【インタビュー】石原さとみ「人間って不自由に見えて意外と自由。私も強く生きたい」

さだまさしの名曲「風に立つライオン」に感銘を受けた俳優・大沢たかおが映画化を熱望し、2013年にさだが曲をもとに小説を発表。2015年、遂に映画が完成し、石原さんはケニアで懸命に働く看護師・和歌子を熱演。現地での撮影、和歌子を演じる中で見えた理想の女性像、女優観などをたっぷりと語ってくれました。

S__6685023――1987年に発表された、さだまさしさんの「風に立つライオン」はご存知でしたか?

石原:以前、歌の特集番組で聴いたことがあって「いい歌詞だな」と印象に残っていて、映画化されるというニュースも知っていました。オファーを頂いて、すごく驚きましたね。まさか自分に声がかかるとは思っていなかったので。

――歌は異国の地で働く医師が、日本に残してきた恋人に宛てた手紙の内容が歌詞になっているので和歌子を理解するのは難しかったのでは?

石原:脚本と歌詞だけだと和歌子がどういった人間なのかというバックボーンが描かれていないので、和歌子をどう演じたらいいのか迷った部分もあったんですが、原作小説を読んだら和歌子のことが深く書いてあったので彼女について知ることができました。
和歌子には両親がいないので、だからこそ自立も早く、人のために生きていこうという思いから、インドのマザーテレサ病院を経て、戦傷病院にやってきた。戦傷病院に行く意志があって行動にうつせるのは、家族もなく一人だし、身軽だからということもあるけれど、すごく芯の強い女性だなと思いましたね。
孤児院を設立してケニアで骨を埋めることを選択できるというのは、本当に強い人間だし、温かい女性ですよね。

――ケニアの撮影現場での石原さんの様子は、和歌子と共通している部分が多かったのでは?

石原:そうかもしれないですね。スタッフもほとんど男性で女性が少なかったですからね。でも、今回の撮影で「自分って意外とタフなのかも」って思いましたね。過酷な環境の中でも、撮影をしている間、私は楽しく明るくいられました。ホテルから現場まで2時間以上かけて行く、ロケ現場との往復だけだったので“アフリカを知った”とは言えないんですけど……「ここで生きるって過酷。でも、日本にいるよりもはるかに生命力が強くなる」そんな場所でした。業とか欲とかすべてを削ぎ落とさないと生きていけない場所なんだろうなと思いましたし、人間としてすごく試されているような気がしましたね。アフリカの地に立ったら、和歌子のように「ふんばって生きていきたい」って強く思いました。

――「看護師」役についてはどうでしたか? 和歌子の看護する姿があまりにも自然でベテラン感が漂っていました。石原さんの作品を振り返ってみると「Ns’(ナース)あおい」(2006)の看護師、「ヴォイス〜命なき者の声」(2009)の法医学研修医など、医療に関わるキャラクターを演じてこられていますよね。


石原:私、「Ns’(ナース)あおい」に出演したことで看護師という職業に対する興味が強いんです。看護師って医者ではないから100%病を治してくれるわけではないけれど、でも心のケアをすごくしてくれるんですよね。直接的に患者さんと向き合うという意味で、職業としてすごく尊敬しています。今の仕事についていなかったら、看護師になりたいという思いを持ったかもしれません。


「どれだけ心も体も裸になれるかを試されている気がした」


――心に寄り添う看護師と、役と向き合う女優という職業は、どこかで共通する部分があるのかなって思うのですが、どうでしょう?

石原:確かに女優の仕事を通して“共感力”は、鍛えられたりはしているかもしれないですね。役へのリサーチとか、役を理解する作業なんかは共通するのかも。今回の衣装合わせの時もメイクさんと話し合って、スッピンに日焼け止めだけで過ごしたんです。ヘアスタイルもあえて「見えてもいい」普通のピンを使ったり。和歌子は顔に“色を載せる”というよりも、「どれだけ心も体も裸になれるか」「どれだけ心を開かれた状態でいられるか」を試されている気がすごくしたので、それならば「面と向かってぶつからなきゃ」と思いましたね。

――子供たちとの芝居も、まさに心と心のぶつかりが重要ですよね。

石原:子供達はピュアなので、私が集中を切らさずそこに「いる」ことが子供達の表情を引き出せると思っていました。子供たちは大沢さんのことが本当に大好きだったのでよくコミュニケーションをとっていて、私も一緒になって遊んだりしていました。暑かったのでうちわや扇子であおいだりしあいながらスワヒリ語を教えてもらったり。そうする中での交流が自然と演技にも出ていたと思います。