ボローニャで着実に評価を高めている冨安 photo/Getty Images

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測りきれない器の持ち主 イタリアでは右SBとして覚醒

 冨安健洋は、日本の未来を担うDFだ。シント・トロイデンでの活躍を見ていれば、イタリアで通用することは容易に想像できた。ただ、ここまでのブレイクを予想した人は多くなかったのではないだろうか。なぜ信頼を勝ち取れたのか。そして、さらに上を目指すにあたり何が求められるのか。21歳の日本代表DFの現在地を確かめ、将来を夢想してみる。

 高校3年生でアビスパ福岡のトップチームに昇格した冨安。すぐに定位置を確保して存在感を示すと、2018年1月にベルギーへ渡り、シント・トロイデンでもすぐに不可欠な選手となった。その活躍は他国スカウトの目に留まり、2019年夏にイタリアへと渡っている。まさにエリート街道まっしぐらだ。

 それでも、あらゆる能力を兼ね備えて成長を続ける冨安の器を、我々はまだ測りきれていないように思う。

 冨安はセンターバックとしてイタリアにやってきたが、フタを開けてみれば右サイドバックだった。プレシーズンからSBとして起用され、あっという間に不動の地位を手にしている。

 イタリアはSBにも高さを求める傾向が強い。相手がサイドから攻めてきた際、当然反対側のSBはポジションを中央に絞る。このとき、相手の重量級センターフォワードがファーサイドにおいてフィジカル差を利用して、そのままゴールを狙うというパターンは定番だ。守備大国イタリアはこれをケアしたがる傾向にある。SBの選手にサイズが求められるのは、その定番パターンを未然に防ぐためだ。

 相手ロングフィードへの対応にも、冨安の特長が出る。CBが相手と競りに行く際、ボローニャはもう1人のCBとSBでカバーに入る。攻撃時に3バックへと変わるボローニャは、SBをCBとしても扱う。対人に勝つ選手よりも、対人に持ち込ませない戦術で相手を捕まえたいシニシャ・ミハイロビッチ監督にとって、冨安はうってつけの人材だったというわけだ。

守備だけではなかった強み 注目すべき味方の使い方

 ただ、これらは事前に予想できた冨安の強み。イタリアでサプライズとなっているのは、むしろ攻撃時の能力だ。

 セリエA公式スタッツをのぞくと、冨安は多くの試合でプレイ回数、パス成功数、走行距離の項目でチームの上位に食い込む。後方から攻撃を組み立てるボローニャは、元ボランチの冨安を起点としても使うし、豊富な運動量とスピードをいかしてサイドを駆け上がらせることもできる。

 特に成長を感じる要素が縦パスだ。もともと精度は高いが、ただの綺麗な縦パスではない。メッセージも運んでいる。

 中央からパスを受けた右サイドの冨安は、右足のファーストタッチで前に大きめに運んでルックアップ。そこから次のプレイに移ることが多い。日本代表選手をつかまえてこんなことを言うのは失礼な話だが、このシンプルなプレイの質が高いことがチームの流れを円滑にする。最前線のロドリゴ・パラシオは冨安がボールを受ける前に引き出す準備を始めるし、リッカルド・オルソリーニは右に開く。冨安のよどみないリズムを信頼してアクションが始まるということだ。

 なにより、そこからの縦パスが素晴らしい。パラシオにパスを入れるのであれば、しっかりと右足にピタリとつける。それは最低限のプレイであり、同時に次のプレイも「提案」している。ダイレクトで裏を狙ってほしいなら弱めに出すし、キープしてほしければバシッと出す。SBという全体を見渡しやすい位置から、冨安はパスでメッセージを発している。

 欲を出さず、できることを確実にやる。冨安は精度の高い縦パスを入れているが、ここまでアシストは「3」。決定的な仕事は多くない。それはきっと、偶然ではない。

 たとえば第2節。SPAL戦で見せたダブルタッチは鮮やかで、観客を沸かせ、信頼を得るのに一役買った。ただ、こういった突破は頻繁には出さない。そのほかでは、12月のアタランタ戦で正確なアーリークロスでアシストを記録した。だが、その武器を常に構えようとはしない。

