米航空宇宙局(NASA)のエンジニアたちは、巨大ロケット「スペース・ローンチ・システム(SLS)」を月へ打ち上げる準備を数カ月以内に整えたいと考えている。しかし、これまでのところ複数の問題に直面しているようだ。

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NASAは今年後半に予定されている有人月探査計画「アルテミス」初の月へのミッションに備え、世界で最もパワフルなこのロケットをフロリダ州ケネディ宇宙センターの発射台へと3月17日(米国時間)に移動させた。それ以来、技術者たちはこの巨大なロケットのシステムに対する数多くのチェックを終え、最終テストに3回にわたって挑戦してきた。ところが、「ウェット・ドレス・リハーサル」と呼ばれるカウントダウンの練習とテストを含むリハーサルに、まだ合格できていない。

主な問題は、ヘリウムチェックバルブの不具合と、液体水素の漏れである。この漏洩の問題により、最終打ち上げのリハーサルは数回にわたり中止された。最終的にNASAは、ロケットを切り離し、SLSと有人宇宙船「オリオン」のクルーカプセルを、ロケットの抜本的修理に必要な設備を備えるロケット組立棟(VAB)へと慎重に運び込むことを決めている。

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これによりNASAは早急に問題を解決し、すぐに発射台に戻してカウントダウンのテストを完了させたいという。だが、当初は6月初旬に予定されていたアルテミス計画初の月周回ミッションは、遅れることになるだろう。

「巨大月ロケットの計画は、いまも非常に順調に進捗しています。チェックバルブひとつだけが、これまでに判明した文字通り唯一の実際的な問題です。わたしたちはこのロケットをとても誇りに思っています」と、ワシントンD.C.にあるNASA本部の探査システム開発担当副長官のトム・ウィットマイヤーは、4月18日(米国時間)の記者会見で説明している。「しかし、わたしたちの前には、もう少しだけやるべき仕事が残っているのです」

こうした用心深さも当然だろう。NASAは非常に高価なロケットやアルテミス計画の初の打ち上げで、失敗の可能性が残るような危ない橋は渡りたくないのだ。「結局のところ、わたしたちがどれだけのリスクレベルを許容可能と考えるか、ということなのです」と、アルテミス計画のミッションマネージャーのマイク・サラフィンは、4月15日の記者会見で語っている。

最終テスト前に相次いだ不具合

テストそのものは、ロケットが組立棟から巨大な輸送用クローラー(戦車のような無限軌道をもつ移動プラットフォーム)で39B発射場まで運ばれたあと、4月1日に始まった。NASAのシニアテストディレクターのジェフ・スポールディングと彼のチームは、まずロケットの電気出力と加圧システムを接続し、側面にある1組の白いブースターに推進剤を充填するところから作業を始めている。

次に大きなオレンジ色の燃料タンクに、それぞれマイナス約253℃とマイナス約183℃という超低温まで過冷却した液体水素と液体窒素70万ガロン(約265万リットル)以上の充填を開始した。これが「ウェット・ドレス・リハーサル」が「ウェット」よ呼ばれるゆえんである。その目的はカウントダウンの全プロセスについて、コア・ステージのRS-25エンジンが始動しないまま実際の打ち上げに最も近い状態となる、発射10秒前の時点までシミュレートすることだった。

リハーサルの間、スポールディングたちは計器や圧力、温度、バルブなどを監視し、すべてのシステムが許容範囲内で動作していることを確認している。「もし少しでも範囲を超えていることが判明すれば、それこそいまわたしたちが知りたいことです。つまり、修正や調整が必要なことがあるかどうか、ということなのです」と、リハーサルテストの数日前にスポールディングは語っていた。そしてテストの結果、複数の調整が必要であることが明らかになったのである。

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最初のプロセスの遅れは、4月2日にロケットの周りの避雷塔に落雷があったことで生じていた。アルテミス打ち上げディレクターのチャーリー・ブラックウェル=トンプソンによると、NASAは翌日になって打ち上げタワーのファンとそのバックアップ装置に問題があることに気づいたという。

これらのファンは、ロケットの横に建つ背の高い構造物である移動式発射台に圧力を送り、危険なガスを排除するためのものである。このためファンの不具合を解決している間は、プロセスが遅れることになってしまった。

