長射程地対地ミサイル「ATACMS」(2021年12月)=AP

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 【ワシントン=池田慶太】米紙ワシントン・ポストなどは17日、米国のバイデン大統領がロシアの侵略を受けるウクライナに対し、米国供与の長射程ミサイルを使ったロシア領攻撃を容認したと報じた。

 ウクライナ軍が越境攻撃を続ける露西部クルスク州での集中的な使用を想定している。容認に慎重だったバイデン氏は、北朝鮮兵の参戦を機に、方針転換した。ロシアは反発している。

 報道によると、使用を認めたのは最大射程300キロ・メートルの地対地ミサイル「ATACMS」で、今後、使用範囲を拡大する可能性もあるという。米国の方針転換で、英国やフランスが供与済みの長射程ミサイル「ストームシャドー」(仏名SCALP―EG)の露領内への使用を認めるとの観測が出ている。

 ウクライナ軍が8月に攻撃を始めたクルスク州では、露軍が北朝鮮兵1万人以上を含む約5万人を投じ領土奪還を狙うと伝えられる。

 米当局者によると、今回の方針転換は、北朝鮮の参戦が「間違い」だったとのメッセージを送り、北朝鮮が追加派兵しないようにけん制する狙いがある。当局者は、今回の決定が戦況を根本的に変えるものではないとの認識も示した。ロシア軍は既に弾薬庫や戦闘機などをATACMSの射程圏外まで後退させており、米軍の在庫から提供可能なATACMSの数も限られている。

 バイデン政権は今春、高機動ロケット砲システム「HIMARS」で発射する射程約80キロ・メートルのロケット弾などによる越境攻撃を条件付きで認めた。バイデン氏は核大国ロシアを過度に刺激する事態回避が最優先で、ATACMSの使用は許可しなかった。

 ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領は17日のビデオ演説で、報道について否定も肯定もせず、「ミサイルが自ら語るだろう」と述べた。

 タス通信によると、ロシアのドミトリー・ペスコフ大統領報道官は18日、米国の方針転換に関する報道に関し「事実であれば、米国の紛争関与という意味で新たな状況であり、緊張を激化させるものだ」と反発し、何らかの対抗措置を取る考えを示した。

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 バイデン氏の方針転換は来年1月のトランプ次期大統領の就任も意識しているとみられる。トランプ氏は侵略の早期終結を主張するが、具体的方法を明らかにしておらず、軍事支援が継続されるかどうかを巡っても不確実性が増している。

 ウクライナにとってトランプ次期政権の発足時にクルスク州で足場を固めている戦略的メリットは大きい。

 「米国第一」のトランプ氏がウクライナへの軍事支援を削減し、ウクライナに不利な形で和平に持ち込もうとしても、交渉材料にできるためだ。

 長射程兵器の使用容認だけで、全体の戦況は変えられないものの、露側のクルスク州奪還を抑止できる可能性が高まる。ロシアがクルスク州奪還に成功すれば、ウクライナはロシアと交換できる領土をほとんど持たなくなる。

 ニューヨーク・タイムズ紙によると、ATACMSの攻撃を容認すれば、ロシアの工作員による米欧の軍や民間の施設を狙った放火や破壊活動が起こるとの情報機関の分析もあったとされる。バイデン政権はそうしたリスクを考慮に入れても、将来の和平交渉でウクライナが優位に立てるよう支援することが最重要と判断したとみられる。