よりにもよって「こけし」の雑誌を！ 広告が全然入ってないので心配だ
“不定期月刊”という不思議な刊行サイクルで発刊されたのが、こけしマニアのためのこけし専門誌「こけし時代」だ。編集長は、詩人であり、フォトグラファーでもある“ヌマゲン”さんこと、沼田元氣氏。最近では“ヌマ伯父さん”とも呼ばれているらしい。
その後、「憩イスト」を名乗るようになり、人々の心に憩いをもたらす土地（おもに温泉地など）や、憩いグッズを紹介する活動をはじめたり、気軽に憩いを味わうことの出来る場としての「喫茶店」にも深い関心を寄せ、『ぼくの伯父さんの喫茶店学入門』（2001年／ブルース・インターアクションズ）など、数多くの喫茶本を世に送り出したりもしている。
世間の流行にまったく左右されず、自分が心惹かれるものだけを優雅に追い求めるひとを“粋人”というが、ヌマゲンさんこそ、粋人のなかの粋人、と言ってよいだろう。
で、たしか一昨年だったかな。「憩イスト」の活動からちょっと目を離していたら、ヌマゲンさんはいつの間にか鎌倉で伝統こけしとマトリョーシカの専門店「コケーシカ KOKE-SHKA」というのを開店していて、たいそう驚かされた。まあ、憩いのひとだから、こけし方面に向かうのは理解できるとしても、しかし、だからといって店まで始めるか。
冒頭に書いたように、趣味が高じてホームページを作り、自分のコレクションを披露するひとは多いが、実店舗を始めてしまうというひとは、なかなかいない。でも、その思い切りのよさは、さすがヌマゲンさん、とも言える。
そして、念願の店を出されてさぞやご満悦のことだろう……と思いきや、今度は「こけし専門誌」の創刊である。ホントに止まることを知らないひとだよなあ。
世の中に専門誌というのはいろいろあって、たとえばレース鳩の愛好家のためには「月刊 愛鳩の友」があり、循環器系のお医者様のためには「月刊 心臓」がある。固いものが好きなひと（金属加工業界）には「月刊 金属」があり、柔らかいものが好きなひと（ゴム業界）には「月刊 ラバーインダストリー」がある。なんだってあるのだ雑誌には。だから、こけしの雑誌があっても全然不思議じゃない。
それにしても、「こけし時代」とはまたド直球な誌名をつけたものだ。だが、これほどわかりやすい誌名もない。これなら、必要としているひとに確実に届く。現にわたしも六本木の書店で見かけて（こけし情報を必要としているわけではないけど）すぐに目を奪われ、レジに差し出した。
創刊号の特集は「津軽」。こけしといえば普通は鳴子を連想するが、あえて津軽から、というところに、ヌマゲンさんの並々ならぬ本気を感じるが、実際のところはわからない。なにしろこっちはシロウトだからね。
「津軽はうんと遠いから特に楽しい──／土湯は東京から近いからスグに行ける／鳴子は全国的に有名だから皆出掛けていく／遠方だからこそのお愉しみは行った人でないとわからないであろう」
ははあ、この感じはわかる。どんな趣味でも、遠い距離にあるものほど、出会えたときのよろこびは大きくなるものだから。でも、この誘い文句に釣られていざ津軽まで行ってみると、とても驚かされることになる。
「こけしを買おうと思って津軽に行ったら、売っていない。（中略）青森に行っても、弘前に行ってもない。温湯や大鰐といった産地まで行ってもないのだ」
こんな恐ろしいことが書いてある。こりゃいったい、どういうことなんだ!? それがこのあとの記事「工人訪問」につながっていく。
工人（こうじん）とは、こけし職人のこと。工人たちは自宅に作業場や工房を構えており、そこで作品を買うことができる。もちろん、駅の売店や民芸店にもこけしは売られているが、その数は驚くほど少ない。そこで、いきおいコレクターたちは工人の仕事場を訪ねて、直接こけしを買うことになる。そうした“こけしの直取り引き”こそが、こけし収集の醍醐味なのだと、本誌は提案しているのだ。
不定期月刊『こけし時代』。全112ページ、ほぼオールカラー。隅から隅までこけしだらけ。津軽出身の奈良美智のこけしエッセイがあったかと思えば、ビンテージこけしコレクションの紹介ありーの、こけし探索ついでに入れるいい湯加減の温泉紹介ありーの、こけし収集おやじのなかに眠る乙女心を刺激する津軽お薦めスイーツ紹介もある。
圧巻は、コレクター雑誌につきもののコレクター紹介「KOKESHI SHELF 今号のこけし棚拝見」だ。第一回として登場する山口県にお住まいの清俊夫さん、そのコレクション総数4000本。家中こけしだらけでにょきにょきだ。
さて、この雑誌、いったい何号まで続くだろう。ヌマゲンさんが私費を投じて作ってるっぽいのだが、広告が全然入ってないので心配だ。かといって、どういう広告を入れればいいのか、わたしにもわからない。『コロコロコミック』で「こけしバトラー功人 KOHJIN」みたいな漫画が連載されたりすると状況は変わるのかもしれないが、たぶん誰もそんなことは望んでないはずだ。
（とみさわ昭仁）