 それはなぜか。もっとリスクが少ない、確実なプレイがあるからだろう。SPAL戦のダブルタッチは、味方のフォローがなく、周りには相手DFが3人。そこでチャレンジをするのは前の選手の仕事だ。言い方を変えれば、その状況に身を投じている時点で、冨安の仕事の範ちゅうを超えている。

 元々技術のあるボランチだった冨安にとって、ダブルタッチや正確なアシストは、引き出しにあるプレイなのだろう。ただ、基本的には引き出しに仕舞ったままにし、より確実な選択肢をとる。そうすることで、味方は余計なフォローに気を遣わずに済む。もちろん、決定的な仕事が増えるのが悪いことではない。ただ、そのために背負うリスクを考慮すると、DFとしての仕事は明白だ。

レベルの高い環境で磨きたい緊急事態時の対人能力

 冨安と同じ昨夏にイタリアへやってきたユヴェントスのマタイス・デ・リフト。次期世界最強CBとの声もあるオランダ代表DFは、UEFAのインタビューでイタリアにきて学んだことについてこう語っていた。

「デュエルはスペクタクルだからみんな好きだけど、世界最強のフィルジル・ファン・ダイクはほとんどしていない。正しい位置を取って、正しいタイミングで出る。それが一番大事。観客はハードなデュエルが好きだから気づかないけど、それは追い詰められたときの最終手段なんだ」。

 要するに、モダンサッカーの組織的な守備において、決まりごとを忠実に遂行していれば、大抵のことには無理なく対応できるということ。デ・リフトがイタリアで学んでいることは、冨安がいまボローニャで実践していることだ。だから、冨安の守備に派手さはない。

 その上で、冨安が日本人史上最強のDFとなるためには、やはり対人能力を求めたい。ユヴェントスのようなチームにいれば、決まりごとを守るだけで基本的に勝てる。だが、日本代表は世界に挑戦する立場。それだけで守り切るのは困難で、そんなとき頼れる“最後の砦”が欲しい。

 特に最近の試合では、“最後の砦”になりきれない場面が散見された。失点にはならなかったが、第30節インテル戦でアシュリー・ヤングに股を抜かれた場面は分かりやすい。反対サイドでプレイを作られて冨安のサイドにボールが出たため、ヤングに有利な形での1対1を作られると、まんまと突破を許した。ここで求められていたのが、デ・リフトが言うところの「最終手段」だった。

 いつものように組織でクリーンにボールを奪えれば理想だが、それは状況的に困難。だったら、股を抜かれた瞬間にイエローカードを貰ってでもファウルで止めるべきだった。これまでの相手ならサイドで抜かれても中央で止められていたかもしれない。だが、世界のトップに近づけば近づくほど、そこで抜かれることは致命的で、勝敗に直結する。

日本人最強DFを目指すためCBでの経験は不可欠

 冨安は自分がCBかSBかを問われるたびに、「どちらでも構わない。プレイすることが大事」と話す。現状それで間違いないが、やはりどこかのタイミングでCBを軸にしてほしいとも思う。“最後の砦”としての対応は、繰り返しその立場を経験することで研ぎ澄まされていくはず。21歳の冨安はイタリアにきてSBとしていろいろなものを吸収し、ベテランのような落ち着きを見せている。日本人最強DFとなるために踏むべき次のステップは、CBとしてその経験を積み、勝負どころを見極めることではないだろうか。

 パオロ・マルディーニ、ジョルジョ・キエッリーニ、カルレス・プジョル、セルヒオ・ラモス……。SBを経験してから一流のCBになる例はたくさんある。冨安の日本人最強DFへの道は、いまのところ順調そのもの。次の一歩には、日本からだけでなく、イタリアでも大いに注目が集まる。

文/伊藤 敬佑

※電子マガジンtheWORLD(ザ・ワールド)247号、7月15日配信の記事より転載

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