ベルガードの防具をつけたスタントン選手(昨シーズン、現在はニューヨーク・ヤンキースに所属、写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ)

超一流のカノやスタントンも使う

2月に入ると、日米プロ野球のキャンプがスタートする。日本は2月1日から12球団一斉にキャンプに入り、米国大リーグ(MLB)は2月半ばから投手・野手に分かれてキャンプを行う。今年は“二刀流”大谷翔平選手のMLB挑戦や、注目ルーキーの清宮幸太郎選手(北海道日本ハムファイターズ)など話題も豊富だ。キャンプの様子や、大物選手の動向を多くのメディアが報道している。

一方、選手を支える野球用品について報じられることは少ない。その野球用品に「ベルガード」というメーカーがある。業界内では、特に捕手が着けるマスク、プロテクター、レガースや、打者が手足につけるアームガード、フットガードといった「防具」に定評があるが、一般の知名度は低い。前身の会社から80年を超える歴史を持つが、本社は埼玉県越谷市の“町工場”で、従業員はわずか4人だ。

そんなベルガードが近年、大きな注目を集めている。MLBの有名選手がこぞってベルガード製の防具を愛用するのだ。その中には、通算300本塁打を達成したロビンソン・カノ選手(シアトル・マリナーズ)や、昨季59本塁打で本塁打王と打点王に輝き、ニューヨーク・ヤンキースに移籍したジャンカルロ・スタントン選手といった超大物もいる。

なぜ、従業員4人の町工場にMLB一流選手からのオファーが殺到するのか。ベルガードファクトリージャパン社長の永井和人氏は次のように話す。

「当社の野球用品は、主力商品である防具のほか、グローブ・ミットが中心です。バットやスパイクなども手掛けますが、大手メーカーのように幅広く扱わず、自社の得意分野に注力します。製作では徹底して丁寧な仕事を心掛けており、それがMLB選手にも好評なようです。現在約70人の選手が愛用し、9球団の4番打者(経験者)も使っています」

防具はすべて日本製で、国内の職人が手づくりで製作する。たとえばレガース(すね当て)の製作では、各箇所を熟練職人がミシンで縫い合わせてつくる。「当社の強みは『メイド・イン・ジャパンのクラフトマンシップ』です」(永井氏)を実践する作業だ。


ヨニエス・セスペデス選手(ニューヨーク・メッツ)のアームガード(提供:ベルガード)

商品には特注品と汎用品があり、特注品は選手個人の要望に、きめ細かく対応する。

「たとえば『打者のファウルチップのはねかえりが、(捕手用)レガースのつなぎ目に当たって痛い』という声が選手から上がれば、その部分を保護する防具に改良します。また、動きやすさや使い勝手から、素材やデザインを変えることもあります」(永井氏)

これらは“機能性”の話だが、有名選手にとって、防具は自己アピールも兼ねる存在でもある。そこで選手の名前を筆記体で入れたり、打撃フォームのシルエットを入れたりなど“情緒性”への訴求も行う。商品には「ベルガード」と日本語で記すこともある。

一流選手が「契約金ゼロ」でアピール


お礼の写真を送ってくれたホズマー選手(右)とペレス選手(左)(提供:ベルガード)

同社は、有名選手には用具のみを無償提供し、マイナー選手やアマチュア選手には有償販売するのがビジネスモデルだ。だが、評判を聞きつけたMLB選手がネット通販で買うこともあるという。商品の価格は、たとえば打者用防具は、上下(アームガードとフットガード)セットで約200ドル(約2万2000円)だ。ちなみに超一流選手でも契約金は支払わない。

「一流選手の中には、気にいってくれると契約更改時に『あのメーカーの商品を使いたい』と代理人を通じて交渉してくれる例もあるようです。そうなると翌年以降は球団から注文が来ます。また、選手自身のSNSで、自らPRしてくれるケースもあります」(同)

これも、従来のスポーツ用品メーカーとは異なる販売促進といえよう。

日本のプロ野球でも同社商品を愛用する例は多い。たとえばダヤン・ビシエド選手(中日ドラゴンズ)、サビエル・バティスタ選手、アレハンドロ・メヒア選手(ともに広島東洋カープ)、エルネスト・メヒア選手(埼玉西武ライオンズ)、ステファン・ロメロ選手(オリックス・バファローズ)、ロエル・サントス選手(千葉ロッテマリーンズ)らだ。


お礼の写真を送ってくれたヨニエス・セスペデス選手(ニューヨーク・メッツ)(提供:ベルガード)

