米大統領選や『SHOGUN』エミー賞受賞まで賭けの対象に…拡大する「オンラインギャンブル」の危険な落とし穴

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スポーツの勝敗、大統領選の行方、はたまたセレブの恋人予想など、海外ではありとあらゆるものが賭けの対象になりつつある。その背景には、「予測市場」や「オンラインベッティング」という場、そして胴元にとっては命綱の「確率アルゴリズム」が存在する。進化するギャンブル市場に対し、日本はどう向き合うべきか?『マネーの代理人たち』の著者で、経済ジャーナリストの小出・フィッシャー・美奈氏が解説する。

米大統領選挙の予測サイトに13億ドル(約2000億円)以上の賭け金

米大統領・副大統領候補についての前回記事(【米大統領選】トランプ以外の候補者もクセが強い…「田舎出身エリート」「生意気なガキ」「庶民派のおっちゃん」が集結!

)の中で、トランプ、ハリスのどちらが勝つか、大統領選挙を巡るオンラインギャンブルが世界的に盛り上がっていることに触れたばかりだ。選挙への賭けは米国でも禁じられている。ところがなんと先月、米国で選挙への賭けを合法化する動きが起きたのだ。

発端は昨年、Kalshi (カルシ)という米スタートアップが、大統領選挙に関連して共和党と民主党、どちらが議会で多数を握るかについての「予測市場 (Prediction Market)」を立ち上げようとしたこと。Kalshiは、シカゴの今日の最高気温からビットコインの午後5時時点での価格、テスラの決算が市場期待に届くかどうかに至るまで、あらゆるデータ予測(先物契約)を取引する「予測市場」プラットフォーマーだ。

予測契約は、金融先物のように「あらかじめ決められた期日に取引時点で決めた価格で」決済される。

Kalshiに対して米先物取引委員会(CFTC)が、選挙への賭けは違法で公共の利益に反すると差し止めた為に訴訟になったのだが、先月6日、米連邦地裁がCFTCによる禁止が越権行為だとする判決を下し、選挙にお金を賭ける予測市場を合法化したのだ。

この流れのままだったら、大統領選ギャンブルが爆増していたことだろう。だが、米連邦高裁が即座に乗り出して地裁の判断を保留としたので、今のところ「解禁」には至っていない。一方で規制の届かない米国外(オフショア)を拠点とする同業プラットフォーム Polymarket (ポリマーケット)には、10月6日現在、大統領選挙に13億ドル(約2000億円)以上のお金が賭けられている。

Polymarketのデータを見ると、足元ではトランプ氏が50.8%、ハリス氏が48.4%と、トランプ氏がややリードしているが、大接戦だ。例えば、トランプ氏に “Yes” と押して50ドル80 セントを賭けて、読みが当たれば100ドルが手に入る仕組みだ。

市場の期待値によって確率も潜在リターンも常に変動する。「予測市場」は後述するベッティングとは違い、「胴元(ブックメーカー)」はいない。「取引所(マーケット)」なので、買ったポジションを別の参加者に売ることもできる。

あらゆる「不確実性」が賭けになるギャンブル狂時代

今や一定量の「データ」と「不確実性」があれば、ありとあらゆる事象が賭けの対象になる。

例えば、先月発表された第76回米エミー賞で、真田広之氏が主演を務めたドラマシリーズ「SHOGUN 将軍」が作品賞、主演男優賞、主演女優賞など史上最多の18部門を総なめして話題になったが、オンラインベッティングでは「想定内」だった。

「ベガスインサイダー」のオッズは、「SHOGUN将軍」の−1000 (100ドルの報酬を得るために必要な賭け金が1000ドル)に対して、2番手の「ザ・クラウン(イギリス王室を舞台にした現代ドラマ)」が+900(100ドル賭けて、当たれば報酬が900ドル)、3番手のSlow Horsesが+1600などとなっていた。

「オッズ」とは何かというと、統計用語で、ある出来事が起こる確率(P)を、それが起こらない確率(1-P)で割ったもの。起こる確率と起こらない確率が同じだと1(100ドルをベースにすると、100)となる。

