三菱重工、川崎重工だけじゃない…日本の防衛産業の「知られざる実力」、日本3社で「世界シェア5割超」の分野も
日本の防衛産業には世界トップレベルの技術があり、世界的に圧倒的なシェアを誇る一方で、深刻な構造的問題を抱えている。このたびの防衛費倍増は、この産業をどう変えていくのか。登録者数100万人超の人気YouTubeチャンネル「大人の学び直しTV」のすあし社長が解説する。
※本稿は、すあし社長『この国の「なぜ?」が見えてくる日本経済地図』(かんき出版)の一部を再編集したものです。また、2025年12月時点の日本経済、世界情勢に基づいて執筆しています。
「防衛費倍増」が日本経済にもたらすもの
政府は2027年度までの5年間で、防衛関係費として43兆円を投じる計画を打ち出しました。これは従来のほぼ2倍に相当する規模です。防衛費増額の議論は、同時に「日本の防衛産業をどうするのか」という産業政策の議論でもあります。増額される予算の大部分は、防衛装備品の調達や研究開発に充てられるからです。
しかしながら日本の防衛産業の実態は、「見えにくい存在」になっています。三菱重工業、川崎重工業、IHIといった企業名は誰もが知っています。しかし、これらの企業が世界トップレベルの防衛技術を保有していること、そして同時に深刻な構造的問題を抱えていることは、ほとんど認識されていません。
本稿では、日本の防衛産業が持つ「知られざる実力」と「隠れた欠陥」の両面を明らかにし、さらに防衛費倍増が日本経済に何をもたらすのかを検証します。
日本の防衛産業は、アメリカのロッキード・マーティンやノースロップ・グラマンのような「純粋な軍需企業」とは根本的に異なる特徴を持っています。
日本の軍需産業の主役である三菱重工業、川崎重工業、IHIは、いずれもエネルギー、交通、産業機械など幅広い民生事業を営む総合重機メーカーだからです。
つまり、民生部門でつちかわれた最先端技術が、防衛装備品の開発に転用される「デュアルユース(軍民両用)」の仕組みが機能しているのです。スマートフォンや電気自動車で使われる電池技術が潜水艦の動力源になり、ボーイング787の主翼材料が戦闘機の機体に応用されるといった具合です。
これは、長年の「武器輸出三原則」による制約のなかで、日本の防衛産業が独自に進化させてきた技術体系であり、他国にはないユニークな防衛力の基盤になっています。
また、日本の海上防衛の中核を担うのが、海上自衛隊の潜水艦部隊です。その潜水艦を建造しているのが、三菱重工神戸造船所と川崎重工神戸工場です。
この2社は、隔年で交互に潜水艦を建造するという、世界でも類を見ない生産体制を維持しています。この体制は熟練工の技能維持と技術継承を確実にするための国家的な産業政策の一環でもあります。
世界初のリチウムイオン電池を実装した潜水艦
日本の潜水艦技術の真価は、2020年に就役(しゅうえき)した「おうりゅう」に象徴されます。おうりゅうは主動力源として民生分野で世界をリードする高性能リチウムイオン電池を実装した世界で初めての潜水艦です。
これは軍事技術が民生へ降りる「スピンオフ」の逆、つまり民生技術が軍事スペックを凌駕する「スピンオン」の象徴的事例です。
リチウムイオン電池は鉛蓄電池に比べてエネルギー密度が高く、充電時間が短いため、作戦行動の柔軟性が劇的に高まります。水中での「待ち伏せ」だけでなく、高速での「回避・追撃」能力を飛躍的に向上させました。
この技術は、日本の民生エレクトロニクス産業の技術力が直接的に軍事力に変換された好例です。「おうりゅう」以降の「たいげい」型潜水艦も同様にリチウムイオン電池を搭載しており、原子力を使わない通常動力潜水艦としては世界トップレベルの潜航能力を持つとされています。
南西諸島防衛の要になるのが、陸上自衛隊が配備する「12式地対艦誘導弾」です。この誘導弾の能力向上型開発は、三菱重工の誘導制御技術と航空宇宙技術の結晶と言えます。
当初の12式地対艦誘導弾の射程は約200kmでしたが、能力向上型では射程を大幅に延伸することが計画されています。当面は900km程度、最終的には1500kmまで延伸される見通しです。これにより、敵の射程圏外から攻撃できる「スタンド・オフ防衛能力」が大幅に向上することになります。
さらに、敵レーダーからの探知を避けるためのステルス形状が採用されており、弾体や主翼の形状が従来型とは大きく異なる外観となりました。
また、飛翔中のミサイルに対し、衛星通信を通じてリアルタイムで目標情報を更新・送信する技術も実装される予定です。移動する海上目標を長距離から正確に打撃するためには、高度なデータリンクと、それを支える宇宙インフラが不可欠であり、ここでも日本の宇宙開発技術とのシナジーが発揮されています。
そして、日本の軍需産業は「トップレベルの科学技術」、それだけにとどまりません。世界的に圧倒的なシェアを誇っているのです。
日本3社で世界市場の5割以上を占める
防衛産業の「隠れた実力」の真骨頂は、最終製品(戦闘機や艦艇)そのものよりも、それを構成する基幹素材にあります。
特に航空宇宙分野における日本の素材産業のシェアは圧倒的であり、欧米の軍事産業も日本のサプライチェーンに依存せざるを得ない構造が存在します。
炭素繊維は「鉄より強く、アルミより軽い」特性を持ち、航空機の燃費向上や運動性能向上に不可欠な戦略物資です。東レ、帝人、三菱ケミカルの日本企業3社は、世界の高性能炭素繊維市場において圧倒的なシェアを握っています。2021年の経済産業省の資料によれば、日本の3社で世界市場の5割以上のシェアを占めるとされています。
東レはボーイング社に対し、B787ドリームライナーの主翼や胴体向けに炭素繊維複合材料を独占的に供給する長期契約を結んでいます。この実績は、品質管理と量産能力において日本が世界標準であることを証明しています。
F-35戦闘機の機体構造材についても、主要な契約者として欧米企業の名が挙げられることが多いものの、そのサプライチェーンの底流には日本製の原料や高度な加工技術が複雑に絡み合っています。
日本の素材技術がなければ、西側の第5世代航空戦力は成立しないという構造が存在しており、これは安全保障上の大きな資産といえます。
イギリス・イタリアと共同開発をする次期戦闘機(GCAP)、その中核技術となるエンジンの開発において、IHIは世界をリードする技術を有しています。
IHIが開発したプロトタイプエンジン「XF9-1」は、18年の試験でタービン入口温度1800℃、最大推力15トンを達成しました。ニッケル合金の融点1400℃を大幅に超える耐熱性を持つCMCを実用化することで、エンジンの熱効率を最大化し、大推力と低燃費を両立させています。
この極限環境に耐えうる設計を可能にしたのが、日本が先行する「セラミックス基複合材料(CMC)」です。
これは、材料工学の基礎研究から量産化技術までを一貫して国内に保持しているからこそ可能な技術です。XF9-1のタービン入口温度1800℃は、当時の世界トップレベルとされ、日本のエンジン技術の到達点を示すものとなりました。
しかし、世界から注目されている日本の軍需産業は技術力がある、その一方で、力を発揮しにくい重大な課題があります。くわしくは後編記事〈日本の防衛装備品はなぜ「高コスト」なのか…大手企業が「次々撤退」する軍需産業の「深刻な構造」〉でお伝えします。
