(※画像はイメージです/PIXTA)

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給与は頭打ち、ポストも減少。気力の落ちた40〜50代の銀行員のもとへ届くセカンドキャリア研修、通称「たそがれ研修」の通知。将来の収入減への不安から、収入を増やそうと努力した結果……。本記事では、事例とともに不動産投資の注意点について、ティー・コンサル株式会社代表取締役でメガバンク・大手地銀出身の不動産鑑定士である小俣年穂氏が詳しく解説します。

「研修」への呼び出し

銀行員の小林(仮名)は今年50歳を迎える。先日、支店長から呼ばれ「本部から小林さん宛に研修への参加指示が来ていることから業務調整のうえ参加するように」とのことで書類を渡された。

小林は銀行窓販が開始された20年前に保険会社から転職し、銀行員となった。銀行に転職した際には、小林と同様に保険会社や証券会社からの入行組が複数におり、それぞれ研修を受けたのちに各支店へ配属された。

入行してからは預金者に対して、電話でアポイントを取得し生命保険や投資信託など、金融商品の提案を行ってきた。当初は慣れない業務や毎月のノルマなどもあり大変苦労したが、徐々に銀行業務にも慣れ成績を上げられるようになった。前職の保険会社に比べてむしろ、すでに預金取引のある顧客に対して営業を行うことから門前払いということはなく、営業成績はよくなっていた。

前職時代の同僚や学生時代からの友人からは、小林は「なぜ銀行に入ったのに、融資業務を行わず前職同様、保険の販売をしているんだ」と半ば軽侮されるようなことをいわれた。しかし、とにかく銀行で生き残ろうと、30代は我武者羅に目標達成に取り組み、その結果表彰されることも何度かあった。

40代になってからは成果も認められ課長職に就き、若手の育成を含めチームの目標達成のために尽力してきたが、副支店長や支店長になることはなく、間もなく40代を終えるところである。

席に戻り書類の中身を確認したところ、いわゆる「たそがれ研修」への参加指示であった。

小林の家族

小林は銀行に転職する前年に結婚した。結婚してすぐに転職という形となったが、銀行への転職ということで妻の両親も反対することなく大変喜んでくれた。転職してから忙しい日々が続いたため、第一子が誕生したのは小林が33歳のときであった。

その後、35歳で第二子が誕生し、今年それぞれ17歳(高校2年生)と15歳(中学3年生)になる。妻は下の子供が中学生となった3年前からパートに出てくれているが、収入は小林の扶養家族の範囲内に抑え、年収100万円程度である。

子供達には将来の選択肢を広げてほしいとの思いから、それぞれ中学受験を経て中高一貫校の私立へ通っており、かなりの学費がかかっている。また、下の子供が産まれて家が手狭となったことから37歳のときには自宅を購入した。

リーマンショックや震災などもあり、不動産市況はいまと比べれば安く購入できたとはいえ、ローンもまだ4,000万円程度残っている。毎月の住宅ローンの負担は大きい。

小林の年収は現在1,000万円程度あるが、所得税などの税金のほか生活費、学費、ローンなどの支払いにより、おおむね収支はトントンである。さほど贅沢をしているわけではないが、同僚や友人との飲み会やゴルフなど遊行費もあり、老後の資金もこのままでは不足するのではないかと思う。

顧客に対しては、保険や投資信託、NISAなど老後資金の確保を提案している一方で、自身が十分に準備できていないことに矛盾も感じている。

たそがれ研修への参加

「セカンドキャリア研修」通称「たそがれ研修」へ参加することとなった。以前から研修内容について先輩方から話を聞いていたが、自らいくつかのプログラムを経験して感じたことは、

・銀行から離れたあとを想像し、いまから準備をしておくこと

・給料が下がっても生活が成り立つような準備をしておくこと

の主に2点であり、銀行から離れたあとの心構えを持つことが主な内容であった。

すでに出向を経て転籍をされた先輩からは、給料は銀行のころの6割〜7割と聞くことが多い。うまく就職先を見つけて外部へ移った人で、収入の現状維持ができているという話も聞く。しかし、50代からの慣れない業務で心身ともに過酷な状況にあるとの話も珍しくはない。

