ドルトムントのホームで行なわれたパーダーボルン戦は、クロップ監督が退任を発表して最初の試合だった。スタジアムに向かうトラムの中には、リズムに合わせて「ユルゲン・クロップ!」と叫ぶサポーターがいた。一方でスタジアムはしんみりとし、寂しさをまとっていた。

 結果は3-0の勝利。今季初めての快勝と言ってもいいほどの試合だった。試合終了のホイッスルが鳴った瞬間、静寂が訪れ、そしてそれは喜びに変わった。

 フル出場した香川真司がクロップ退任について語る。

「この決断は監督が決めたことだから、しっかりと尊重して......。どうしようもないんでね、こればっかりは」

 この数日間、多くの選手がSNSでクロップへの感謝を表明した。例えば10番を背負うMFミキタリアンは「全てを彼に捧げる」と、かなりしんみりと、感傷的なコメントを添えていた。それに比べると香川は淡々としていた。

「もうしょうがないですし、ポジティブに逆に新たなスタートを......ではないですけど、新たな監督、環境のなかでやることになったので、しっかりと切り替えてやっていきたい。これが世界ですから。こういうのはつきものだと思っているので」

 あっさりと割り切っているのか、懸命に割り切ろうとしているのか。あるいは聞き手のこちらのほうが感情的になり過ぎているのだろうか。

「実感がないというか、余韻にひたっている余裕がないというか......」

 確かに余裕がない、というフレーズが一番しっくりくるのかもしれない。言葉にすることはなかったが、香川は試合中、いつもと違う表情を見せていた。

 この日、香川はだめ押しとなる3点目を決めた。リーグ戦では今季3点目、ホームでの得点は復帰戦以来となる。得点の形も、これまでの2点に比べれば格段に香川のスキルによるところが大きかった。ミキタリアンのロングボールに抜け出し、ディフェンダーの前に巧みに入り込み、GKの動きを見切って左足で流し込んだ。

 香川はゴール前に入ったスピードに乗ったまま、スタンド方向に走りながら、何度も拳を握りしめた。ガッツポーズではあるが、悔しさを押し殺しているようでもあった。その顔は嬉しいというより、今にも泣き出しそうな、あるいは情けなさを噛み締めているような、眉間に力の入ったものだった。

「まあまだまだ物足りないです。特にホームでは今シーズンまだ2点目ですし、悔しい気持ちがいっぱいなので、喜んでる場合ではない。やっぱり2点、3点と取り続けていくかことが一番かなと思います」

 この試合後、香川は数多くのドイツメディアの取材を受けることになった。2連覇を果たした、ドルトムントの黄金期を支えた中心選手として扱われていた。それはドイツメディアから、香川がクロップの秘蔵っ子として認識されている証である。

 リーグ戦は残り5試合、ドイツ杯は最大で2試合。クロップが退任を自ら発表するという形で打ったカンフル剤は、香川にもじわじわと効果を発揮しそうだ。

了戒美子●文 text by Ryokai Yoshiko