スマートバンドで感情を分析し、新しいゲーム体験を提供するOVOMIND(写真:OVOMIND)

ゲームとAIは親和性が高く、その付き合いの歴史は長い。1990年発売の古典的RPG『ドラゴンクエストIV』のオートバトルは、仲間キャラクターをAIが自動制御し、戦闘経験を積むことでモンスターの特性を学習する機能だった。一方、1986年のシューティングゲーム『ザナック』の「ALC(AUTO LEVEL CONTROL)」は、プレイヤーの行動に応じてゲームの難易度をリアルタイムで調整する。幅広い層のプレイヤーが楽しめて、パターン暗記よりもアドリブでの対応力が試されるユニークなゲーム体験となっていた。

現代の機械学習ベースのAIは、ゲームプレイをより洗練した体験にしている。『ラスト・オブ・アス パートII』では、高度なAIシステムにより、ゲームプレイがより没入感の高いものになっている。

例えば、敵AIに「曖昧な認識」状態が導入され、仲間が殺されるのを目撃した敵は、プレイヤーの正確な位置はわからなくても、おおよその場所を把握して警戒する。プレイヤーは常に緊張感を持ちながら、刻々と変化する状況に応じて戦略を立て直す必要があり、これがゲームの大きな魅力となっている。

AIが感情を分析するゲーム

このようなゲーム業界におけるAI技術の進化の中で、新たな可能性を提示しているのが、OVOMIND社の感情認識技術だ。東京ゲームショウ2024の会場では共同創業者兼CTOのJulien Masse氏がデモを行っていた。

OVOMINDは、プレイヤーの感情をリアルタイムで検出し、それをゲームプレイに直接かつ動的に反映させるクラウドベースAI技術だ。特徴は、プレイヤーの感情状態に応じてゲーム内の要素をリアルタイムで調整することにある。OVOMINDが活用例として制作したホラーゲーム「Dead Shadows」では、プレイヤーの恐怖度合いに応じて視界を狭めるなどの演出を行い、より没入感のある体験を実現している。

技術的な観点では、特殊なスマートバンドを用いてプレイヤーの生体信号を検出している。このバンドは、従来のスマートウォッチには搭載されていない皮膚電気反応(GSR)センサーを含む複数のセンサーを備えており、プレイヤーの感情状態を高精度で分析できる。


開発者向けキットに含まれる専用のバンド。特殊なセンサーを備えている(筆者撮影)

検出されたデータはクラウドサーバーに送信され、OVOMINDの独自AIによって処理・分析され、結果がリアルタイムでゲームに反映される。

実際に体験してみた

筆者も「Dead Shadows Beta」を体験した。ゲームを起動すると、廃墟のような薄暗い室内が画面に広がる。ノートPCの隣にはスマートフォンが置かれ、プレイヤーの感情状態をリアルタイムで表示していた。


感情に応じて変化するデモゲーム「Dead Shadows」のプレイ画面(筆者撮影)

ゲームが始まると、スマートフォンの画面上では「NEUTRAL」(中立)の状態が表示され、心拍数は74 BPMを示している。この数値は、ゲームの展開に応じて刻々と変化していく。

突如、不気味な音が鳴り、画面が揺れる。この瞬間、タブレットの表示が「ALARMED」(警戒)に変わり、心拍数が上昇する。ゲームの進行に合わせ、プレイヤーの感情状態が「EXCITED」(興奮)や「JOY」(喜び)、時には「ANNOYED」(イライラ)と変化していくのがわかる。


感情の変化をリアルタイムで表示(筆者撮影)

プレイ後、開発者用の画面を見せてもらった。そこには、プレイ中の感情変化を示す詳細なヒートマップが表示されていた。青や緑、黄色、赤といった色彩で、ゲームの各シーンでどのような感情を抱いていたかが視覚的に表現されている。


感情の変化を記録したヒートマップ(筆者撮影)

大手ゲーム会社と協議中、介護など他分野の応用も

OVOMINDは10月下旬以降に、ゲーム開発者向けに専用バンドがセットになったSDK(ソフトウェア開発キット)の提供を開始する。実用化に向けて大手ゲーム会社との協議も進行中だという。この技術のゲーム分野での活用は、主に2つの側面で進められている。

1つは、ゲーム開発時のテストプレイにおける感情分析だ。開発者はプレイヤーの感情反応を詳細に分析することで、ゲームの各シーンや要素がどのような感情を引き起こしているかを把握できる。例えば、あるボス戦でプレイヤーが過度のストレスを感じていることがわかれば、難易度を調整したり、事前にヒントを追加したりすることができる。また、複数のストーリー展開やレベルデザインを用意し、どちらがより好ましい感情反応を引き出すかを比較することで、より魅力的なゲーム作りが可能になる。

もう1つは、リアルタイムでの感情分析に基づくゲーム展開の変化だ。プレイヤーの感情状態をリアルタイムで検知し、それに応じてゲームの展開や難易度を動的に調整する。具体的には、プレイヤーが退屈していると感じた場合に予想外のイベントを発生させたり、逆に過度の緊張状態が続いている場合にはゲームの難易度を一時的に下げたりすることができる。これにより、プレイヤーの感情状態に合わせて常に最適な挑戦レベルを提供し、より没入感のある、飽きのこないゲーム体験を実現することができる。


OVOMIND 共同創業者兼CTOのJulien Masse氏(筆者撮影)

将来的には、この技術をApple Watchなどの既存のウェアラブルデバイスに統合することも視野に入れているという。より多くのユーザーが手軽に利用できるようになり、技術の普及が進めば、サブスクリプション形式でサービスを提供する道が開けるという。

また、ゲーム以外の分野への応用可能性も模索している。介護分野では、言葉を話せない高齢者の感情状態を理解するのに役立つ可能性がある。さらに、マーケティング分野でも活用が考えられており、複数の製品に対する消費者の感情反応を測定し、最も好ましい反応を引き出す製品を特定するなどの用途が挙げられている。

ゲームとAIの関係は、プレイヤーの体験を豊かにする方向で着実に進化している。OVOMIND社の感情認識技術は、その最新の一例だ。次世代のゲームでは、画面を超えてゲーム内に没頭するような体験が待っているかもしれない。

(石井 徹 : モバイル・ITライター)