高市首相に対する中国の強硬な姿勢が“自民圧勝”を招いたのか? 「争点なき総選挙」の勝敗を分けた自民と中道の“埋めがたい違い”
衆院選は2月8日に開票され、定数465議席のうち自民党が316議席、日本維新の会が36議席、連立与党として合計352議席を獲得した。その議席占有率は何と75・69%。自民党は歴史的圧勝を成し遂げ、野党各党は歴史的大敗を喫した。なぜ、あまりにも極端な“自民一強”の選挙結果となったのか。朝日新聞は2月10日の朝刊に社説「自民単独で3分の2 巨大与党への監視が不可欠」を掲載、高市早苗首相の《個人的な人気に負うことは間違いない》と断言した。(全3回の第1回)
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担当記者は「朝日新聞に限らず、新聞社やテレビ局などの大手メディアは今回の衆院選で“高市旋風”が吹き荒れたと報じました」と言う。

「“旋風”という言葉には『イメージ中心の選挙戦だった』というニュアンスが含まれています。『具体的な政策を巡って与野党が激しい舌戦を繰り広げ、その結果として有権者が自民党に投票したわけではない』という分析です。確かに1月19日の記者会見で、高市さんは衆院を解散する理由として『高市早苗が内閣総理大臣でよいのかどうか、今、主権者たる国民の皆様に決めていただく』と説明しました。具体的な政策は脇に置き、首相を決める総選挙だと位置づけたということでしょう」
有権者は消費税減税に強い関心を抱いていた。ところが、チームみらいを除き、与野党は基本的に消費税減税で足並みが揃った。各党の公約を見ると様々な相違点が認められたとはいえ、「減税」という根本の方針は変わらない。そのため大手メディアは「争点なき総選挙」と総括した。
だが、その総括は正しかったのだろうか。実は与野党の間に重要な争点は存在し、有権者の関心も高かったのではないか──。
アメリカ政治・外交、国際関係論が専門で、同志社大学大学院グローバル・スタディーズ研究科の三牧聖子教授は「確かに『総選挙は明確な争点に乏しかった』、『高市旋風だけが圧倒的だった』との印象を受けた有権者は非常に多かったと考えられます」と言う。
実は存在した争点
「私も基本的に異論はありません。とはいえ、さすがに高市旋風だけで全ての選挙結果を説明するのも無理があるのではないでしょうか。例えば争点とは異なるかもしれませんが、『中道改革連合にはがっかりした』と失望した有権者も相当な数に達し、自民圧勝に影響を与えたはずです。特に私の印象に残ったのは、自民は“保守”を自負しながらも、選挙戦では高市氏だけでなく、片山さつき氏、有村治子氏、小野田紀美氏と女性議員の姿を見る機会が多かったことです。一方、“リベラル”を標榜しているはずの中道は『女性議員が頑張っている』との印象に乏しかったと言わざるを得ません。女性議員を巡る両党の差は、有権者が中道を評価しなかったポイントの一つだったと思います」
大手メディアの「争点はなかった」との結論も、やはり大げさかもしれない。三牧教授は「多くの有権者が『この主張は自民と中道では明確に違う』と感じ、重要な争点だと判断した政治的論点は存在したと思っています。物価高問題などに比して目立たなかったかもしれませんが、それは対中外交を巡る議論であり、衆院選の結果に大きな影響を与えた可能性があると考えています」と指摘する。
昨年11月、高市首相は衆院予算委員会で「台湾有事は存立危機事態になり得る」と答弁。これに中国は猛反発し、今も日中関係が非常に冷え込んでいるのはご存知の通りだ。
高市氏の“対中強硬姿勢”
日中の外交問題を巡っては1月26日、テレビ朝日の報道番組で実施された党首討論で高市氏は次のように発言した。
「台湾と日本の距離というのは、東京から熱海の間ぐらいですよね。そこで大変なことが起きた時に、私たちは台湾にいらっしゃる日本人やアメリカ人を救いに行かなきゃいけないわけです。そこで共同行動をとる場合もあるわけです。そこで共同で行動を取っているアメリカ軍が攻撃を受けた時に、日本が何にもせずに逃げ帰ると日米同盟が潰れます」(註1)
