―人生は選択の連続であるー

人は何を基準に「選択」するのだろうか。

安定・お金・愛?

29歳の岐路で、自分の選択基準を“安定”から“好き”に変えた女がいた。

何かを掴むために自ら動きだしたものは、運命すら変える力を持つ。

インフルエンサーのマネージャーという未経験・異業種の世界へ飛び込んだことにより、

平凡だった彼女の運命は、周囲を巻き込みながら大きく動き始める…。




「いまさら画像を加工しちゃいけないだなんて。私のテイスト知ってるよね?こんな画像を投稿したら、フォロワーだって離れちゃうよ!」

真っ赤なリップが塗られた厚ぼったい唇を大きく動かし、春名カナが興奮気味で訴えている。

彼女は、今10代〜20代の女性から圧倒的人気とフォロワー数を誇るインフルエンサーだ。

「写真を加工することは事前に説明してあったので、私もどうしてこんな修正依頼が来たのか分からなくて…」

カナのマネージャー・広瀬梓が肩をすくめて、早口で説明をする。

「カナさんの個性でもあるエフェクトやトリミングが施された画像は、どれもカナさんの世界観が表現されていて私も自信を持ってクライアントチェックへと回したんですけど…、すみません。こんなことになるなんて…」

今回揉めているのは、オーガニックコスメで高い評価を誇る企業「コスメ・チッタ」の新作「Berry love」の広告案件についてだった。

事前の打ち合わせで合意できていたはずなのに、実際にカナが撮影した画像をみて、クライアント側が画像の加工に難色を示してきたのだ。

「前のマネージャーの時は、こんなこと起きなかったよ!ねえ、梓さん、ちゃんとこの仕事してる?」

会議室で足を組みながら、カナが梓に詰めよる。

カナが梓を頼りなく思っているのには、理由があった。


梓が、メガバンクのOLから、異業種の世界へ飛び込んだ理由とは?




梓がインフルエンサー事務所「Cut-Co.(カットコーポレーション)」に転職してきたのは、3ヶ月ほど前のことだった。

それまでは、手堅くメガバンクのOLとして働いていた。

すごく好きな仕事というわけではなかったが、それなりに満足していたし、何よりも安定していることが気に入っていた。

学生時代から付き合っていた彼氏と27歳で結婚して、子供ができたら産休・育休とって…なんて勝手に人生の計画を立てて過ごしていた。

ところが、27歳の時に彼氏にフラれたのだ。理由は相手に他に好きな人ができたとか、そんなこと。

ー私の人生計画どうしてくれるの…?

“悲しい“というより、描いていた“妄想計画”が泡となって消えてしまったことに、怒りと不安を覚えた。

周りは30歳を目前にして、思い切って留学したり、必死に婚活をしている子もいる。

一方の梓は、『いったい私は、何がしたいんだろう』と悶々と悩む日々が2年ほど続いていた。

そんな時に偶然見つけたのが、「Cut-Co.」のマネージャー募集の記事だった。

『人のために働きたい方。コミュニケーション能力があり、インフルエンサーに興味があれば未経験でも可』

ーこれって、わたしのこと?

その募集記事を見た瞬間、心がザワザワしたことを今でもよく覚えている。




梓自身、日常の風景を写真や動画で撮ることが趣味で、よくSNSにアップしていた。

その関係で、インフルエンサーと言われる人たちに憧れがあったし、普段は、写真や映像を介してでしか見ることができない彼らの影響力の源を身近でみてみたいという興味もあった。

それに、彼らの存在に憧れる一方で、自分自身も、インフルエンサーとまではいかなくても「影響力のある人になりたい」、と心のどこかで思っていた部分もあったのかもしれない。

とにかくあの時「インフルエンサーのマネージャーになりたい!」という強い衝動に駆られたのだった。

何かを選択するときいつも、“無難な方”を選んできた梓にとって、かつてない大きな挑戦だった。

面接では、インフルエンサーへの愛を熱く語ったら、なんと通ってしまったのだ。

そこから、未経験・異業種の世界で、29歳・梓の新しいチャレンジが始まった。



「梓さんって見た目は、おカタいOLって感じで、この世界のこと全然わかってなさそうだけどさ、マネージャーとして本当に大丈夫?」

転職して、初めて担当になったのが23歳の大物インフルエンサー・カナだった。

不慣れな雰囲気を醸し出しているため、カナは梓に対して不安気な言葉を発することも少なくなかった。

「大丈夫です!」

そんな風にいつも問題ないフリを装っていた梓。

だが、ついにそのカナの不安が的中してしまう事態が起こってしまったのである。


クライアントとカナの板挟みでピンチの梓。彼女のとった行動とは?




重苦しい空気の中、梓は上司である小林祥太朗に今回の件を報告していた。

「要するに、カナが撮影した写真ではなく、クライアント側で用意した画像をそのまま投稿して欲しいっていうことなんだね」

よくある話だ、とでも言いたげに小林は顔色ひとつ変えずに梓の話を聞いている。

「その依頼通りに修正させるのがマネージャーの仕事だろ?なんでカナを説得できないんだ?」

マネージメント部のリーダーである小林は、きつい口調で梓に詰め寄った。

彼はもともと芸能事務所で働いており、有名女優やタレントのマネージメントを20年以上もつとめてきた。

いわばマネージメントのプロといえる。経験豊富で頼りになることも多いが、インフルエンサーを商品としかみていないような節もある。

インフルエンサーを尊敬し、フォロワーを大切にしたい新人の梓には、小林の言っていることが理解できないこともあった。




「わかっています。…ただ、クライアントの修正案にしたがうと、カナさんのテイストからかけ離れたものになって、フォロワーが減ることは目に見えています。この投稿は双方にとってマイナスになるだけだと思うんですけど…」

ーとうとう言った!この3ヶ月一度も小林さんに意見できたことなんて無かったのに。

そんな梓の熱い想いに対し、小林は一刀両断。

「つべこべ言わず、クライアントの指示通りに修正させろ!それができないならマネージャー失格だ!」

そう言い残し、彼は聞く耳を持たずに、会議室から出て行ってしまった。

-どうしよう…。

会議室でひとり肩を落とし考え込んでいた。

ー私ちゃんと「Berry love」の担当に説明したよね…。カナさんのテイストとか画像の加工について。なんで今になって…。

急にハッとした表情をして、梓は会議室を出て足早に自分のデスクへ戻った。

ーとにかく、もう一度直接会ってみよう!

焦る気持ちに急かされるように、パソコンを起動し、梓はクライアントにメールを打ち始めたのだった。

これまでの梓だったら、上司の意見を素直に受け入れてカナを説得していただろう。

だが、好きで選んだ仕事だからこそ、信念がある。

前職では感じられなかった情熱が、梓を突き動かし、大胆な行動へと走らせたのだった。

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新人マネージャー・梓の行動は、吉とでるか凶とでるか。クライアントを説得できるのか!?