資本・業務提携の共同会見で握手を交わすカルロス・ゴーン日産自動車社長(左)と益子修三菱自動車会長(5月12日/時事通信フォト=写真)。

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■なぜスズキの株価は力強く回復したのか

企業が危機に直面したとき、トップの振る舞いは厳しく問われる。軽自動車の燃費不正問題では、スズキと三菱自動車工業の違いに驚かされた。国が定めたルールを守らなかった点は同じだが、責任を一身に受け止めて頭を下げ続けたスズキの鈴木修会長は男を上げ、日産自動車との資本提携で会心の笑みを見せた益子修会長は評価を下げた。

「企業規模からして私1人で見ることは不可能になったと数年来、考えていた。結果的に問題が出たことはその表れだ。反省している」「私がCEOの時代に法令違反という大きな問題が発生した。責任は重い」

6月8日、国土交通省で記者会見した鈴木会長はこう語ると、沈痛な面持ちで頭を下げた。

鈴木会長は代表取締役を続けるものの、29日の定時株主総会でCEO職を返上する。技術担当の本田治副社長も同日付で引責辞任する(※1)。

不正な計測法について陳謝した5月31日の記者会見でも鈴木会長は「皆様におわび申し上げる」と切り出し、「トップダウン型経営の限界が不正の背景にあったのでは」という記者の質問に対して「あったと思う。企業規模が大きくなり、私自身も限界があり、全体を見ることが不可能になった」と素直に認めた。

鈴木会長は燃費測定方法の不正が発覚した直後から、記者会見に出て頭を下げ続けた。一方で「燃費は再確認した。カタログ値と比較したが、まず間違いはない。購入者に迷惑を掛けることはない」と、消費者を欺く意図がなかったことを強調した。

もちろんスズキに非がなかったわけではない。欧州では部品ごとに燃費を測り、これを積み上げて車の燃費とみなす方法が認められている。日本では認められていないやり方だが、2010年ごろにスズキの新車開発部門の一部が「日本でも使ってよいだろう」と判断した。

スズキのテストコースが風の強い海沿いにあり、実際に車を走らせて計測するとデータがばらつくため、この測定方法が他の部門にも広がっていった。担当者は違法性を認識していたが「惰性でやっちゃった」と鈴木会長は説明した。

その上で鈴木会長は、野外で安定的に走行データを取るために、試験を行っているテストコースに防風壁を設置したことを明らかにした。不正の発覚から半月での早業である。

一連の対応を株式市場はどう受け止めたか。スズキの株価は不正が報じられた5月18日から売り浴びせられ、一時は2450円の年初来安値を付けた。しかし19日に早くも2705.5円に戻す。国交省に社内調査結果を報告した翌日の6月1日には前日比106円(4%)高の2955円まで上昇。終値は2920円50銭で、燃費不正問題が明らかになる直前の水準を回復した。

起きたことを認めて反省しつつ、主張すべきは主張する。その姿勢は2010年、リコール問題で米議会の公聴会に召喚されたトヨタ自動車・豊田章男社長のスピーチに通ずるものがある。

豊田社長は「世界で販売されるトヨタ車には私の名前が刻まれている。車が傷つくのは私の体が傷つくのと同じ」と語り、米消費者の信頼を勝ち取った。

スズキも難局を乗り切ったことで会社全体が一枚岩になり、鈴木会長の後任CEOになる鈴木俊宏社長への権限委譲が進むかもしれない。

■自宅待機の従業員は「笑顔」をどう見たか

一方、5月12日に日産からの出資受け入れを発表した三菱自動車の益子会長は、日産のカルロス・ゴーン社長と並んで満面の笑みを浮かべた。「私たちはトップ3になる実力がある」。ゴーン社長がそう言うと、益子氏が隣で大きく頷く。その様子に私は強い違和感をおぼえた。

益子氏は燃費データの改竄があった「eKワゴン」「デイズ」など軽自動車4車種の開発を重要プロジェクトと位置づけ、「最高の燃費を目指してほしい」「他社に対抗できるか」などと現場を叱咤していた。構図は東芝の不正会計で佐々木則夫元社長らが現場に求めた「チャレンジ」と同じである。