国会での「存立危機事態になり得る」との答弁は撤回しない姿勢を改めて示した。中国は国民に観光や留学による訪日の自粛を求め、レアアースの実質的な輸出規制を発動することで対日圧力を強めている。だが高市氏は「中国とは安易に妥協しない」というメッセージを有権者に送ったわけだ。
一方、中道の共同代表を務めていた野田佳彦氏は1月28日、横浜市内の演説で高市氏の“対中強硬姿勢”を次のように批判した。
「高市さんは台湾有事の問題も明快に言い過ぎている。勇ましいことを言って日本がピンチになれば泣くのは皆さんだ。(中国との)経済の交流が途絶えて、レアアースが入らなくなれば困るのは日本だ」(註2)
「日中関係の悪化という問題を現実的な視点から捉えると、やはりレアアースの問題が大きな懸念材料として浮上します。中国は現在、日本に対するレアアースの輸出に実質的な規制をかけています。『レアアース輸出規制は中国経済にも大きな打撃になるから、やらないだろう』という楽観論もありますが、問題は中国が規制を緩めることも強めることもできる選択肢を持つことです。他方、直近の日本には代替の選択肢がない。中国が強硬に出た場合に、日本の産業界に広範な悪影響が出るのは確実です。実際、一部の生産業からは悲鳴が上がっています。となれば、野田氏の演説のほうが有権者の心に届いても不思議はなかったはずなのです」(同・三牧教授)
野田佳彦氏は「弱腰」と解釈
レアアースの問題に関して高市氏は中国依存から脱却すべきだと主張している。南鳥島で泥の試験採掘を実施し、世界各国と協調してサプライチェーンを構築しようと呼びかけている。
「高市氏の主張は、中長期的に見れば正しい政策です。とはいえ日本国内の産業界は直近の課題としてレアアースの不足に困っているわけです。短期的には泥の採掘もサプライチェーンの構築も打開策にはなり得ません。さらに日本は他にも多くのものを中国に依存しています。例えば抗生物質です。中国が抗生物質の輸出を止めると、日本の医療現場は大変な事態に陥ります。にもかかわらず、野田氏の主張を有権者は『弱腰』と解釈しました。必要以上に中国に対してこびへつらっていると受け止めたわけです。一方、高市氏の主張は『毅然として言うべきことを言っている』と高く評価しました。以上の経緯を踏まえると、対中関係は総選挙における重要な争点だったのであり、高市氏の“対中強硬”の主張に少なくない有権者が賛同したことも自民が圧勝した理由だったのではないでしょうか」(同・三牧教授)
三牧教授の指摘はデータの裏付けもある。テレ朝NEWSは2月11日、「“高市総理”含むX投稿1日200万超 SNSの話題は「参政」から「自民」へ 「株価乱高下のような」トレンド変化」との記事を配信した。
裏付けたSNSのデータ
テレビ朝日は選挙期間中のSNSを分析。すると高市氏が解散を表明した1月19日と20日に「衆院選は『中国VS日本』」だと訴える保守系インフルエンサーの投稿が広く拡散したという。多くの有権者が中国問題に関心を持ち、なおかつ安易な妥協には否定的だったことが浮かび上がる。
後で詳しくお伝えするが三牧教授は高市氏の“対中強硬路線”に強い懸念を持っている。懸念を抱く理由の一つに「米中関係を良好に保ちたいとするドナルド・トランプ大統領の方針と齟齬を生じ、日中関係に悪影響を及ぼす可能性」という重要な問題がある。
また「対中強行派の高市氏にあれだけの支持が集まったのは、日本が右傾化している証拠だ」という、いわゆる“リベラル派”の分析に対しても、三牧教授は「もっと丁寧に選挙結果を分析する必要がある」と指摘する。
第2回【“高市旋風”を生んだ「若者の右傾化」でも「排外主義の高まり」でもない“理由”…リベラルが読み違えた「ルールを守らない外国人は出ていってもらう」発言の影響とは】では、まず三牧教授が「実は高市氏は衆院選で対中強硬路線を主張することに勝機を見出していた」という興味深い分析を行っていることを紹介する。
さらに「リベラル派の若者が対中強硬路線を支持したことだけで日本の右傾化を指摘するのは早計だ」という論点についても詳しくお伝えする──。
註1:【報ステ全文】解散の大義は?経済成長は?日本外交は?7党の党首生出演(テレ朝NEWS:1月26日
註2:【衆院選2026】台湾有事 論戦振るわず 最大の争点は物価高対策(産経新聞:1月31日)
デイリー新潮編集部
