「五月場所出場には、時間が半月足りなかったと思っています」
 そう語るのは、稀勢の里(30)が最も信頼し、リハビリや医療に関するアドバイスを求めるA医師である。

 田子ノ浦親方から語られた「力が入らない。休場させてほしい」とのコメントを残し、稀勢の里が休場を決めたのは、十一日目のことだった。

 そもそも、五月場所への出場は危ぶまれていた。三月場所で負った左大胸筋損傷、左上腕二頭筋損傷には、約一カ月の療養が必要。そのため巡業は全休となった。その後、調整は急ピッチに進められたが、それが無謀だったことは今場所の取組に表われていた。持ち味の力強い相撲は影を潜め、相手に振り回されることが多かった。

「たとえば一般の方が、あるケガで完治まで一カ月と診断され、一カ月後に職場復帰するならば問題ないでしょう。でも、力士は違います。相撲はぶつかり合いであるし、ものすごく強い力が必要となってくる。治療としての時間は、一カ月でよかったかもしれない。私が言う半月足りなかったというのは、調整(稽古)の時間のことです」

 こう語るA医師だが、一時はわずかな望みを持っていたという。

「じつは横綱は、超人的な回復力を持っているんです。それは、ほとんど休場がないことが証明しています。そもそも力士というのはケガの回復が早いといわれていますが、そのなかでも群を抜いている。それもあって調整期間は短いながらも、本人はいけそうな気がしていたんだと思います。ただ、今回は違った。

 痛みというより、力が入らないのが問題だった。悔しかったと思いますね。自分の要(かなめ)の左が使えると思っていたのに、ここぞというところで力が入らないわけですから。ただ、出場でケガを悪化させたということはありません」

 現役晩年は膝のケガに泣きながら、強行出場と途中休場を繰り返した現理事長の八角親方(元横綱・北勝海)は「(来場所以降は)勝たなきゃいけないというプレッシャーがより出てくる」と、横綱の休場には心配模様。

 だが、A医師は「途中休場はいい方向に作用するはず」と見る。

「ケガはあったものの、今場所、緊張感のあるなかで相撲が取れたのはいい経験になった。しかも休場の英断で、治療や稽古にあてる時間が予定より多く取れることがいちばん大きい。来場所は万全の態勢で臨めるでしょう」

(週刊FLASH 2017年6月13日号)