イノトランスの会場に展示された、三菱電機製の空調を採用するドイツ・シーメンス製新型車両のモックアップ(記者撮影)

ドイツに本社を置く総合エレクトロニクス企業シーメンスは、フランスのアルストムとともに欧州鉄道メーカーの2強と称される。ドイツの首都ベルリンで9月24〜27日に開催された国際鉄道見本市「イノトランス」では屋外にシーメンス製の車両群がずらりと展示され、巨大な屋内ブースもその規模でほかのメーカーを圧倒していた。

シーメンスのブースには、屋外の展示車両だけでは飽き足らないのか、ど真ん中に実物大車両のモックアップが展示されていた。ミュンヘンのSバーン(都市近郊鉄道)に今後導入される新型車両である。

シーメンス製新型車に1350台採用

1編成13両で、シーメンスは90編成を製造。ミュンヘンを州都に抱えるバイエルン州の公共企業体とSバーンを運行するドイツ鉄道のグループ会社に納入する。追加製造のオプション付きで契約金額は20億ユーロ(約3259億円)を超える。最初の編成は2028年末から運行開始する。

情報通信やシステムソリューションの分野でも強みを持つシーメンスだけに、この車両にも最先端のデジタル技術が導入された。たとえば、同社が開発した鉄道向けAIプラットフォームを活用して使用エネルギーの効率化、メンテナンス費用の低減、運行管理の最適化などを図っている。

車両ソフトウェアのアップデートもWi-Fiで自動的に行われ、従来のように車両基地で作業員が1両ずつソフトを入れ替えるという手間がない。「スマホのアプリを更新するようなもので、大幅な作業時間の短縮につながる」とモックアップ内に展示されたモニターを前にシーメンスの担当者が胸を張った。

客室には窓やドアの上部にさまざまな情報を表示するモニターを設置するほか、フリーWi-Fi、USB充電ポート、電源コンセントも備える。車内のLED照明は時間帯に合わせて輝度を変える。


新型車両のデジタル技術について説明するシーメンスの担当者(記者撮影)

「シーメンスさんのブースに行きましたか。中央のモックアップ車両に当社の空調装置が使われるんですよ」――。イノトランス会場内の三菱電機のブースで、担当者が教えてくれた。

三菱電機が開発した新たな空調装置がこの車両に導入される。契約金額は未公表だが1編成あたり15台の空調装置が取り付けられるので、90編成で1350台という大型ビジネスだ。イノトランス開幕の直前、9月19日に発表した。

採用の理由は「革新的技術」

なぜ、シーメンスは三菱電機の製品を採用したのだろうか。その理由の1つは新型車両のコンセプトにある。この車両にはデジタル技術の活用による消費電力や保守費用の抑制といった革新技術がふんだんに取り入れられる。そのため、空調装置にも革新的な技術の採用が求められた。

一般的な鉄道車両同様、この車両も空調装置の設置場所は屋根の上である。そのため、空調装置の形状も屋根の上に置いても空気抵抗がないように平たい形となっている。

鉄道用空調装置の課題は環境負荷が大きいことだ。かつてはクロロフルオロカーボンなどのフロンが空調装置の冷媒として広く使われていた。しかし、オゾン層を破壊する塩素分子を放出することから1996年に生産禁止となり、現在はR407C、R134aなどの代替フロンが鉄道車両用空調装置の冷媒として広く使用されている。しかし、これらはオゾン層破壊効果こそないものの、地球温暖化係数が高いため排出抑制が求められている。

そこで三菱電機が初めて採用したのがプロパンを原料としたR290という冷媒である。R290もオゾン破壊効果がゼロで、同社によれば地球温暖化係数はR407C、R134aなどの代替フロンと比べると約8万分の1という低レベルだという。

