NASAが支援し、アマゾンの創始者らが構想する民間の商用宇宙ステーションプロジェクトが進行しています。研究施設から商業、観光まで多用途に広がるその計画は、いわば“学研都市”を宇宙に展開するようなもの、といえそうです。

ビジネスの現場としての宇宙ステーション

 国際宇宙ステーション(ISS)に代わる世界初の商用宇宙ステーションを開発する計画が米国で始まっています。NASA(アメリカ航空宇宙局)が地球低軌道(LEO)で米国主導の宇宙ビジネスを本格的に行うため「商用地球低軌道開発(CLD)プログラム」に参加する企業を募集し、2021年12月に支援を受ける企業としてブルー・オリジン(Blue Origin)、ナノラックス(Nanoracks)、ノースロップ・グラマンの3社が選ばれました。

 ISSへの人員輸送や運営で大きな役割を担っていたロシアがウクライナに侵攻し、米国をはじめとする西側諸国との関係悪化や経済制裁などで、今後のISSの運用について不安視する声もある中、宇宙開発は新たな段階へと進みそうです。


民間宇宙ステーション「オービタル・リーフ」(画像:ブルー・オリジン)。

 NASAの支援を受けるプロジェクトのなかでも注目されているのが、アマゾンの創業者ジェフ・ベゾス氏が率いるブルー・オリジンと、宇宙企業のシエラ・スペース(Sierra Space)が計画している有人宇宙ステーション「オービタル・リーフ(Orbital Reef)」です。地球低軌道上に民間企業が所有・運営する宇宙ステーションを建設し、研究だけでなく商業や観光目的にも利用できるという、全く新しい宇宙の「複合型ビジネスパーク」として活用します。

 各国の宇宙機関だけでなく、ハイテク技術の開発に取り組むコンソーシアムや独自の宇宙プロジェクトが存在しない国、メディアや旅行会社、起業家やスポンサーを得た発明家、将来を見据えた投資家―――など、さまざまな人の受け入れを想定。宇宙環境で行う最先端の研究だけでなく、微小重力下での映画製作や宇宙ホテルの開業といったビジネス用途での利用も可能です。

 こうした活動を支えるステーションの運用や人員・物資の輸送、目的に応じた施設・設備の貸し出し、システムハードウェアの開発、ロボットやクルーによるサービス、居住設備の整備などは、ブルー・オリジンやシエラといった企業がサービスを提供します。再利用可能な宇宙船による輸送やスマートデザイン、そして高度な自動化とロジスティクスによって、従来の宇宙事業者と新規参入者の両方にとってコストと複雑さを最小限に抑え、幅広いユーザーがそれぞれの目標を達成できるようにするとのことです。

要は「宇宙のつくば研究学園都市」?

 ひとつの共有インフラが、各テナントや訪問客のニーズをサポートするビジネスモデルは地上では以前から行われてきたものですが、宇宙では前例がありません。ブルー・オリジンとシエラは、すべての顧客の障壁を低くし、宇宙関連技術の競争的な開発を促進するとしています。

 その計画は、いわば郊外の「学研都市」を丸ごと宇宙に創り出すようなものといえます。

 オービタル・リーフが周回するのは高度約500kmの傾斜軌道で、2020年代後半の運用開始を予定しています。広さはISSとほぼ同じ830立方メートル。モジュールは科学ゾーンと居住ゾーンに分かれており、10人程度が滞在可能です。もちろん宿泊施設や生活スペース、宇宙船のバースといった各モジュールは、需要に応じて“無制限に”拡張することができます。

 観光目的での利用も考えられており、地球に面した大きな窓が設けられたモジュールでは、旅行客が地球の美しさを堪能できるとともに、無重力のスリルを体験できるようにするといいます。居住スペースと作業スペースは大きなハッチで分けるほか、医療やレクリエーションなど、滞在期間に応じた快適な居住環境も整えます。


開発中のモジュール「ライフハビタット」(画像:シエラ・スペース)。

 研究モジュールでは、屋内外でさまざまな実験を行える施設などを整備するほか、新製品の特許などを守る専用のクローズドハッチモジュールなど、基礎科学から応用開発まで研究者が必要とするものをすべて提供します。これにより、軌道上で物理学、生物学、地球科学、新製品開発、探査システムのテストなどの研究がしやすくなるとしています。

 船外活動や宇宙観光では、ジェネシスエンジニアリングソリューションズ(GES)が開発中の1人乗り宇宙船が活用されます。またオービタル・リーフへの機材や人員の輸送は、シエラが開発中の有翼式宇宙往還機「ドリームチェイサー」やボーイングが開発中のカプセル型有人宇宙船「スターライナー」、そしてブルー・オリジンの超大型ロケット「ニューグレン」が使用されます。

重要拠点となる「大分」 三菱重工も協力

 商用宇宙ステーションとして期待が高まるオービタル・リーフですが、日本も無関係ではありません。実はシエラは日本企業との関係を強めており、大分空港が「ドリームチェイサー」のアジアの着陸拠点に選ばれる可能性もあります。

 2022年2月には、シエラが大分県や商社の兼松とパートナーシップを締結し、大分空港を「ドリームチェイサー」のアジア拠点として活用するための検討を進めることで合意しました。

 兼松は以前からシエラの代理店として、宇宙機器・サブシステムを国内民間企業へ提供しており、地球低軌道や商用宇宙ステーションの利用拡大に向けた業務提携の覚書も結んでいました。今後、「ドリームチェイサー」の国内での事業開発を目指し、安全性・環境面の予備検証や経済波及効果など具体的な検討を進めていくとしています。

 さらに3月、シエラは三菱重工業と「オービタル・リーフ」の開発に関する覚書を締結しました。ISS退役後の有人低軌道利用への参画を視野に、両社の知見を生かした幅広い技術分野での実現性検討を実施します。


有翼型の宇宙往還機「ドリームチェイサー」。大分に降りてくる可能性がある(画像:シエラ・スペース)。

 三菱重工は、ISSの日本モジュール「きぼう」の建設や宇宙ステーション補給機「こうのとり」の開発・製造・運用、宇宙空間でのライフサイエンス実験装置開発で実績があります。特にH-IIBロケットによって打ち上げられた「こうのとり」によるISSへの物資補給では、計9回のミッションを全て成功し高い信頼性を示しました。また、ライフサイエンス実験に関しては、人工重力発生装置と個別飼育可能なケージを「きぼう」に供給し、これまで計5回のミッションでマウスの全数生存帰還を連続で達成しています。

 同社の西ヶ谷知栄宇宙事業部長は「ISSの開発・運用に係る日本の実績を評価いただいていると理解している。JAXA(宇宙航空研究開発機構)やほかの日本企業とも連携を取りながら、できることを幅広く考えて協業を図っていきたいと思います」とコメントしています。