今オフ移籍の可能性は中日・又吉のみ。なぜ日本のFA制度は活用されないのか?
【短期連載】なぜ日本のFA制度は活用されないのか
第1回「日本のFA制度は機能不全となっている?」
史上稀に見る激闘となった日本シリーズに続き、多くの球団ではファン感謝デーも終わり、球界にはストーブリーグの季節が本格到来した。
最も注目されるのは、ポスティングシステムでメジャーリーグ移籍を目指す鈴木誠也(広島)の動向だ。長打力、打撃の確実性、俊足、強肩、守備力の"ファイブツール"を兼ね備え、「ミニ・トラウト」と形容する米国メディアもある。"現役最強"の誉れ高いマイク・トラウト(ロサンゼルス・エンゼルス)にたとえられることは、評価の一端と言えるだろう。
移籍も視野に入れてFAを活用した又吉克樹
焦点は、行き先と契約条件だ。2021年は広島と球団野手史上最高の年俸3億1000万円(金額は推定、NPBの場合は以下同)だった。
NPBの市場規模は1500億〜2000億円程度と考えられる一方、MLBのそれは1兆円を優に超える。トップ選手の報酬も比例して高くなり、鈴木は4年総額4000万〜6000万ドル(約46億〜69億円)の契約になるのではと米国メディアは報じている。
現在、MLBでは選手会とオーナー側の旧労使協定が失効し、着地点を見出せないまま12月2日からロックアウト(施設の閉鎖、契約交渉の中断など)に突入した。だが、今オフのFA市場は「過去10年で最も実力者が多くそろっている年」と『ジ・アスレティック』のジム・ボウデン記者は表している。
実際、すでに複数の大型契約が結ばれており、MLB史上最高峰右腕のマックス・シャーザーはニューヨーク・メッツと3年総額1億3000万ドル(約147億5000万円)、大谷翔平とア・リーグMVPを争ったマーカス・セミエンはテキサス・レンジャーズと7年総額1億7500万ドル(約199億円)で合意した。
今オフはショートや先発投手で多くの"大物"がFAとなっている一方、外野手は「不作」とされる。
今季ともにリーグ4位の打率.309、OPS.939を記録したニック・カステヤノス(シンシナティ・レッズからFA)が目玉で、27本塁打以上を3度記録しているマイケル・コンフォルト(メッツからFA)らがいるなか、鈴木の魅力のひとつは若さだ。
来季4月1日時点でカステヤノスは30歳、コンフォルトは29歳に対し、鈴木は27歳。一般的に、野球選手がピークを迎える年齢に差しかかっている。
今季の鈴木はセ・リーグで2度目の首位打者を獲得、リーグトップのOPS1.072と充実期に入っており、ロックアウトが明ければ、高確率で大型契約が結ばれるだろう。
【多くのFA選手が「行使せずに残留」を選択】
かたや、NPBは動きの少ない冬になりそうだ。
今オフには97選手がFA有資格者と公示され、そのうち今季取得者は国内FA権が23人、海外FA権は11人。国内FAは登録日数が高卒8年、大卒・社会人出身は7年、海外FAは9年に達すれば取得できる。
ちなみにMLBでは、サービスタイム(登録日数)が6年に到達すれば、全選手が自動的にFAになる。対してNPBの場合、FAになることを「宣言」しなければならない。
プロ野球は「保留制度」という一般社会では珍しい契約方式で行なわれており、選手たちは自由に所属先を選ぶことが基本的にできない。そこで選手会が「移籍の自由」を求めて1993年オフにフリーエージェント制度が導入されたが、オーナー側によって"使いにくい"制度に設計された経緯がある(詳細は拙著『プロ野球 FA宣言の闇』を参照)。
選手には所属球団に「残る自由」もある一方、近年、FA市場は停滞している。以下、今オフの主な選手たちの動向だ。
★千賀滉大(ソフトバンク)
→行使せずに残留。5年契約で年俸6億円、オプトアウト(契約破棄)権付き
★嘉弥真新也(ソフトバンク)
→行使せずに残留。2年契約、金額は今後交渉
★石川歩(ロッテ)
→行使せずに残留。契約の詳細は不明
★菅野智之(巨人)
→行使せずに残留。契約の詳細は不明
★宮粼敏郎(DeNA)
→行使せずに残留。6年総額12億円プラス出来高
★大瀬良大地(広島)
→行使せずに残留。3年総額8億円
★九里亜蓮(広島)
→行使せずに残留。3年総額6億5000万円
★梅野隆太郎(阪神)
→行使せずに残留。3年契約で年俸1億6000万円
★祖父江大輔(中日)
→行使せずに残留。年俸1億円プラス出来高で複数年契約
★田島慎二(中日)
→行使せずに残留。年俸3500万円プラス出来高
★中村悠平(ヤクルト)
→行使せずに残留。球団は複数年契約を提示
★大和(DeNA)
→宣言して残留。2年契約で年俸9000万円
★岡田雅利(西武)
→宣言して残留。3年契約で年俸3000万円
★又吉克樹(中日)
→宣言して各球団と交渉。中日は3年総額4億円を提示
(※各紙の報道を参照した情報。12月9日時点)
【興味深い選択をした中日・又吉克樹】
多くの選手が「行使せずに残留」を選択している。そのなかで千賀には異なる意味合いがあり、来季海外FA権を取得すると見越してオプトアウト条項をつけたのだろう。
FA権は持っているだけでも価値があり、株式でいう「レバレッジをかける」(少ない投資金額で大きな金額を得ること)ような使い方もできる。わかりやすいのが今季の宮粼のケースだ。
