1日放送の「噺家が闇夜にコソコソ」(フジテレビ系)で、落語家の立川談笑が、今年4月に亡くなった人気ラーメン店「支那そばや」の創業者で「ラーメンの鬼」と呼ばれた佐野実さんの素顔に迫った。

番組VTRでは、立川談笑が「佐野実さんの最後の弟子」とも言われる、モノマネ芸人のHEY!たくちゃんにインタビュー。そこで明かされた佐野さんにまつわるエピソードを「妥協を許さない男が流した涙の噺」と題し、スタジオで立川談笑が披露した。

HEY!たくちゃんは、モノマネ芸人を辞めて北海道に帰ろうとした時、最後に佐野さんに会うため1500人もの参加者が集まった佐野さんの講演会に行ったのだという。

その講演会で、佐野さんへ質問をする際、自身が佐野さんのモノマネをしている芸人だということを明かすと、佐野さんから「佐野」と入った支那そばやのユニフォームをもらったそう。これが佐野さんとHEY!たくちゃんの出会いだった。

そして、再び頑張ろうとしたHEY!たくちゃんだが、想いとは裏腹に芸人の仕事は激減。東京ラーメンショーの司会も降ろされることになったが、佐野さんやラーメン業界に恩返しをしたいという想いから、司会者としてではなく料理人として東京ラーメンショーに出場した。

ラーメン作り・料理人としては素人だったが、それまで数々のラーメン店を取材したり、馴染みのラーメン店の協力もあったりで、書類選考に通ってしまう。その後、佐野さんも味方についてくれることとなり、最終的には東京ラーメンショーで優勝してしまった。

優勝はしたが、賞金がないことを知った佐野さんは、HEY!たくちゃんをはじめ「友達や支えてくれた人を全員新横浜に連れて来い」と言って自腹でご馳走したのだという。

その後、HEY!たくちゃんは、芸人とラーメン屋という二足のわらじを履くことになった。一方、佐野さんは今年2月に糖尿病を悪化させて入院することに。4月には帰らぬ人となってしまった。

葬儀後、泣いてばかりいるHEY!たくちゃんに、佐野さんの妻は「(佐野さんが)泣いている姿を一度だけ見たことがある」と、打ち明けたという。

それは、HEY!たくちゃんが東京ラーメンショーで優勝したという連絡を受けた時、佐野さんは慌ててトイレに駆け込み、しばらくして目を真っ赤に泣き腫らし、本当に喜んでいたという。

「ラーメンの鬼」と言われた佐野さんだが、泣いている姿は最後まで誰にも見せなかった「本当に優しい鬼」と、立川談笑は噺を締めた。

この噺を聞いていた今田耕司は「凄い話」と絶賛。今田は以前、HEY!たくちゃんのラーメン店に訪れたことがあるというが「今の話を聞いてたくちゃんのラーメンもう1回食べたい」と、想いを語った。

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