「身も心もボロボロ」に ある起業家が「高い授業料」払い学んだコト【社長のお悩み相談室】
3年前に人を介して知り合った30代の若手起業家M氏が突然、「元銀行員の大関さんに相談したいことがある」と私を訪ねてきました。
初対面の時、「弊社は起業から2年、私が考案したWEBを活用した新たなビジネスが投資家の皆さんから評価され、先行きが見えてきました。上場に向けて、社内整備等で相談させて頂くことがあるかもしれませんので、よろしくお願いします」と話していたM氏。当時、彼が忙しそうにしていたのはもっぱら、ベンチャー・キャピタルからの出資を引き出す事業計画の作成でした。
「どんどん支援してくれる」ベンチャー・キャピタルが豹変
その際彼は、私を元銀行員と知って、こんなことも言っていたのです。
「銀行は、我々のような実績のない起業家にはなかなかおカネを貸してくれませんが、ベンチャー・キャピタルは、計画の実現可能性に賭けてどんどん支援してくれます。しかも資本投下ですから、月々の返済は不要。業歴は長くとも発展性のない企業ばかりを相手にしている銀行は、このままではジリ貧になると思います」
そんな彼が今回は、藁をもすがる思いで助けを求めてきたのでした。
「ベンチャー・キャピタルから、投資した資本の回収を迫られて困っています。消費者金融の借金取りより強硬です。自殺か逃亡か、もはやそんなことまで真剣に考えてしまうほど追いこまれています。お知り合いの銀行とかに助けてもらうことは、できないでしょうか」
彼の話をかいつまむと、彼のWEBビジネスはここ1年ほど、類似のサービスの登場によって伸びを欠いていた。そこにもってきて、さらに取って代わられるような新規ビジネスが登場して、俄然旗色が悪くなった。現状では上場は夢物語になりつつあり、ベンチャー・キャピタルは、事業計画の見直しも含め上場への道筋を立てられないなら、投資した資金をすぐにでも返せと迫ってきた、と言うのです。
ファンドからの調達を決め、銀行とも距離
3年前にお目にかかった時に、私は銀行を批判的に論じる自信満々の彼の姿に、少なからず危ないモノを感じていました。鉛筆をなめて事業計画さえ描けば、銀行からは借りられない資金がたやすく手に入るという錯覚と、資金は銀行借入と違い、上場後に株の売却で回収するので返済は未来永劫不要なのだ、という誤った認識。もしかすると彼は、オリジナルの新しいビジネスモデルをチヤホヤされ、おだてられて木に登ってしまった世間知らずの若者ではないのか、と心配な気持ちになってもいたのです。
銀行時代の取引先で、同じような苦汁をなめた40代前半のIT企業社長H氏がいます。
「『御社は将来性抜群ですから、上場を狙いましょう。そうなれば社長は持ち株売却の創業者利益で億万長者ですよ。業容拡大資金はうちが出資しますから、大船に乗ったつもりで』等々と言われて、すっかりその気になりました。ところが、気がつけばITバブルははじけてしまい、残ったのは全額返済を迫られる、億に迫る借金と化した出資金のみです」
ベンチャー・キャピタルは、基本的にファンドを組んで投資資金を調達していますが、投資家及び自社の利益追求が目的であり、慈善事業ではありません。上場断念で出資株式売却によるキャピタルゲインが見込めないのなら、資金返還を迫るのは当然のこと。しかし、この点を甘く見ている起業家や経営者は意外に多いのです。しかも、H社長は銀行に相談することなくファンドからの調達を決め、銀行とも距離ができてしまっていたのです。
「心すべき教訓」3点
社長は、数か月にわたる株式の買い取り請求と言う名の返済圧力に耐え切れず、親の所有資産の売却による支援と、親戚・友人筋から出資協力を仰ぐことで、なんとかかんとか出資金を返還しました。人間関係をもズタズタにするような心労は並大抵のものではなく、精神的苦痛からか健康を害し、文字通り身も心もボロボロになってしまいました。事業は完全停滞し、大半の社員は離れていきました。歯車は完全に狂ってしまいました。
H社長は、失意の中でこんなことを言っていました。
「経営者たる者、おだてには乗るな。うまい話は疑ってかかれ。常に最悪のケースを想定しておけ。結局、高い授業料を払ってそれらを学びました。もう一度チャンスがあるなら、今度はうまくやれると思います。しかし、もうその体力が会社にも私にもありません」
M氏にはH社長の二の舞は避けて欲しい、そう思った私は、まず法律家に相談するよう勧めました。出資の際の契約書記載事項はどうなっているのか、出資比率と議決権の関係で買い取りを強制できる状況にあるのか、ベンチャー・キャピタルのやり口は脅迫にはあたらないか、等々を専門家の目で検証してもらい、時間稼ぎをしながら新たな出資先、提携先を探すなり、最良の善後策を模索すべきと考えたからです。
『おだてには乗るな。うまい話は疑ってかかれ。常に最悪のケースを想定しておけ』。ベンチャー・キャピタルとの付き合い方に限らず、これから起業をめざす人や若手経営者には、特に心すべき教訓であると思います。(大関暁夫)