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何もない砂漠地帯をEVで走る

南オーストラリア州と西オーストラリア州にまたがるナラボー平野の真ん中、ロードハウス(サービスエリア)のあるカイグナ地区をEVで通り過ぎるまで、平均2か月半もの時間を要する。

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ナラボーは、「人里離れた場所」という言葉がぴったりのエリアだ。1979年にNASAの宇宙ステーション「スカイラブ」が地球に落下したとき、ここに散らばった破片は何にも当たらず、誰にもぶつからなかったのだ。


アウトバックと呼ばれるオーストラリア内陸部の乾燥地帯を走るポールスター2

ナラボー(Nullarbor)には何もない。木と呼べるものさえない。それが名前の由来だ。しかし、グレートオーストラリア湾に面するこの乾燥した砂漠地帯(アウトバックと呼ばれる)には、オーストラリア西部とその他の地域を結ぶ大動脈、エアー・ハイウェイが走っているのである。

80年前、戦争のために軍隊と装備を西へ運ぶために道が敷設される前は、ラクダと馬がこの厳しい地域を繋いでいた。

カイグナのロードハウスでは、液体燃料と揚げ物しか販売されていない。ガソリンやディーゼルのクルマならそれでいい。しかし、EVでここを通ろうとする勇敢な者たちはこれまで、キャンプ場の電源にプラグを差し込み、バッテリーが補充されるまで長い時間待たなければならなかった。

西オーストラリアのEVクラブのメンバーであるロビン・ディーン氏は、次のように話している。

「EVに乗る人たちは冒険好きで、自分がどこまで行けるのか、他の人が行ったことのないところに行ってみたいと思っています。しかし、どんなリスクもアウトバックでは無視できません。旅は計画的に行う必要があります」

揚げ物に使った油でバイオマス発電

ナラボーは、オーストラリア全土を網羅するEV急速充電ネットワークにおいて、事実上埋められない空白地帯となっている。主電源がなく、太陽光発電のコストと需要が見合わない現状で、ナラバーをEVが自由に立ち入れるようにするには、オーストラリア流の問題解決が必要だった。

それは、カイグナのロードハウスで販売されている揚げ物である。元エンジニアのジョン・エドワーズは、ろ過した食用油で動く発電機を開発し、50kWのEV充電器に電力を供給することができるようにしたのだ。


西オーストラリア州にあるカイグナ。ロードハウスと呼ばれる小さなサービスエリアがあり、通行人に食料や燃料を提供している。

カイグナ地区のマネージャーであるトロイ・パイクは、「作れば人が来る」と考え、エドワーズに発電機を設置するよう交渉を試みる。そして、新型コロナウィルスにより設置が決定した。西オーストラリア州と南オーストラリア州の州境は、トラック以外立ち入り禁止となり、交通量は80%減少。2月に再開したカイグナには、得られる限りの客が必要だ。たとえそれが、発電機に誘われたEV巡礼者だとしても。

1月、エドワーズのバイオマス発電機第1号がカイグナに設置された。

「わたし達は、燃料を売るためにここにいるのであって、電気を売るためではありません」とパイクは言う。「しかし、慎重に協議した結果、EVやハイブリッド車は未来のクルマだと捉え、合意に至ったのです」

パイクによると、彼が経営する3つのロードハウスでは、毎月60Lの廃食油を寄付することができるという(寄付しなければ埋め立てられる)。2022年はEVを無料で充電でき、それ以降は有料になる。クラウドファンディングを立ち上げ、追加の発電機1台につき7万ドル(約880万円)を支払うことで稼働を支援するキャンペーンを行っている。

インフラ整備で観光客増加に期待

エドワーズは、食用油をろ紙に通して発電機に注ぎながら、「1台充電するには、20Lの廃食用油が必要です」と説明してくれた。発電機に火を入れ、今回取材班がアウトバック横断に使用したポールスター2にプラグをつなぐ。

ポールスターに寄りかかりながら、充電メーターが上がるのを誇らしげに見つめるエドワーズは、「このユニットはオーストラリア、ひいては世界で最も人里離れた場所にあるEV急速充電ステーションの1つと言えるでしょう」と話す。フル充電すれば、1〜2回の停車で1000km先の都市パースまで行けるはずだ。


カイグナのロードハウスに設置された、バイオマス発電による急速充電器

かつて懐疑的だったパイクは、一躍脚光を浴びるようになった。TV局やパースの主要新聞がこの発電機について報道し、取材を受けた彼はちょっとした有名人になったのだ。

「EVを持つ人がどれだけ増えていくのか、とても楽しみです。二酸化炭素排出量削減に向けた大きな一歩だと思います」と彼は言う。

食用油を燃やして発電することは完全なゼロ・エミッションではなく、太陽光発電の費用対効果が高まれば最善策とは言えなくなる。しかし、すでに現場にある燃料を利用でき、埋立地の削減にもつながる。

EV評論家として知られるロジャー・アトキンスは、太陽光発電の費用対効果が判明するまで、この取り組みを支持する意向を示している。「偉大なものが良いものを邪魔しないようにすることが重要です。地元で手に入り、効率的なものは何でも使うことを支持します」

この道は、オーストラリアのロックバンドAC/DCが初期の頃に何度も通った道で、最も有名な曲「Highway to Hell」のインスピレーションの源となったようだ。充電インフラが整うことで、彼らのバンド名にふさわしい道となるだろう。しかし、問題は、実際に人がやってくるかどうかだ。

「過去5年間、ナラボーを通過したEVの平均台数は5台です」とエドワード氏は言う。「急速充電が可能だということが伝われば、年間20台、40台、100台と増えていくでしょう」

EVでナラボーを通過するのに3か月近くもかからなくなる。これは間違いなく進歩である。