シリア戦で退場となった川島だが、一試合の出場停止ですんだ。追加処分が科される可能性もあったが、規律委員会側も“疑惑のオンサイド”を考慮したのだろう。それを物語るかのように、日本×サウジアラビア戦には最高クラスの審判が割り当てられた。今月17日に、国際サッカー歴史統計連盟が発表した年間最優秀審判の2位(1位と3位は欧州)に選ばれたラフシャン・イルマトフ氏。知る人ぞ知る、アジアナンバーワンの主審である。

そんなイルマトフ氏が主審を務めた対サウジアラビア戦。5−0というスコアは、シリア戦のモヤモヤを吹き飛ばすのに充分なスコアだが、それ以上に審判が目立たない試合にストレスを感じなかったのではないだろうか。

その裏には、イルマトフ主審の高いレフェリング技術が隠されている。もちろん、どんなに主審のレベルが高くても、たとえば2010南アフリカW杯決勝のオランダのように、選手たちがラフなプレーを繰り返せば、当然、試合は成り立たなくなる。とはいえ、レフェリング技術で予防線をはることはできる。イルマトフ主審は、この試合でその予防線をはっていた。

それは7分に与えた内田への警告だ。中盤でヤセルに抜かれた所を意図的に内田はファウルで止めた。イルマトフ主審は迷わず内田に警告をあたえ、その姿勢からは“故意のファウルにはカードを出す”というメッセージが伝わってきた。これを選手たちも理解し、激しくもラフなファウルのない試合に繋がった。元国際審判員である岡田正義氏も「前半10分までの判定はポイントになった」と分析する。一方で、岡田氏は、この判定以上に重要なシーンを教えてくれた。

「岡崎選手の1点目のオフサイドぎりぎりの飛び出しを見極めた副審の判定が素晴らしかったですね。」

副審はオフサイドの判定を見極めて当たり前だと思われているが、そんなことはない。2010南アフリカW杯で問題になったシーンのほとんどに副審が絡んでいるように、副審の判定は主審以上に試合を左右する。現代サッカーでは、FWとDFがギリギリの駆け引きを常に行っており、そこにパスを出す選手の技術も加わる。

この困難極まりないギリギリの判定を下さなければいけないのが副審で、かつゴールの判定も委ねられているのだ。多くのトップレベルの試合の主審を務めてきた岡田氏だからこそ、副審を慮る気持ちがあり、副審の素晴らしさに目がいったのだろう。報道する側としても『副審のナイスジャッジ』という視点は、目から鱗が落ちる思いだった。さらに、岡田氏は、この試合にはベテランならではのレフェリングが隠されていたという。

「両チームの選手がイルマトフ主審はワールドカップの準決勝を吹いたり、3年連続でアジアの最優秀主審に選ばれたことを知っていたので、いわゆる顔でのコントロールが可能になっていたという感じがしました。これは、イルマトフ主審の今までのキャリアの積み上げの賜物だと思います」

逆に言えば、主審へのネガティヴなイメージが溢れると、試合は難しくなるということでもある。審判のミスは当然追及すべきだが、一度のミスでレッテルを貼るのはナンセンスだということだ。素晴らしいレフェリングを見せたイルマトフ主審だって、ミスがない訳ではないのだから。

“中東で行われているのだから中東の笛は当然”という意見が多くあるが、そもそも“中東の笛”など存在しない。単にレベルの低さから、主審が選手やスタジアムの影響を受けてしまい、フィフティな判定が偏よってしまっている(問題ではあるが)だけである。審判員にとって、ピッチは中立の場でしかないし、「審判員は決して敵ではない」(岡田氏)。イルマトフ主審のレフェリングは、シリア戦で審判員に不信を持った我々に、そんな当たり前のことを教えてくれた。