4月4日の2度目の挑戦では、コア・ステージへの充填中に別の問題に直面した。液体酸素をコア・ステージに半分ほど充填したものの、液体水素の充填を完了する前に作業を止めなければならなかったのだ。

これはタンクへ燃料を充填する際に、圧力を下げるために必要な移動式発射台のベントバルブを開けられなかったことが原因である。また、SLS上段ステージのヘリウムチェックバルブに不具合があることも判明した。

その後、民間の宇宙船で国際宇宙ステーション(ISS)に向かう初のミッション「Axiom 1」の打ち上げが近くの発射台で4月8日にあったことから、一時的に作業を中断。そして先週になって、NASAのエンジニアたちは3回目のテストに臨んだ。

今回はヘリウムバルブのことを考慮してテストを修正し、上段ステージへの燃料注入を制限した。ところが燃料を充填中に、液体水素推進剤を供給するために(ロケット本体ではなく)コア・ステージに取り付けられたアンビリカルケーブルで漏れが見つかったのである。

さらに、タンクへの燃料充填前にロケットから酸素を除去して不燃性環境をつくる目的で用いる気体窒素の供給も止まってしまう。結局、エンジニアたちはカウントダウンテストを再度中止し、推進剤を排出しなければならなかった。

NASAが楽観的である理由

まだ宇宙へ打ち上げられたことのない新しい複雑なロケットだけに、その準備中に障害にぶつかったところで異常ではない。だからこそ、どの宇宙機関や民間企業でも、潜在的な課題の発見のために打ち上げ日のかなり前にテストを実施するのだ。

NASAを象徴するスペースシャトルも、初めての軌道飛行の打ち上げ準備が整うまでに、燃料タンク充填を5回も試みる必要があったと、ブラックウェル=トンプソンは先週の記者会見で指摘している。そして最終的にNASAは、スペースシャトルを30年以上にわたって運用したのだ。

SLSの主な前身となったロケットは、実は宇宙と地上を往復して地球低軌道上でISSとドッキングしたスペースシャトルではない。歴史的な月着陸を含むアポロ計画の宇宙船を1973年まで打ち上げた、巨大な「サターンV」ロケットなのだ。

そんなSLSの主な任務は、今後5年間で少なくとも5回の月への打ち上げを含むアルテミス計画のミッションのために、人員と機材を運ぶことである。そしてSLSは初めての宇宙飛行で、無人宇宙船「オリオン」が月を周回飛行するために必要な推進力を与える。また、さまざまな小規模ミッションや技術実証のために、多数の人工衛星を配置する予定だ。

今回の初飛行が、月面着陸を含む将来の有人飛行の舞台を整えることになる。「とてもわくわくしています。夢が叶うようなものです。ついに人を再び月に送るプログラムに携われるかもしれないのですから」と、テストの数日前にスポールディングは語っている。アルテミス計画は、有人火星探査に向けた第一歩としても想定されている。

ブラックウェル=トンプソンのチームは現在、4回目のカウントダウンテストに向けてSLSをできるだけ早く発射台に戻す計画を立てている。だが、ほかの選択肢も検討しているという。まずロケット組立棟でより多くの作業を実施してから発射台に戻すか、あるいはロケットを発射台に戻す時期を今年後半にして、打ち上げ直前にカウントダウンテストをすることさえ考えている。

いずれにせよ、SLSのロケットが月に向かって飛び立つ本番の日程が明らかになるのは、まだ先のことだろう。NASAは必要な修理とテストがすべて完了した時点で、「アルテミス1」の打ち上げ日を発表する予定だ。

しかし、6月上旬にやって来る最初の打ち上げウィンドウ(打ち上げの予定期日)に間に合わせることは、現時点では「難しい」ように思われるとウィットマイヤーは言う。このため、次のウィンドウが開く6月29日から7月12日まで待たなければならないかもしれない。その次の機会は7月下旬である。

このような不具合や遅延にもかかわらず、NASAは依然として楽観的である。「NASAの最高の仕事の一部は、問題解決に取り組んでいるときに発揮されます。このチームについて、わたしはこれ以上ないほど誇りに思っています」と、ブラックウェル=トンプソンは語る。そしてアルテミス計画のミッションマネージャーのサラフィンは、次のように言う。「初めてのことをやり終えるのが、いかに難しいのかを認識しています」

(WIRED US/Edit by Daisuke Takimoto)

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