渋滞はなぜ起こる?東大教授が解明した「渋滞を解決する方法」 - 土屋礼央の「じっくり聞くと」(第6回)
さまざまなテーマをフカボリしていく「土屋礼央のじっくり聞くと」。今回のテーマはお盆休みの風物詩ともいえる「渋滞」です。なぜ渋滞は起こるのか、どうすれば渋滞はなくなるのか。「渋滞学」の第一人者、東京大学の西成活裕教授にお話をうかがいました。

土屋:さっそくですが、西成先生、日本の渋滞研究は最先端だと聞いています。

西成:やっぱり混んでいるところはそれなりに「なんとかしたい」というモチベーションが高くなりますからね。日本やドイツ・オランダなどでは研究が進んでいます。

土屋:その割に渋滞が多いですよね(笑)。いつも渋滞しているところもある。

西成:私の見解だと渋滞には2種類あって、1つは「起きなくてもいい渋滞」、もう1つは「どうやっても起きる渋滞」なんです。後者はいわゆるキャパオーバーの状態でもうどうしようもないので、諦めてください(笑)。ただ、「起きなくてもいい渋滞」はやりようによっては回避できるはずなんです。

土屋:えっ!起きなくてもいい渋滞なんてあるんですか?

西成:調べていくと、結構あるんですよ。

◇40キロの大渋滞、原因はたった1台の強引な割り込み


土屋:先生、「起きなくてもいい渋滞」ってどういうものなんですか?

西成:例えば、数年前に起きた東名高速の40キロ渋滞。この原因は、たった一台の追い越し車線への割り込みが原因だったことが分かっています。この車が無理矢理割り込んだ時に、追い越し車線の車がブレーキを踏んで、それが結果として40キロの渋滞になったんです。その人が割り込まずに我慢できていれば、渋滞は起きなかったかもしれない。

土屋:急ブレーキで1台の車が4秒遅れたとすると、後続の車も4秒だけ遅れるだけのような気もしますが。

西成:そこが最大のポイントです。ロボットだったらそのまま4秒遅れでいけるんですが、人間は「認知・判断・行動」という3つの段階を踏むんです。

まず「前が空いてる」って認知しますね、それから「俺はどうするんだ?」「いける」って判断しますね。それから行動する。これで人間は1秒くらいかかります。

それを走っている車みんながやってみてください、どんどん遅れていく。認知・判断・行動が早い人でも0.5秒、遅い人は5秒と言われています。

土屋:割り込みした人は、その場では1、2秒だと思ってやってるけど、実はその後ろで…。

西成:そうです、大混乱を起こしているんです。

その上、混んでくるとみんな早く前に行きたいから車間距離を詰めるんですね、それも、「前の車は急にブレーキ踏まないだろう」と思って詰めるんです。そういう根拠のない信頼関係で車列が結ばれているのですが、前の車がいつブレーキ踏むかなんてわからないじゃないですか。それが踏まれた時に大事故、大渋滞が発生します。

「東名高速20キロ渋滞」なんて聞くと「車がだんだん溜まって20キロになったんだな」と思うんですが、そうじゃない。渋滞のできる場所に定点カメラを仕掛けて調べたところ、10キロ、20キロの渋滞ならあっという間にできるんです。

土屋:あっという間に!

西成:高速道路のところどころに車間距離を詰めた車の列ができはじめます。それが渋滞の前兆。車間距離を詰めてるからわりとみなさん緊迫していて、そこに誰かがちょっと割り込んだり、坂道でブレーキを踏んだりすると、あっという間に遅れが後ろに伝わって、渋滞になるんです。

土屋:自分の後ろが詰まっていて前が空いていると、「後ろが詰まってるからもうちょっと前に詰めなくちゃ」と思うんですが。

西成:実はそれが渋滞化を加速させちゃうんです。車間距離が詰まっていると誰かがブレーキを踏むと全員がかぶっちゃう。逆に車間距離をあけていれば、前の車がブレーキを踏んでも関係ないですよね。この車はブレーキのバトンを伝えない。だから、渋滞というのは「ブレーキのバトンをみんなで伝え合うゲーム」なんですね。

土屋:!!(絶句)

西成:ブレーキのバトンを伝えなきゃいいんです。そのためには車間距離を開けておけばいいだけ。

土屋:ってことは、勇気を持って全員が車間距離を意識すれば…。

西成:全員が意識すると、今度は間延びしちゃうんですね(笑)。だから詰めている人もいていいんです。その中に1台だけあけてる車がいれば、その車間距離でそれより前の渋滞を消しているかもしれない。

土屋:………ほうほうほう。

西成:これ、一般道で考えるとわかりやすいんですが、ちょっと先の信号が赤だったらどうしますか。燃費の観点からも考えてください。

土屋:絶対に減速しますね。

西成:おっしゃる通り。早く行きたいからといって赤信号直前まで加速して止まって、また信号が青になったら加速して…そんなの非効率的ですよね。前方の赤信号がわかったら、ちょっとゆっくり行けばそのうち青信号になり、止まらずにいける。これが燃費のいい走り。

渋滞もこれと同じなんです。渋滞で止まってる車は赤信号だと思って、目の前に「渋滞発生」という看板をみたら、ゆっくり行けばいいんです。そうすれば止まらずに燃費もよくいける。どうせ止まるんです、みんなのためだと思って、勇気を持ってゆっくり走ってください。

◇アリからうまれた渋滞学


土屋:先生は、どういう時にこの法則に気付いたんですか。

西成:これはね、アリさんなんですよ。

20年くらい前のことです。交通渋滞はどうやったら解消できるのかと悩んでいたけれど、なかなかいい解決策がない。そんな時、渋滞がアリの行列っぽく見えてきて、ある日「アリの行列って渋滞してるのかな」って思ったんです。で、まわりの生物学者に「アリって渋滞してるの?」って聞いたら「わかるわけないだろ」って(笑)。

そこで、インドにアリを長年研究している先生がいたので、その先生のところに出向いてアリを3ヶ月間観測したんです。そうしたら、アリは渋滞してなかった。なぜか。アリは「混んできたら詰めない」って戦略を実践していたんです。

混んできたら人間は詰めて詰めて動けなくなるじゃないですか。アリはある程度混んでくると詰めるのをやめるということがわかった。そこで私は、物理学の世界で一番難しい「フィジカルレビューレターズ」という最高峰の雑誌に、「アリは渋滞しない」という論文を書いたら一発で通りまして。世界中にバーンと、ニュースにもなったんです。

土屋:ということは車間距離…アリ間距離を…。

西成:蟻間(ぎかん)距離とでもいいますか(笑)。アリは必ずバッファ、ゆとりを確保しているんです。なぜアリにこんな知恵があるのかと考えると、進化の過程で常に壮大な実験をやっていて、うまく適応したやつだけが生き残ったからじゃないかと。

距離を詰めたアリとあけたアリがいて、進化の過程でどっちが生きていくのに都合がいいか実験をしていった。そうすると詰めたアリは行列ができますから、餌をとる効率が悪くなるんです。そうすると詰めてないアリに比べて効率が悪いので絶滅しちゃう。それがアリが2億年も生きてきた秘密だったんだと。

距離を詰めてたアリは絶滅していなくなってしまった。ということは、人間も詰めてる場合じゃない(笑)。