福岡ソフトバンクホークスから海外FA権を行使した川崎宗則が、イチローが所属するシアトル・マリナーズとの契約を熱望している。

 川崎は以前からイチローを師匠として尊敬。1日に行われた会見でも、、「(イチローの)ストーカーみたいで気持ち悪いですかね」と笑顔を浮かべつつも、「野球人として、メジャーリーグに挑んでみたく、その上でイチロー選手と同じチームでのプレーだけを希望しています」と、マリナーズにラブコールを送った。

 川崎の代理人は、トニー・アタナシオ氏。イチローや佐々木主浩といった日本人メジャーリーガーの契約に数多く携わってきた代理人だが、マリナーズとしか契約しないと明言した川崎には少なからず困惑しているのではなかろうか。顧客である川崎が、自ら契約交渉を難しくしてしまったからだ。

 選手に代わり球団と交渉し、選手の価値を最大化させる代理人だが、契約交渉では球団に、選手には複数の選択肢があることを伝え、選手に有利な条件を引き出すのは常套手段だ。

 例えば、「A選手には、B球団のほか、C球団、D球団、E球団からもオファーが寄せられている」、「B球団の提示はこれだけだが、C球団、D球団ではもっと割のいい内容だった」、「A選手はこのままではB球団と契約することはないが、B球団さん、どうしますか?」といったかんじだ。

 2006年オフにボストン・レッドソックスと契約した松坂大輔のケースを思い出してほしい。ポスティング・システムでのメジャー移籍となった松坂の場合は、交渉相手はレッドソックスに限られていた。

 これに対し松坂の代理人、スコット・ボラス氏は、「松坂に有利な条件を提示しない限り、日本で所属していた西武ライオンズと再契約する」ことをレッドソックス側に伝え、はれて6年総額5,200万ドルという高額な契約を勝ち取った。

 ボラス氏は、ドラフトで指名されたアマチュア選手の契約交渉でも、同様の手段をとっている。ボラス氏は、現在レッドソックスに所属するJ.D.ドリューワシントン・ナショナルズスティーブン・ストラスバーグの代理人でもあり、プロ入り当時から契約交渉に携わっているが、その際、「条件次第では独立リーグでプレーし、次のドラフトでの指名を待つ覚悟がある」ことを球団に突き付けた。


 この手の交渉術を駆使し、選手に有利な条件を引き出す代理人は、ボラス氏だけではない。

 逆に選手自ら公の場で希望球団を限定してしまうと、この手段は使えなくなる。ロン・サイモン氏は、1980年代から90年代前半までミネソタ・ツインズでプレーしたケント・ハーベックの代理人だったが、球団との契約交渉に先立ちハーベックが「僕自身、来シーズンも間違いなくツインズでプレーする。球団とは若干の差があるけど、略奪するつもりはない。(中略)自分は幸運だと思っているし、現状に満足している。(中略)残留できるのなら、経済的に不利になっても、球団を恨んだりしない」と、地元紙のミネアポリス・スター・トリビューン紙のインタビューに応えてしまった。
 このコメントにサイモン氏は愕然とさせられた。ハーベックの何気ないコメントは、事実上、他球団からのオファーを拒絶する内容。ツインズに競争相手がいなくなるのだから、ハーベックが自ら、自分の立場を不利にするものだった。


 冒頭の川崎のコメントは、このハーベック発言を思い出させる。川崎はさらに、マイナー契約でも受け入れることを明らかにしている。
 これはもう、「マリナーズさん。あなたとしか交渉しませんので、どうぞ、お好きな契約内容を提示してください。私は、あなたの言うことに従います」と言ったようなものだ。
 イチローへの憧れはわかるが、それは胸の内にしまい、せめて代理人にのみ伝えるべきだった。

 あまりにも純粋すぎる野球少年を顧客にしたアタナシオの手腕に、注目だ。