一方で、現行の代替フロンが不燃性であるのに対し、R290は可燃性であり、使用に際しては十分な安全対策が必要だ。そのため、「通常、空調装置の冷媒が漏れるのはロウ付け部分からだが、空調装置内の室内機部分にはいっさいロウ付けをしていない」(三菱電機広報)。従って「万が一、冷媒が漏れた場合も室外機部分からで、室外機部分は空調装置の外の外気に冷媒が放出される。車内に冷媒が漏洩しづらいという点で、リスクが最小化されている」(同)。また、小型冷凍サイクルを複数搭載することで1回路当たりの冷媒充填を減らすなどの仕組みも取り入れた。

R290の活用は空調装置がもたらす環境負荷を劇的に改善させるだけに、鉄道車両への活用について多くの企業が注目している。たとえば、ドイツの建設機械メーカー・リープヘルはスイスの中堅鉄道メーカー・シュタッドラーが製造するフィンランド向け車両に、また、アメリカの鉄道機器メーカー・ワブテックはアルストムが製造するノルウェー向け車両に、それぞれR290を使った空調装置を供給すると発表している。

一方で日本においては、三菱電機によれば「日本国内でR290を使用した鉄道車両用空調装置が採用された事例はない」とのことで、将来、日本でも同タイプの空調装置が登場する可能性もある。


鉄道車両用R290空調装置(画像:三菱電機)

車両用空調装置に商機

空調装置のほか、主電動機、インバーター、ブレーキ制御装置、運行管理システムなど、鉄道車両に搭載されている電気機器類を製造する国内メーカーは三菱電機、日立製作所、東芝の重電3社が大手。さらに東洋電機製造や日本信号、京三製作所などの中堅メーカーもしのぎを削る。その筆頭が三菱電機である。

鉄道車両メーカー首位の日立は、車両と電機品のいずれも自社で製造しており、日立製の車両は電機品も日立製というケースが多い。一方、川崎重工業などほかの車両メーカーは車両組み立てが主体で、電機品の大半は他社からの調達だ。そこで頼りになるのが三菱電機。つまり同社は自身が車両メーカーではないからこそ、多くの車両メーカーと幅広く付き合うことができる。

海外に目を向けると、シーメンスとアルストムの両社は電機品の多くを自前で製造している。したがって、全般的には三菱電機が食い込む余地は小さい。

しかし、ゼロではない。実は両社は空調装置を造っていないのだ。これが2つ目の理由である。欧州でも近年の気温上昇は深刻な問題となっている。欧州では空調装置未搭載の古い車両がまだ多く、新型車両への切り換え時には搭載が必至だ。そのため、空調装置に関しては三菱電機にチャンスがある。

たとえば、世界最古の地下鉄として有名なロンドン地下鉄がその代表例である。2010年から2015年にかけてアルストム製の新型車両が導入されたが、その車両は三菱電機製の空調装置を搭載した。


イノトランス会場内の三菱電機ブース(記者撮影)

空調以外にも「推し技術」

今回のイノトランスで、三菱電機が強調していた「推し技術」はほかにもあった。鉄道業界向けの次世代蓄電モジュールとバッテリーマネジメントシステムである。

列車のブレーキ時に発生する回生エネルギーの余剰電力は、付近を走る列車に供給して有効利用することで、鉄道における消費エネルギーを削減することができる。しかし、近くを走行している列車がいなかったり、近くを走行している列車だけでは消費しきれなかったりという場合、余剰回生電力を無駄に捨ててしまうことになる。

そこで、三菱電機は新たに開発したデジタル基盤を活用して余剰回生電力が発生しやすい位置を見える化することで、余剰回生電力を溜め込む次世代蓄電モジュールを適切な位置に配置し、駅の電気設備に直接供給するという仕組みを整えた。また、列車走行位置や変電所設備などのデータも収集し、省エネ運転やピーク電力抑制の実現も狙う。

レールの上を車両が走るという鉄道の技術は150年以上前に生まれたもので、基本的な原理は今も変わらないが、その運行を支える技術は日々進化している。


鉄道最前線の最新記事はX(旧ツイッター)でも配信中!フォローはこちらから

(大坂 直樹 : 東洋経済 記者)