(写真はイメージ。写真提供:Photo AC)

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内閣府が公表した「令和6年版高齢社会白書」によると、65歳以上の一人暮らし世帯数は年々増加傾向にあるようです。そのようななか、イラストレーターの本田葉子さんは、67歳から一人暮らしをスタート。「今までしたことのない生活の始まり。ワクワクの気持ちが一番勝っていた」と語っています。今回は、本田さんの著書『ワクワクする!67歳からのはじめての一人暮らし』から一部引用、再編集してお届けします。

【書影】一人になった。さみしい。心細い。でもいちばんは、楽しみだ!本田葉子『ワクワクする!67歳からのはじめての一人暮らし』

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67歳、とうとう一人暮らしになる

夫が亡くなって3ヶ月後、東京から小田原に引っ越してきた。

高齢の義母と老犬、そして息子と一緒に2017年の秋に初めての街に移り住んだ。

生活の縮小が主な目的だったけれど、何より義母と愛犬スーが安らかに最期を迎えられる場所、そして私が楽しめる場所を! と選んだのが小田原の海辺の街だった。

義母の母親の故郷だったことは偶然だったけれど、やはりどこかで繋がっていたんだなあと思う。

義母は1年目からデイサービスに通い、楽しみをいくつか見つけていたけれど、小田原での4回目の春に97歳で元気に逝った。

翌年の春、同じくスーもホッとした顔をして旅立っていった。同年の夏、息子は独り立ち、家を出た。

そう! 小田原に移り住んで6年目、とうとう私は一人暮らしとなったのだ!

67歳からのはじめての一人暮らしってどんなものなのでしょう? 寂しいのか? お気楽なのかな? 心細いものなのか?

全部含めて一言で言うと、私はワクワクの気持ちが一番勝っていた。

今までしたことのない生活の始まり。なんでも初の体験や新しい生活のスタートの時に感じる高揚感に胸が躍った。

新しい住処探し

前しか見るところはない! と思うと振り返ったり懐かしんだりする時が惜しいような気がして、新しい住処探しを始めたのだった。

「もう一回りの生活の縮小」は一人暮らしには必須! とまずはお引っ越しの鉄則である持って行けない物の処分を手始めに心の整理もついでにしていった。

思い出の家具だって今度の家には入らないから手放し、大きいテレビもいらないと判断。今度の住処はコンパクトにできている公営の集合住宅だ。昭和レトロ感漂うアパート。

引っ越しを終えて、今やっと本当の一人暮らしが始まったのだと強く実感している。カーテンを開け、窓から眺める新しい風景に、お楽しみはこれからだ! と声に出して言ってみる。

ますますこれから先が楽しみになってきた。

一人で迎えたはじめのお正月

初めて一人の年末と年始を迎えたのは2022年の年越しだった。

いつもは家族全員揃って過ごした日々だったけれど、ワンコもなしのとうとうおひとり様に。


(写真はイメージ。写真提供:Photo AC)

娘一家4人で来る……という案もあったけれど辞退した。それぞれにやりたいことも出てくる歳の孫ら(9歳と2歳)。それに年末年始の「食事のご用」から私自身が解放されたいという気持ちが強かった。

もともときちんとお節料理を用意していた訳じゃなかったけれど、それでも三度三度用意する数日はなかなかなもの。

孫らと楽しもうとゲームなどするも時間を持て余すのが本音です。お互いのために別々にと提案しはじめての一人年越しとなったのだ。

年末は普通よりちょっと気を入れた掃除をし、自分が好きなお節だけ用意した。伊達巻、かまぼこ、煮しめ程度で充分。

もちろんお雑煮の用意は抜かりなく。ワインやビールもちゃんと買い置きね。除夜の鐘を聴きながら一人うとうとするソファーの上。

「赤いノート」に書き込む大事なこと

元旦は赤いノートへの書き込みから。

一年の計は赤いノートにあり。私の死後のために書いているノートだ。

例えばSNSのパスワードとか、銀行の諸々の番号ね。夫が亡くなった時に「聞いときゃよかった!」と思うことがいろいろ多くて困ったので、ノートに記すことにしたのだ。

親しい友人のアドレスも書いてあるけれど、亡くなったりすると書き換えが必要。

「書いておいてよ」と言われたので、お頼みしたい埋葬方法も記してある。

お正月にするのは上書きするのを忘れないためと、今年も変更なしと書き込めて良かった、これからもまた一年元気でいこうと思えるから。

死後のための赤いノートは、めでたいノートでもあるのだ。

※本稿は、『ワクワクする!67歳からのはじめての一人暮らし』(幻冬舎)の一部を再編集したものです。