小林も自身に当てはめて考えを巡らせてみたが、銀行に転職した若いころとは異なり、明らかに50代に近づき気力や体力も低下してきていることから、慣れない業務や新たに人間関係を築いていくことに対し、大きな不安を感じた。

おそらく、次の人事異動においては出向先について具体的な提示があるだろう。これから子供の大学受験にかかる費用やその後の学費など、本当に払っていけるのであろうかとさらなる不安が押し寄せてきた。

なんとか収入を支える術はないのか…

小林はその後ネットや動画などで副業について調べ始めた。怪しい内容も非常に多かったが、そのなかで「不動産投資」に興味を惹かれた。動画では、

・不動産は24時間365日稼働してくれる

・フルローンで調達できれば元手を少なく賃料と経費(ローン返済も含む)の差額でプラスの収支を得られる

・ローンに付加される団体信用生命保険により、生命保険代わりにもなる

といった内容が述べられていた。もしかしたら、転籍後の収入減少を不動産収入で補えるのではないかと考え、ネットで不動産投資セミナーを行っている会社を調べて休日に参加することにした。

友人や同僚間で不動産投資の話をすることもなかったため、参加にあたって不安はあった。一方で自分はこれまで銀行員として、ローンや不動産について支店の融資課などと話をする機会もあったため、それなりに理解している。……つもりだった。

セミナーへの参加

不安を抱えながらも当日セミナーへ参加した。参加者を見渡すと30代くらいから70代くらいまで幅広い年齢層が参加していた。同年代も参加しており、同じような悩みを抱えているのだろうなと勝手に親近感を覚えた。ひととおり不動産投資におけるメリットやデメリット(空室リスク、災害リスクなど)の説明を受けたあとは、具体的な物件の紹介が始まった。

ワンルームマンションから一棟のアパートなど幅広く提案があったが、小林は最初の投資の検討とのこともあり、まずはワンルームマンションで試してようかなと考えていた。その後、いくつかのアンケートに回答し、担当者から名刺を受領。その日は帰宅した。

担当者との面談

翌日に担当者からセミナー参加の御礼のメールと電話があった。ちょうど希望に合う物件が出てきたので面談したいとの内容であった。期末で業務も忙しいこともあり、断りを入れようとしたが、「とても人気の物件であるため、購入するにはすぐにでも書面を入れる必要がある」とのことであったため、渋々業務終了後に面談することにした。

不動産業者の担当者(北田(仮名))と喫茶店で集合し、名刺も渡して挨拶を行った。北田からは「銀行員であればローンも通りやすいし、希望どおり進められますよ」との発言があったが、嘘をつくのもよくないと思い、近いうちに出向になるかもしれない旨も伝えた。

北田からは、「いままで同様の相談を受けることがあったが、出向してから購入検討してもローンが通らないケースが多く、銀行員であるうちに急いで購入することを勧める」と告げられた。あくまでも購入の意向を示すための書類であり、白紙撤回も可能であるため、とりあえず書面だけでも出してほしいと求められ、その場でサインをして手渡した。

不動産購入

1週間後に北田から事前審査が通った旨の連絡があった。源泉徴収票などの必要資料を受領したいとの要望があり、これら資料を北田へ手交のうえ、不動産業者の提携金融機関の正式審査に進むこととなった。

その1週間後には正式審査も決裁となり、不動産売買契約締結へと進んでいた。北田から受領した物件概要書によれば、家賃からローン返済、固都税、管理費、修繕積立金を引いて月に1万円程度手残りがあるとのこと。金利については変動2.5%と少し高いように感じたが、事業性のアパートローンの金利水準としては妥当との説明もあり、応諾することにした。