オッズから市場が織り込んでいる確率(P)を逆算することもできる。上記オッズの−1000 (マイナスは「アメリカンオッズ」の表記)は、確率 (P) = -Odds /(Odds -100) = 1000/1100 = 0.9091、 90.91%を示す。 つまり、ベッティングは、「SHOGUN 将軍」が9割以上の確率で作品賞を受賞すると先読みしていたのだ。

主演男優賞も、真田広之−800に対して、Slow Horsesのゲリー・オールドマン+600と、確率に言い換えれば89%と14%の差を見込んでいた。主演女優賞もアンナ・サワイが−900で、当確率9割の予想。助演男優賞は混戦状態だったが、オッズの予測は的確で、浅野忠信(+450、確率18%)、平岳大(+1000, 9%)より「ザ・モーニング・ショー」のビリー・クラダップ(+200、33%)の下馬評の方が上だった。

セレブカップルの結婚や離婚、新しい恋愛のゴシップに話がはずんで「じゃあ、どっちに賭ける?」などというのも、今や友人との会話にとどまらない。ジェニファー・ロペスがベン・アフレックとの2回目の離婚を発表した8月、「ジェイロー」の次の恋人が誰か、というオンラインベッティングが早速立ち上がった。BetOnlineでは下馬評一位はラッパーのエミネムでオッズは+800、「元カレ」のアレックス・ロドリゲス+1000などとなっている。

「ハウス」が負けない仕組みと「確率論」

人生には不確実性(リスク)がつきものだ。人間が不確実な未来をなんとか予見して制御しようと努めた行為が占いやおまじないだとしたら、不確実性を娯楽にして楽しんじゃおう、と開き直ったのがギャンブルだと言えるだろうか。賭けは古代から行われていた。「サイコロ」は、紀元前3000年の古代メソポタミア文明の遺跡などから見つかっており、紀元前2000年の古代エジプトの6面体サイコロは、現代のそれと基本的に変わらない。

そして、ギャンブルと密接な関係の中から生まれたのが、「確率」の考え方だ。

「人間は考える葦である」という言葉や「パスカルの三角形」で有名な17世紀のフランスの哲学・数学者パスカルは、フェルマーにあてた書簡のなかで、賭けの話をする。内容を簡単にすると、例えばAとBがコイン投げで裏か表かを当てるゲームをやって、3回先に勝った方が賭け金すべてを獲得することになっている。ところが、Aが2回、Bが1回勝ったところで勝負が中止になってしまった。では、ここで賭け金をどう分配するのが妥当かという問いだ。

掛け金のプールが100だとすると、勝負中止なのだから50−50で均等にお金を戻すべきだろうか。

パスカルは、そうではないと考えた。4回目、5回目と、ゲームが中断されていなかった場合の未来の予想勝率を想定して、掛け金を分配すべきだと考えたのだ。

具体的には、Aはすでに二回勝っているから、あと一回勝てばいい。4回目で勝つか、4回で負けても5回目に勝てば優勝だから、勝つシナリオが二通りある。ところが、まだ一回しか勝っていないBはあと2回勝たなければならない。賞金を得るには、4回と5回目で立て続けに勝つシナリオの一つしかない。

そこでパスカルは、シナリオ(4回目にAが勝つシナリオ、4回目にBが勝ってAが負け、5回目にAが勝つシナリオ、4回、5回目ともBが勝つシナリオ)ごとにそれが起きる確率を想定して、それに応じて掛け金を分けるべきだと考えたのだ。

このように、ある事象についての可能なシナリオをいくつも想定し、シナリオごとの報酬や損失、そしてそれが起きる確率を積み重ねて意思決定につなげる手法は、今日の統計学的な確率論の基本的な考え方だ。

統計学的確率論は、今や我々の身の回りの至るところ、天気予報からチャットGPTのアルゴリズム、金融から保険、製造業の品質管理やサプライチェーン、薬品の臨床試験に至るまで、不確実性に直面するあらゆる場面でリスク管理に使われている。ちなみに、パスカルはこの方法で、神の存在も証明しようとした。