こう紹介すると外国人ばかりだが、実は日本のプロ野球では、大手メーカーと専属契約する日本人が、それ以外のメーカー商品を使うのはむずかしい。以前、首位打者も獲得した日本人選手から依頼を受けたベルガードが防具を提供したが、専属契約がカベとなり、その選手は試合で同社製の防具を使えなかった。

MLBや国内の外国人選手は、そうしたしがらみもなく、自分の使いたい用具を選びやすいという側面もある。これがベルガード愛用者に外国人が多い、もうひとつの理由だ。

6年前の「倒産」で、利益率が高まった

実は同社は一度倒産している。6年前の2012年2月20日のことだ。当時、勤続30年のベテラン社員だった永井氏が、社内で仕事をしていると突然会議室に呼ばれた。室内に入ると弁護士(後に管財人)がおり、「会社は今日で終わりです。明日からは社屋に入れません」と通知されたという。翌21日、ベルガードの破産手続き開始が決定し、倒産した。

そこからの永井氏の行動は迅速で、たった1人で存続を図り、ベルガードファクトリージャパンを設立した。その原動力となったのは、顧客の存在と自らの問題意識だったという。

「春からの野球シーズンを控えて注文も多く受けており、お客さまの商品への期待を裏切ることはできませんでした。また、私自身も将来の独立を視野に入れて、早稲田大学の起業家セミナーに通い勉強もしていた。それなら自分で再生しようと考えたのです」(同)

「ベルガード」の商標を引き継ぎ、再スタートしたのは4カ月後の2012年6月だった。この時間差で大手メーカーとの取引も軒並み終了となったが、それが結果的に幸いしたという。

「倒産した会社は、大手のOEM(相手先ブランドによる製造)を多数引き受けており、利益率も非常に低かった。多額の費用をかけて商品カタログを制作するようなムダもありました。新会社では、商品を利益率の高い自社ブランドで出し、コストも削減したのです」(同)

そんな永井氏を支援したのが、旧知の取引先でベルガードブランドのファンたちだ。アンパイアショップを運営する元プロ野球審判員、ソフトボールの審判用品を販売する会社の女性社長といった人が注文してくれた。受注が増えると、旧会社のベテラン職人も3人入社した。フェイスブックなどSNSでの情報発信も、商品告知と売り上げ拡大になったという。

話題の「コラボ商品」も開発した

倒産から6年。ベルガードは「MLB選手が愛用する野球防具メーカー」に急成長した。メディアへの露出も多く、コラボレーションの依頼も大幅に増えたという。

現在、同社が最も注力するのは“パワーを生むウエア”を掲げた「アクセフ・ベルガード(AXF×Belgard)」というコラボ商品だ。アパレルメーカーのサンフォード(本社・岐阜県岐阜市、吉田國廣社長)から申し入れがあり、サンフォードと機能面でも技術連携していたテイコク製薬社(同・大阪府大阪市、畠山兼一郎社長。高齢者の転倒防止ベルトなども製作)との3社共同開発だという。


「アクセフ・ベルガード」の機能性ウエア(提供:ベルガード)

このウエアを着ると「リカバリー」「バランス感覚」「体幹の安定」が向上するという機能性衣料の一種で、特許も出願中だ。実際の機能性と効果は、商品を購入した人に判断を委ねたいが、永井氏自身が、国内外の出張や番組出演時などに関係者に紹介し続け、試着や実践した人からも好評を得ている。2017年11月に発売したウエアは2カ月で約1000枚も売れた。この技術は野球用具(グローブ、バット、防具)にも応用し、「アクセフ・ベルガード」の新商品として、次々に発売される予定だという。

「商品の評判は非常によく、注文も多いです。この効果をより多くの方に体感いただきたいので、今後は良識ある研究者や第三者機関の評価などエビデンス(根拠)を充実させて『信頼性の高い商品』にするのが課題です」(同)

ビジネス環境が一気に変わる現在は、従来の強みが弱みになることもあれば、環境変化によって復活できる事例もある。この違いには「志ある社員の意識」も大きい。ベルガードの場合も「ウチの会社のここがおかしい」という当事者意識を持った元社員が、倒産(という環境変化)を機に商標を引き継ぎ、OEM商品を自社ブランドに変えてV字回復を果たした。

「今は、逆説的な言い方ですが『倒産してよかった』と思います」と語る永井氏――。厳しい環境に置かれながら、自力で再生を果たした本人だから言える言葉だろう。