ローンは、本体価格2,500万円満額35年間の融資。諸経費(仲介手数料、登録免許税、印紙、ローン手数料など)の約100万円は、手元の預金から支払いを行った。

すでに入居者がついている中古のワンルームマンションを買ったため、購入した部屋の内覧などはできず、建物の外観を見ながら引き渡しの説明を受けて一連の手続きおよび決済が完了した。

半年後に発覚した衝撃事実

購入してから半年が経った。購入した不動産は空室となり、ローン返済などの経費が月約10万円の出費となっている。当初の賃料と同額である11万円で募集を依頼しているが、引き合いがほとんどない。

休日に近隣の不動産業者へ出向き、賃料相場を確認したところ、よくて月額8万円とのことであった。また、売却についても査定を依頼したが、こちらについても2,000万円で売れれば御の字とのことで、購入当初にもかかわらず諸経費を含めて600万円のマイナスとなっている。また、内装についても手入れがまったくといっていいほどなされておらず、募集にあたり原状回復工事で100万円程要した。

小林は一連の取引を振り返るため、不動産に詳しい同僚に相談をした。同僚によれば、北田の関連する不動産会社が所有していた物件を、相場より高い価格で購入している可能性があること、入居者についても賃料の吊り上げを目的として北田の関係者が相場より高い賃料で借りていた可能性があることを指摘された。

不動産の登記簿謄本を慌てて確認したが、指摘のとおり小林の購入する直前に不動産会社の登記があった。抵当権設定額を確認したところ1,600万円であり、仮に満額調達をしていたとすれば1,000万円近く高値で購入していることに気が付いた。

また、当該不動産会社が購入した時期は、まさに北田から最初によい物件情報が入ったと連絡があったタイミングと一致しており、同僚の見立てどおりであると改めて認識した。

小林は北田へ連絡を入れるが、「購入の意思決定をしたのは小林さんであり、私は購入のための対応をしたに過ぎない。セミナーにおいても不動産投資のリスクについてあらかじめ説明していた」との一点張りであり、最近は電話に出ることもなくなった。

保険を解約、車は売却…

小林は家計における支出の見直しのため、保険の解約や自家用車の売却などを進めているが月10万円の支出を埋めるほどの効果はなく、賃料を8万円に引き下げのうえ募集を行い、不本意ながら止血することにした。

日ごろ、小林は営業成績を上げるために思考を巡らせていることから同じ営業職である北田が案件を成約させるためにとってきた行動について、不自然であると思う箇所は多々見受けられた。冷静に考えれば「収入の確保」の一点に目がくらみ、冷静さを欠いていたことに深く反省をした。

初対面の担当から「よい物件」が来るわけがない

年収減少の将来が見えている一方で、支出の増加も増えるという状況においての事例を示した。本件では不動産投資により将来下がる収入を補おうと奮闘するが、収入減少の焦りとなんとなく知っているから大丈夫であろうとの慢心が、結果として心のスキやさらなるマイナスを作ってしまう事態に陥った。

不動産投資においては、相応の知識や経験が不可欠であると考える。正しく進めるにあたっては以下の取り組みが必要であったと思う。

・自ら不動産の賃料相場や売買相場を調べること

・ローンについても自らいくつかの金融機関に打診すること

・不動産収支について自ら調査のうえ算出しておくこと

・詳しい知人や同僚などに事前に意見を求めること

・そもそも初対面の担当から「よい物件」が来るわけがないとの認識を持つこと

・自ら能動的に活動しさまざまな物件を見て不動産に対するメリット、デメリットを腹落ちさせておくこと

・購入を進めるにあたり不自然な点がいくつもあったはずであり、その場で立ち止まり焦らずに都度確認をすること

・不動産投資においては日ごろから知識と経験を積み、その先に成功があるとの認識を持つべきであること

・客観的な基準を定めて冷静に取り組みすること

小俣 年穂

ティー・コンサル株式会社

代表取締役

<保有資格>

不動産鑑定士

一級ファイナンシャル・プランニング技能士

宅地建物取引士