記憶や思考といった認知機能の低下や人格の変化などを引き起こすアルツハイマー病は、認知症の60〜80%を占めるといわれています。そんなアルツハイマー病のマウスを使った実験で、鼻腔を経由した薬剤の投与がマウスの記憶喪失や脳の変性を防ぐことが確認されたと、アメリカのルイジアナ州立大学とスウェーデンのカロリンスカ研究所の研究チームが発表しました。

Intranasal delivery of pro-resolving lipid mediators rescues memory and gamma oscillation impairment in AppNL-G-F/NL-G-F mice | Communications Biology

https://www.nature.com/articles/s42003-022-03169-3



Study Shows That Intranasal Rx Halts Memory Decay in Experimental Alzheimer’s Model

https://www.lsuhsc.edu/newsroom/Study%20Shows%20That%20Intranasal%20Rx%20Halts%20Memory%20Decay%20in%20Experimental%20Azheimers%20Model.html

Nasal spray could prevent Alzheimer’s disease, brain inflammation - Brain Tomorrow

https://www.braintomorrow.com/2022/03/21/nasal-spray-alzheimers-memory/

ルイジアナ州立大学の臨床神経科学教授で今回の研究を主導したNicolas Bazan教授は、「アルツハイマー病には予防法や治療法が欠けているため、壊滅的な病状進行と有害事象により、患者とその家族は多大な犠牲を払っています」と述べ、今後数年でアメリカにおけるアルツハイマー病患者は急増する見込みだと指摘しています。

Bazan教授らの研究チームが目をつけたのは、オメガ3脂肪酸などの脂肪酸や誘導体からなる、「Neuroprotectin D1(NPD1)」という生理作用を持つ脂質(脂質メディエーター)です。NPD1は体内の炎症を沈静化させるプロセスにおける重要なシグナル伝達物質であり、以前の研究ではNPD1が網膜損傷や脳卒中のあるマウスにおいて保護的な効果をもたらすことや、アルツハイマー病患者の記憶領域でNPD1が不足していることもわかっているとのこと。

そこで研究チームは、アルツハイマー病のマウスを「鼻腔内にNPD1を含む混合物を投与したグループ」「鼻腔内に生理食塩水を投与したグループ」に分けて、記憶障害および神経炎症に及ぼす影響を広範囲で分析しました。

その結果、NPD1の混合物を投与されたマウスにおいては生理食塩水を投与されたマウスより記憶力がよかったほか、アルツハイマー病においてみられるミクログリアの活性化が抑えられたことが確認されました。研究チームは、鼻腔内を経由する非侵襲的な方法で脂質メディエーターを投与することにより、アルツハイマー病に関する記憶障害や脳の変性を防ぐことができたと報告しています。



ルイジアナ州立大学とカロリンスカ研究所は今回の研究以外にも、認知症から脳を保護する脳脊髄液におけるシグナルについての共同研究も行っています。カロリンスカ研究所のMarianne Schultzberg教授は、「この生産的な共同研究により、アルツハイマー病の初期段階における重要な側面が明らかになりつつあります。その新しい進化するメカニズムは、今回の論文で開示されたような革新的治療法への道筋となることが期待されています」と述べました。