最後のワールドツアーが幕を開けたスレイヤー 野性を呼び起こすサウンドの秘密

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スレイヤーのライブの熱狂度を伝える「逸話」はいくつもある。マディソン・スクエア・ガーデン内のフェルト・フォーラムでは、ファンが座席を壊し、火を点け、ステージに放り投げたことがあった。米デンバーでの公演では、ファンが熱狂しすぎたためにプロモーターが演奏を10分間中断し、トム・アラヤ(Vo, Ba)が観客に落ち着かないと演奏を続けないと告げたこともある。そして、悪名高きハリウッド・パラディアムでのライブ。ここでは200人程度のスレイヤー・ファンが入場を許可されなかったために凶悪な暴動が起こり、その全員がその後25年間同会場に入場禁止になった。

スレイヤーを体験するにはバンドを観る必要すらないと、ブラック・ダリア・マーダーのフロントマン、トレヴァー・スターナドが私に教えてくれたことがあった。スターナド曰く「スレイヤーを観に行ったら、まずトイレに行くといい。小便していると横の男がこっちを見据えて『スレイヤー!』と鼻先で叫ぶ。そうするとトイレにいる他の男全員が『スレイヤー!』と一斉に叫び始めるのさ。それがスレイヤーなんだよ」

サウンドがもっとヘヴィなバンドも、歌詞がもっと不快なバンドもいる。しかし、スレイヤーにはスレイヤーにしかない何かがあり、それがファンの内面にある「野性」を呼び起こすのだろう。不気味で破壊的なギターリフ、複雑なドラミング、アラヤの狂気のヴォーカルなど、他のバンドには真似できないスレイヤー独自のライブ体験を味わえるのだ。

ヘッドバンガーにとってスレイヤーのライブは通過儀礼だ。大音量に誇りを持つメタル好き、自称アンチ・キリスト教にとっては悪魔の交流会でもある。火の点いた座席が空中を飛び交わないにしても、彼らのライブは常に危険な雰囲気を醸し出している。

何千人というヘッドバンガーが「Evil Has No Boundaries」の最中に繰り返し「evil」と唱え、”Do you want to die!?”や”Praise, hail Stan!”などの歌詞でメロイックサインを高々と掲げ、「Raining Blood」「Angel of Death」「South of Heaven」などのヒット曲が演奏されると完全なトランス状態に陥る。これほどまでに熱狂的なファンが集まってできあがる雰囲気こそがスレイヤーのライブの醍醐味と言える。スレイヤーのファンに囲まれると、今いる場所以外の世界と完全に隔離された気分になるのである。

2018年、スレイヤーはバンドとして最後のワールドツアーに出陣する。アグレッシブな音楽を40年近く愛でてきた狂信的なファンたちに最後の別れを告げるのである。バンド活動をやめる決断はメタル界一の一本気なバンドにしては驚きの行動だ。これまで彼らは論争の中でも初心を貫き、検閲に逆らい、オリジナル・メンバーを失ってもバンド活動を続けてきた。

スレイヤーは常に苦戦を強いられてきたが、熱狂的なファンを増やしながらメインストリームに強烈なインパクトを与えてきた。1981年に米ロサンゼルスで結成されて以来、MTVやラジオ局から一切のサポートを受けずにゴールド・レコードを4つ、グラミー賞を2つ獲得している。ローリングストーン誌のオールタイム・グレイテスト・メタル・アルバム・トップ100には3枚のアルバムが入っていて、6位は彼らの試金石的なアルバムとなった1986年の『Reign in Blood』だ。トーリ・エイモスはスレイヤーをカバーし、パブリック・エネミーとリル・ジョンは彼らをサンプリングし、ビースティー・ボーイズはゲストとして彼らをフィーチャーし、ショウタイムの連続ドラマ『Californication』は毎週スレイヤーを引き合いに出し、ホラー映画からHBOのヒット作品までスレイヤーの楽曲が頻繁に登場し、リアリティ番組のカーダシアン一家がケンカを始めるとスレイヤーの曲が流れた。

これだけ人気が高かった理由は、彼らが常にエクストリームを目指し続けたことだ。最速のギター・パートを作り、最も暗いメロディを集め、恐怖に支配されたリリックを歌う。アルバム『Reign in Blood』はカセットテープで発売されたとき、そのサウンドの衝撃も凄かったが、アルバム1枚分の収録曲が片面にすべて収録されており、もう片面にも同じ音源が入っていたこともインパクトを与えた。

彼らが作り出したリフを聴いて驚いてほしい。「Mandatory Suicide」の圧倒的な尊厳、「South of Heaven」の超俗さ、「Seasons in the Abyss」のサイケデリックさ、「Disciple」の粉砕感、「Iron Man」や「Raining Blood」の破壊的でいて耳に突き刺さる音など、枚挙に暇がない。

では彼らの歌詞を見てみよう。地獄、サタン、黒魔術、戦争、連続殺人犯、死姦症というテーマから逸れることのない歌詞ばかりだ。さらに驚きなのは、一つ間違えば陳腐になるネタなのに、アラヤが歌うとファンはその歌詞に熱狂するのである。