益子氏ら経営トップの圧力により、当初は1リットル当たり26.4キロだった燃費目標が、あわせて5回引き上げられ、最終的に29.2キロに設定された。引き上げには技術的な裏付けがないため、目標達成の圧力は燃費データの測定をとりまとめる性能実験部の社員たちに押しつけられた。

圧力は下達されるたびに倍増し、末端近くになると「何としてでも燃費目標を達成しろ。やり方はおまえが考えろ」という指令が飛んでいた。自分の叱咤がそこまで増幅していたことを益子氏は知らなかったかもしれないが、広義で見れば不正に関わったと見ることもできる。

その益子氏がトップに残り、「資本提携」と銘打って晴れがましい席で満面の笑みを浮かべる(※2)。 「燃費データ改竄」から始まった大型提携を「何とか前向きにしたい」という会社の意図はわからないでもないが、60万人を超える燃費不正対象車のオーナーたちは、益子氏の笑顔についてどう思っただろう。

オーナーだけではない。岡山県倉敷市の水島製作所は4月以降、不正の対象になった軽自動車4車種の生産を停止し、1300人の従業員が自宅待機になっている。影響は取引先にも及んでおり、三菱自動車関連の取引がなくなったことで経営危機に陥った地元の中小企業を救済するため、自治体は支援体制の構築に奔走している。

今まさに生活を脅かされている彼らは、笑顔のゴーン氏と益子氏を祝福する気にはなれなかっただろう。

■販売店に「面倒みる」「大三菱」という甘え

背景にあるのは益子氏の深層心理に刷り込まれているであろう「大三菱」意識だ。記者会見での次の発言にもその一端が覗いている。

「(日産による出資は)自然な流れで異常な事態ではない。信頼回復や経営安定を目指す上で重要な道筋だ。三菱グループから支えてもらう構図は変わらず、ディーラーも責任を持って面倒をみる」

資本の論理で言えば日産の傘下に入ったにもかかわらず、相変わらず「三菱グループの支援」を口にし、自社の不正で迷惑をかけているディーラーに対して「面倒をみる」と言い放った。売ってくれる人がいるからメーカーの経営が成り立つのである。自動車業界出身の人間なら、決してこうは言わないはずだ。

益子氏は三菱自動車の生え抜きではない。出身は三菱商事だ。三菱自動車が「リコール隠し」で存続の危機を迎えた2004年に常務取締役として送り込まれた。

この時、三菱自動車の隠蔽体質に辟易した提携先の独ダイムラー・クライスラーが追加支援を中止し、それに代わって三菱重工業、三菱商事、東京三菱銀行(現三菱東京UFJ銀行)が増資を引き受けた。

「三菱を名乗る企業が倒産することがあってはならない」というのが三菱グループの掟である。自浄能力を失った三菱自動車を立て直すため、三菱自動車のルーツである三菱重工から西岡喬氏が会長として乗り込み、益子氏は社長になった。

あれから10年。三菱グループに庇護された三菱自動車は、結局、隠蔽体質を克服できず、同じ過ちを繰り返した。そして今度もまた「日産に守ってもらえる」と思っているのかもしれない。益子氏の笑顔は、三菱自動車の「甘え」を象徴しているように私には見える。

※1:同時に役員報酬の減額も発表。7月以降の月額報酬を会長が6カ月間40%減額、社長は同30%減額。15年度の賞与を代表取締役と取締役は辞退し、専務役員と常務役員は50%減額とした。
※2:5月18日には相川哲郎社長、中尾龍吾副社長の退任を発表。益子修会長は会長に留まるが、役員報酬を全額返納する。また6月17日には役員と執行役員の月額報酬を次の比率で自主返納すると発表した。開発担当常務執行役員6カ月20%、開発担当執行役員同10%、その他の役員3カ月10%。

(ジャーナリスト 大西康之=答える人 時事通信フォト=写真)