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日本初の共通ポイントの「生みの親」はカルチュア・コンビニエンス・クラブ(CCC)を去り、楽天(現楽天グループ)の顧問としてポイントビジネスを支援していた。そんな時にある事件が起き、生みの親が “古巣”との全面対決を決める。『ポイント経済圏20年戦争』から一部抜粋し、生みの親が楽天に電撃移籍した経緯を明かす。(ダイヤモンド編集部)

※この記事は『ポイント経済圏20年戦争』(名古屋和希・ダイヤモンド社)から一部を抜粋・再編集したものです。

“古巣”との全面対決に躊躇も
楽天移籍の後押しは探偵!?

 Tポイントの「生みの親」である笠原和彦はカルチュア・コンビニエンス・クラブ(CCC)を2010年に去った後に、楽天(現楽天グループ)の顧問を引き受けていた。

 笠原は楽天のポイントビジネスの可能性を感じていた。その可能性とは、楽天ポイントの共通ポイント化だった。楽天市場など関連のサービスに利用を限っていたポイントをリアルの世界に広げる試みである。かねて楽天会長兼社長の三木谷浩史に説いていたが、三木谷が首を縦に振ることはなかった。しかし、その三木谷は12年6月にCCCとヤフー(現LINEヤフー)が共通ポイントを柱とする電撃的な資本業務提携を結ぶと、共通ポイント市場への進攻の意思を固める。

 笠原は顧問として、楽天の共通ポイント化を支援することになる。笠原は自らの営業力を生かし、Tポイント時代の加盟店を回り、楽天ポイントの魅力を説いた。

 ただし、笠原は全面的な楽天へのコミットには及び腰だった。なぜなら、それは古巣であるCCCとの全面戦争を意味するからだ。自らが苦労して育て上げたTポイントと戦うことに、少し気が重かったのも確かだ。

 その笠原の背中を押すことになる事件が起きる。13年初夏の昼のことだ。帝国ホテル東京で開かれたあるセミナーに出席した笠原は、フロアでジャンパー姿の男を見掛ける。場違いな格好の男の印象が強く残った。その晩、東京・赤坂で部下と打ち上げをしていた笠原は、店から出ると、同じ男が近くにいることに気付く。「さっきいた人まだいますね」。一緒にいた部下がそう漏らしたほどだ。笠原が帰宅するためにタクシーに乗ると、車が後を付けてきているようだった。

 翌朝、出勤前に近所を散歩していた笠原は、ある男と擦れ違った。そして、一度帰宅して、出勤のために家を出たばかりの笠原は、自宅にいる妻から電話を受ける。妻は、開口一番こう言った。「後ろを男が付けている」。ベランダにいた妻が、笠原の後を付ける不審な男を見つけたのだ。

 笠原は、最寄りの駅まであちこち歩き回り、男をまいた。そして、電車に乗り、ふと隣の扉の方に目をやると、その男の姿があった。笠原はドアが閉まる直前に慌てて飛び降り、男をやり過ごした。

 電車に乗り、役員を務めていたワールドの本社に着いた笠原は目を疑う。ビルの向かいの物陰に、さっきの男が隠れていたのだ。笠原はすぐに近くの赤坂警察署に相談したが、対応した警察官は「素人に尾行がバレる探偵はいませんよ」と取り付く島もなかった。

 翌朝も笠原は自宅周辺をスーツ姿でうろつく男を見つける。すぐに玉川警察署に通報し、身柄を確保してもらう。警察が言うには、確保した男は探偵だった。探偵の目的などは明かされなかった。

 尾行はしばらく続くことになる。後を付けられていた男をまいた後に、駅のベンチで一息つき、ふと隣に座った男の足元を見ると、さっき自分の後を付けていた男と同じ靴だったこともある。途中で上着を着替えたのかもしれない。結局、警察に確保してもらった探偵は3、4人に上った。人数や期間を見ると、かなりの費用がかかるのは間違いない。

 探偵の依頼主が誰かは当然分からない。だが、笠原にはある人物の顔が浮かんでいた。尾行が始まる前に、笠原はTポイントの主力加盟店を回っていた。楽天顧問の立場である笠原の動きに、神経質になっている人物がいたはずである。もちろん、証拠はない。だが、笠原にこんな気持ちが沸々と湧き上がる。「そこまでするのか」。笠原は古巣との対決を決意する。

 14年11月に笠原は楽天に入社し、ポイントパートナー事業長に就任する。楽天のポイント事業の総責任者の立場だ。入社した笠原は早速、スタートしたばかりの楽天ポイントの利用率を見て、がくぜんとする。全くと言っていいほど使われていなかったのだ。利用率だけではない。新規の加盟店開拓などやるべきことが山積していた。まだ先行する王者、Tポイントには大きく水をあけられていた。(敬称略)