もちろん、ベッティングの「胴元」であるブックメーカーにとって、確率は命綱だ。ブックメーカーは自らが勝ち、参加者が負けることで利益を上げる。そのためには自らが損をしないように確率を計算し、そこにマージン(手数料)も上乗せしてオッズ調整をする。利益を上げるためには、予想が的確であることが大前提だ。

ハウスが確率を読み間違えて、大損を出すこともある。英国がEUから撤退した2020年の「ブレグジット」では、老舗ブックメーカーが、英国がEUに留まる方に4、撤退が1、(EUに残留する確率が8割)と予測して、大失敗した。

金融業界の確率アルゴリズムが賭けの世界に

ところで、米国では複数の州裁判所が、射幸性の高い「日替わり」ディりー・ファンタジースポーツさえも「ギャンブル」ではないという判断を出している。そのこころは、ベッティングはルーレットのような「運任せ」ではなく、株投資のようにデータを分析する「スキル」が必要だからというものだ。

予想を当てるための「運」と「スキル」の境界は曖昧だが、膨大なシナリオデータを集めることで予測の精度を可能な限り高めようとするのが、統計学的確率論に基づくアルゴリズムを駆使する「クオンツ(計量的)モデル」だ。投資の世界では、AIのアルゴリズムがビッグデータを超高速で分析して意思決定を行うコンピュータ取引(参考記事:世界の株式市場はなぜ総崩れに?露呈した「モメンタム投資」の弱点)が、すでに市場を席巻している。

そして、金融業界で使われる高度な確率アルゴリズムが、オンラインの賭けの世界にも導入された。

例えば英国「スマートオッズ」の創設者、マシュー・ベンハム氏はオックスフォード大学で物理学を学んだ後、証券会社でデリバティブトレーダーとして働いた。山一證券の現地法人にも勤めていたらしい。その後スポーツベッティングの世界に転じ、確率アルゴリズムやデータ分析をサッカーの勝敗予測に応用するシステムを構築して、巨富を得たのだ。

スポーツベッティングで成功を収めたベンハム氏は、今度は英国サッカーチームのオーナーとなり、データを駆使して隠れた優良選手を発掘しては、スカウトしている。いわば、サッカー版「マネーボール」だ。(参考記事:大谷翔平選手も無視できない?米スポーツ界を席巻する「金融系オーナー」と「超データ思考」)

どうする日本?

日本ではベッティングは刑法が禁じる「賭博」として違法だが、今や甲子園野球や相撲まで海外のオンラインベッティングの対象になっているので、決して蚊帳の外ではない。G7諸国の中で日本だけが違法となっていることもあって、国内のIT企業などから解禁を求める声が上がり、政府も経済産業省を中心に、少なくとも検討はしておこうという動きを見せている。

お金を賭ければ、スポーツ観戦にもエンターテイメント鑑賞にもがぜん熱が入るので、産業振興につながるという見方は一理あるだろう。また、どうせ賭けは無くならないのだから、反社会勢力の代わりに民間企業がオープンに「胴元」となる方が、監視の目が行き届いて健全だという意見もある。

でも、例えば自分の子供が参加するサッカーの試合に、近所の住人らがお金を賭けて熱狂していると知ったら、どうだろう。海外では多発する八百長スキャンダルを含めて、アマチュアスポーツを巡るベッティングが、大きな議論となっている。

大谷翔平選手の通訳だった水原一平被告がスポーツベッティングにハマって事件につながったことも既報の通り(参考記事:“大谷翔平の相棒”水原一平氏がハマったスポーツベッティングの実態と「日本で解禁」の可能性)。ギャンブル依存症の問題も無視できない。全米問題ギャンブル協議会(NCPG)は、依存症による犯罪、健康被害、失業、経済破綻などの社会・経済的コストが年間に140億ドル(約2兆円)に上ると推計している。

オンラインベッティングの導入は、プラスの経済効果ばかりでなく、社会・経済的な負のリスクについても、それこそ多くのシナリオを予測して、慎重に考慮すべきだろう。

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