記者団の質問に答える安倍晋三首相。首相在任日数は最長を記録したが、9月以降不祥事などが相次いでいる(11月15日、写真:時事通信)

憲政史上、最長の首相在職日数を更新した安倍晋三首相だが、9月に内閣改造をして以降、いい話がまったくない。

新たに閣僚に起用した菅原一秀・経済産業相と河井克行・法相が不祥事を理由に相次いで辞任した。11月に入ると2020年度の大学入学共通テストから実施予定だった民間英語試験の導入の延期を決定し、受験界に混乱を招いた。その話題のほとぼりが冷めない中、首相主催の「桜を見る会」が実質的に公費を使った安倍首相の後援会活動の場となっている問題が表面化した。

これだけ悪い話が続けば、新聞やテレビが実施する世論調査で内閣支持率が急落するはずだ。ところが不思議なことに、11月中旬に各社が実施した世論調査の結果を見ると、内閣支持率は何事もなかったかのように安定しているのだ。

内閣発足以来、支持率は50%前後を維持

朝日新聞の結果は、「安倍内閣を支持する」が44%で、前月に比べると1ポイント下がっただけだった。NHKの調査結果も47%で、やはり前月に比べて1ポイントの低下。読売新聞は支持が49%だが、下落は6ポイントにとどまっている。

2012年12月に発足した安倍内閣の支持率は、当初は60%台と高い数字だったが、その後下がったものの、ほぼ一貫して50%前後を維持している。特定秘密保護法や安全保障関連法など批判の強かった法律を強引に成立させても、あるいは安倍首相自身の関与が追及された「モリカケ」問題で国会が紛糾したときも、支持率が急落することはなかった。

逆に安倍首相の地元の山口県長門市でプーチン大統領との首脳会談や、伊勢志摩サミットでの議長役など派手な外交パフォーマンスをしたからと言って、支持率が急上昇したわけでもない。どういうわけか、安倍内閣の支持率は不気味なくらい安定しているのである。その結果、政権は安定し、在職最長記録を更新するに至ったのだ。

過去の政権を振り返ると、内閣支持率には「右肩下がりの法則」があった。多くの政権は発足当初は期待感もあって高い支持率を記録する。ところが政権が動き出すと、首相自身、あるいは閣僚や与党幹部の不祥事や失言が露呈する。新しく打ち出した政策への不満や問題点なども出てきて、野党やマスコミはここぞとばかり批判を始める。

その結果、内閣支持率はほぼ例外なく下がる。それも段階的に下がるだけではない。過去には1つの不祥事、1つの失言などが政権にとって致命傷になることもあった。

不祥事や問題発言、支持率急落の歴史

党内基盤が盤石で長期政権になるだろうとみられていた竹下登内閣は、リクルート事件に主要閣僚や自民党幹部らが関与していたことが明らかになったため、1989年12月の世論調査で支持率が41%から29%に急落した。さらに消費税導入を目前にした1990年3月には15%へ半減してしまい、退陣に追い込まれた。

森喜朗首相の場合、さらに劇的だった。2001年、ハワイ沖で愛媛県の水産高校の演習船「えひめ丸」がアメリカ軍の原子力潜水艦に衝突・沈没した事件が起きたとき、ゴルフをしていたことが問題になり、直後の世論調査では支持率が9%と1桁になってしまった。

安倍首相自身も第1次内閣では、厚生労働省のずさんな年金記録管理が明らかになった「消えた年金問題」に加え、政治資金の使い道が批判された松岡利勝農水相の自殺をはじめとする閣僚の不祥事や問題発言が相次ぎ、政権発足当初の60%台半ばの支持率がわすか9カ月で30%にまで落ち込んでしまった。

総選挙で自民党を破って政権交代を果たした鳩山由紀夫内閣の支持率の下がり方も激しかった。発足時は70%を超える数字を記録したが、自らの不祥事に加え、沖縄のアメリカ軍基地移転問題へのお粗末な対応など政権運営が混乱したため、1年足らずで20%台に低下してしまった。鳩山氏は退陣後、「最高で7割もあった支持率が半分に、そして3分の1に、あっという間に落ちる。考えられないような話だ」と筆者に語ってくれたことがある。

第1次安倍内閣から民主党政権の野田佳彦内閣まで、6つの政権の内閣支持率はとくに激しく動き、1年単位で乱高下を繰り返した。それに合わせて1年ごとに首相が交代する不安定な状態に陥っていた。内閣支持率の急落が政権の崩壊に直結する時代だった。

ところが第2次安倍内閣になると一変した。何が起ころうと支持率に大きな変動がないのである。なぜ、こうした変化が起きたのだろうか。

硬派メディアの報道が国民に届かない

1つは政権を取り巻く政治的環境の変化を上げることができるだろう。自民党内に安倍首相に代わる有力な政治家がいない。自民党にとって代わりうるような野党も存在しない。民主党政権の混乱と崩壊の記憶が鮮明であり、政治の混乱より安定を歓迎する空気が強い。第2次安倍内閣では経済も外交も、大きな改革や進展はないものの安定している。だから、「何となく今のままがいいから、支持する」という空気が広がっているのだろう。

朝日新聞の11月の世論調査結果を見ると、「安倍政権が長い間、続いている理由」についての質問に、82%が「ほかに期待できる人や政党がない」という回答を選択している。安倍首相以外に選択肢がなければ、現状維持を選ぶしかない。安倍内閣の支持率は明らかに消極的選択である。

一方で、かつてであれば当然、内閣支持率の低下につながったであろう首相や閣僚の不祥事、政策の問題などが相次いでいる。にもかかわらず世論調査の数字に反映されない最大の理由は、新聞やテレビなどの伝統的なメディアと国民の間に以前はなかったような乖離が起きているためだろう。

新聞やNHKニュースは、多少の濃淡はあっても、安倍首相が絡む不祥事や閣僚の辞任、政策の大きな失敗などを詳細かつ批判的に報じている。こうした姿勢に大きな変化はない。ところがこうした「硬派メディア」のメッセージが、今の時代、国民にどれだけ伝わっているのであろうか。

若者を中心に情報源の中心はスマホを使ったSNSなどに移っている。電車の中など移動中に、ツイッターなどを使って断片的な情報を片手間に得ている。仕事を終えてじっくりと新聞を読んだり、テレビのストレートニュースを注視することなどほとんどないだろう。

となると、政治家の倫理観の欠如などの問題を、硬派メディアがいくら力を入れて説いたところで、多くの国民には届きようがない。そもそも基本的な事実関係さえ十分に伝わっていない可能性がある。その結果、多くの国民にとって、永田町や霞が関は、何も見えない別世界になっているのではないだろうか。

そういう人たちを対象に行うマスコミの世論調査の結果はいかなる意味を持つのだろうか。少なくとも内閣支持率に実態が伴っていないことは間違いないだろう。

国民が政治について正確で十分な情報を手に入れ、主体的に判断することなくして民主主義は機能しない。そういう意味では、不祥事を起こした首相や閣僚らがきちんと説明しないことが最大の問題である。さらに、情報をきちんと伝えるべきマスコミが社会の変化に十分対応できていないことにも問題があるのではないだろうか。そして、スマホでの断片的情報に満足している国民にも問題がある。

その結果、変動の少ない内閣支持率が安倍内閣に正統性を与え、政権の長期化に寄与しているのだ。