保留制度----つまり所属球団の保留下に置かれてきた選手は、概してFA宣言して市場に出た場合、球団間で獲得競争が起きるため、自身の価値(契約条件)を高められる。選手はその権利を取得することで、所属球団に残留するとしても、長期契約や年俸アップを得やすくなるのだ。
つまりFA権を取得した選手にとって重要なのは、「自分はどんな選択をすれば幸せになれるか」を熟考することだと言える。戦略プロデューサーでプロ野球選手会の山崎祥之広報は、多くの選手の決断に寄り添いながら、FA権についてこう感じている。
「本質的にFAって、自身をどう幸せにするものなのか。不幸にするリスクもありながら、どういうものかという結論を、取得する前から自分なりに持っている選手は幸せになるという感じがします」
上記の意味で、興味深い選択をしたのが又吉克樹(中日)だ。現在、停滞するFA市場に唯一、名乗りを挙げているなか、行使した理由をこう説明する。
「移籍するにしろ、残るにしろ、どこでいい恩返しができるか。独立リーグに夢を与える意味でも、いろいろな条件提示を聞いて判断したい」(11月29日付の『日刊スポーツ』電子版より)
又吉は四国アイランドリーグPlusの香川オリーブガイナーズから2013年ドラフト2位で中日に指名され、セットアッパーの座を勝ち取った。
サイドスローという特殊性も備える右腕には、FA宣言するうえで明確な動機がある。奇しくも今季のFA市場は停滞しており、投資したい球団にとって唯一の選択肢になるという意味において、相対的にも自身の価値を高められるかもしれない。
【元日本ハム3人のノンテンダーFAとは?】
対して、予期せぬ形で市場に出たのが、西川遥輝、大田泰示、秋吉亮という元日本ハムの3人だ。「ノンテンダーFA」という、日本では聞き慣れない扱いとなった。
MLBではよくある手法で、球団から選手に来季の契約の意思表示をしないことを意味する。つまり「自由契約」となり、国内外のあらゆる球団と自由に交渉できる。NPBで言うFAとは異なり、獲得する球団に補償が発生しないため、選手にとっても移籍しやすいことがメリットだ。
では、なぜ日本ハムは主力クラスにこうした対応をしたのか。稲葉篤紀新GMはこう説明している。
「選手にとって制約のない状態で、海外を含めた移籍先を選択できることが重要と考えた結果です。ファイターズとの再契約の可能性を閉ざすものではありません」(11月17日付の『日刊スポーツ』電子版より)
他媒体の日本ハム担当記者によると、稲葉GMはこれ以上の説明は「できない」とし、多くを語らなかったという。明言しない以上は推測するしかないが、大田はニッポン放送のラジオ番組『The Deep』で「人生のなかでもこういう経験はしたことがないくらい、びっくりしました」と寝耳に水だったことを明かした。
本来、FA(Free Agent)は自由契約と同義だが、日本では「自由契約=戦力外」のようにネガティブな文脈で捉えられることも多い。自由契約ではなくノンテンダーFAと発表することで、球団、選手双方にとって体裁を整えたのではないだろうか。
NPBの野球協約はMLBのそれを参考にしているが、両者には異なる仕組みが様々ある。
たとえば、年俸調停制度だ。MLBでは基本的にサービスタイムが2年目までは年俸を抑えられ、3年目以降に調停権を獲得すればアップ率が高まり、FAになれば大型契約を狙いやすくなる。
逆に、球団は選手の年俸と価値が見合わないと考えた場合、サービスタイムが6年に達する前に自ら放出することがある。これがノンテンダーFAの活用例だ。つまり、そこに選手の意思は介在していない。
【プロ野球はビジネスである】
ひとつ付け加えたいのは、日本ハムの行為は野球協約第69条(保留されない選手)に則っており、微塵も悪くない、ということだ。むしろ、球団経営をシビアに捉えている証とも言える。
今季の年俸は、西川が2億4000万円(チーム2位)、大田は1億3000万円(同5位)、秋吉は5000万円(同13位タイ)。今季途中に巨人へ無償放出した中田翔(3億4000万円)を含めると、7億6000万円を削減する計算だ。
中田の年俸について厳密に言えば、退団後、8月20日から11月30日までの期間分は日割り計算して巨人の負担となる。あくまで目安としての金額だが、日本ハムのチーム総年俸が22億8169万円(日本人の支配下選手のみ)だったことを考えると、コストカットのインパクトがよくわかるだろう。
あらためて感じるのは、プロ野球はビジネスであるということだ。選手、球団、ファンの間に交錯する愛や忠誠心、時として裏切りも物語のドラマ性を高めるが、お金の動きを冷静に見るとビジネスとしての面白さが浮かび上がってくる。愛、お金はどちらも大切だ。
12月5日にはロッテが全選手に対し、一律25%ダウンで契約更改交渉を始めることを通達したと報じられたが、コロナ禍の球団経営は厳しい。選手たちは"厳冬"を肌で感じ、残留という選択をしたのかもしれない。
異常ある、今オフのFA戦線----。
多くの視点を持ってその背景を眺めると、プロ野球の魅力や面白さ、深みがグッと増してくるはずだ。
(第2回につづく)