コンサートでも、レコードでも、スレイヤーはファンが愛し、ファンが嫌い、ファンがともに歩みたいバンドであり続けた。意図的に論争を誘発することも多々あった。「Angel of Death」はナチス親衛隊将校で医師のヨーゼフ・メンゲレのこと(「メンゲレが悪党だという歌詞は書いていないし、その理由は……言う必要もないと思う」とギタリストのジェフ・ハンネマンが以前言っていた)だし、1996年に発表したマイナー・スレット「Guilty of Being White(白人であることの罪)」のカバーでは、歌詞を”guilty of being right(正しいことの罪)”に書き換えた。

レコードを逆回しに聴くと息子の自殺を幇助するメッセージが聴こえたとして、自殺した少年の両親がオジー・オズボーンを訴えた1年後、スレイヤーはアルバム『Hell Awaits』に、逆回しで聞くと「join us」に聴こえるお経風の囁きを入れた。同じテーマでもマリリン・マンソンやロブ・ゾンビは皮肉とエンターテインメント要素でショックを与える曲を書いているが、スレイヤーはド真ん中に直球を投げ入れるのである。

また、彼らのアルバムのアートワークは常に大げさを超えて、異常なまでに派手だ。『Reign in Blood』から1990年代の『Seasons in the Abyss』まで、ヒエロニムス・ボス風の地獄絵図をアーティストのラリー・キャロルが描いている。シングル「Seasons in the Abyss」は骸骨が浮かぶ輸血パック仕様だった。アルバム『Divine Intervention』のCDには「Slayer」と腕に彫ったファンの写真が使われていた(シングル「Serenity in Murder」でも血で書かれたバンド名が滴り落ちる男の背中の写真が使われていた)。『God Hates Us All』のジャケットは釘の刺さった血染めの聖書である。

スレイヤーのスタジオ・アルバムがヘヴィメタルのレコーディング方法を変えたのは確かなのだが、ライブでの彼らのリフはレコードよりも衝撃的で、アラヤのヴォーカルは悪魔が乗り移ったように聴こえる。スレイヤー公認のライブ・レコード2作、1984年の『Live Undead』と1991年の『Decade of Aggression』を聴いてほしい。

『Live Undead』の「The Antichrist」は、観客の歓声が上がるに従って、すべての音が弦から観客の上に滴り落ちるような感覚を覚えるはずだ。また『Decade of Aggression』の「Hell Awaits」では、ドラマーのデイヴ・ランバードのリズムがルーズにスウィングしている。これはスタジオ盤ではプレイされていない音だ。当時ライブで必ず演奏していた「Angel of Death」であっても、そこはかとない不安定さが感じられる。もちろんサウンドはレコードよりも迫力があり、スレイヤーが最高のメタルバンドになった理由がはっきりと見て取れるのだが、彼らの実力を疑う人は『Decade of Aggression』のライナーを見てほしい。「他のライブ・アルバムと異なり、これにはスレイヤーのライブ演奏だけが収められている。オーバダブは一切ない」と書かれている。そう、正真正銘のライブ・サウンドなのだ。

スレイヤーがファンに最後の別れを告げるとき、そこにほろ苦さが生まれるだろう。現在も強烈なステージを繰り広げる一方で(2017年にかつてのフェルト・フォーラムの空間で彼らのライブを観たのだが、普段に増して殺気立っていた)、近年はバンド内に様々な変化が起きていたのも確かだ。ギタリストのジェフ・ハンネマンは2011年にツアーから引退した。肉食性バクテリア症の壊疽性筋膜症を患い、2013年にアルコール由来の肝硬変で他界してしまった。ハンネマンの闘病中にエクソダスのギタリスト、ゲイリー・ホルトが代役を務め、のちに正式メンバーとなった。一方、オリジナル・メンバーのドラマー、デイヴ・ロンバードは、長年バンドを出たり入ったりしていたのだが、2013年に金銭問題での口論をきっかけに永遠にバンドを抜けた。そして1992年にランバードの代役で入ったポール・バスタフが戻ってきた。このような困難に見舞われても、アラヤとキングは前進を続けた。

しかし、そんな彼らも終わりへと近づいた。次のツアーが最後になった理由を説明する声明も出しておらず、取材も受けていない。また、これがスレイヤー解散なのか、ツアーだけ行わずにレコーディングは続けるのか、ときには単独のライブを行うことがあるのかなど、ファンは何も知らされていない。2〜3年前のあるインタビューで、アラヤは「そろそろ年金をもらう時期だ」と言っていたし、ここ数年は「もう前のようにヘッドバングする元気はない」と漏らしてもいた。一方、キングは相変わらずスレイヤーに心血を注いでいたが、そんなときにアラヤとキングの間に口論が勃発した。

2017年、メロイックサインをしているドナルド・トランプの写真をバンドの公式Instagramにアラヤが勝手にアップしてしまったのである。ヒラリー・クリントン支持のキングに何の相談もなく。そんな些細なことで、サタンですら修復できないほど2人は疎遠になってしまったのか? 彼らがステージからこの疑問に答えることは絶対にないだろう。それは彼らのやり方じゃない。

メタル・ファンたちよ、今回のツアーはスレイヤーと一緒に大汗をかいて大騒ぎする最後の集会であり、スレイヤーのミステリーとレガシーに刻み込まれる最後の瞬間だ。トイレで「スレイヤー!」と叫ぶ連中の顔を拝める最後の機会なのだ。