブ6の周波数帯によるデュアルコネクティビティに対応し、エリアカバーと通信速度向上の両方が見込めるほか、ミリ波によるスタンドアローン(SA)運用への対応、そして71GHzとより高い周波数への対応が進められるとのことです。

最新の5G仕様となる3GPPのRelease 17では、ミリ波とサブ6のデュアルコネクティビティや71GHzまでの周波数対応、そしてミリ波のSA運用が実現するという

中でも大きな影響を与えそうなのがミリ波のSA対応です。ミリ波は電波が広範囲に飛びにくいことから、通信を制御する信号などのやり取りをするためのアンカーとしてLTEを一緒に用いるノンスタンドアローン(NSA)での運用が不可欠となっています。

それゆえ、5Gミリ波の基地局を設置するにはLTEの基地局も必要で、新たに基地局を整備する必要があるローカル5Gでは二重の設備投資がかかることから、ミリ波の活用を阻む要因の1つとなっています。

しかし、ミリ波がSA対応し、5Gのミリ波単独で基地局整備ができるようになれば、整備コストの負担が大幅に減り、ローカル5Gでもミリ波がより積極的に活用されるようになるのではないかと考えられます。

すでにクアルコムが、Snapdragon X70で5Gミリ波のSA運用に対応しているとのことで、対応する端末が投入される2022年末以降、端末面での環境整備は急速に進む可能性が高いといえるでしょう。

クアルコムの最新5G対応モデム「Snapdragon X70」。AI技術の活用による効率化に加え、5Gミリ波のSA運用にも対応。同社の試験ではピーク時で下り8Gbpsの通信速度を実現したという

ただ、基地局などの設備面を考慮した場合、現時点ではRelease 17の2つ前となるRelease 15対応の設備が主流で、Release 16対応の設備が出始めたばかりという状況です。

そのため、Release 17対応の設備が出回り、実際にミリ波でのSA運用ができるようになるにはまだ時間を要するでしょうが、有効活用されていないミリ波の利活用を促進する上でも、早い段階で対応機器が登場し、広く普及することに期待したいところです。

佐野正弘 福島県出身、東北工業大学卒。エンジニアとしてデジタルコンテンツの開発を手がけた後、携帯電話・モバイル専門のライターに転身。現在では業界動向からカルチャーに至るまで、携帯電話に関連した幅広い分野の執筆を手がける。 この著者の記事一覧はこちら