須藤早貴被告(C)日刊ゲンダイ

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「これは完全犯罪だ」

 紀州ドン・ファン殺人事件の初公判の冒頭陳述で、検察側はそう主張した。

 つまり、自白も物的証拠もないが、状況証拠から鑑みて、須藤早貴被告(28)が犯人に違いないと考えられるから、裁判員の皆さんは我々の苦しい胸中を察して、何とか被告を有罪にしてくださいと“懇願”したように、私には思える。

 事件は2018年5月24日に起きた。

「紀州のドン・ファン」と呼ばれていた資産家で好色だった77歳の野崎幸助が、和歌山県田辺市の自宅で急性覚醒剤中毒のために亡くなった。

 家にいたのは、資産目当てに野崎と結婚した須藤(当時22)だけだった。

 警察は事件当初から、須藤を“本ボシ”と見て、野崎が飲んだビールグラスやビール瓶、覚醒剤の入手先などを徹底的に調べ、事件当日、外出していたお手伝い、野崎の会社の従業員全員、取引先などを聴取した。

 また、須藤が結婚後に和歌山に住むことを拒み、野崎は周囲に「離婚したい」と漏らしていた“事実”。その後、離婚届を須藤に送っていたこともつかんだ。

 須藤は、結婚直後の2月に、ネットで「完全犯罪」という言葉を検索。

 離婚届が送られてきてからは、「薬物」「老人 死亡」などのキーワードで検索していたことも判明している。

 覚醒剤についても、須藤は、「覚醒剤 過剰摂取」などの言葉を検索し、4月7日には密売サイトを通じて致死量の3倍もの3グラム以上を注文していたこともつかんだ。

 2人だけの密室。動機は数十億ともいわれる資産欲しさ。すべての「状況証拠」は、犯人が須藤早貴だということを指し示しているようだが、覚醒剤は発見されていない。

 事件から3年が経った21年4月、殺人罪などの容疑で須藤は逮捕、その後起訴された。だが、黙秘しているため、悪名高い「人質司法」によって3年以上保釈は認められていない。

 12月12日に和歌山地裁で判決が出るそうだが、状況証拠だけで有罪にできるものなのだろうか? それで思い出すのは週刊文春が連続追及して話題になった三浦和義の「ロス疑惑事件」である。

 妻に多額の保険金をかけて殺したのではないか。1985年、メディアが大騒ぎしたためもあって、警視庁は三浦を逮捕・起訴した。状況証拠だけで有力な物証も自白もなかったのに1審は有罪。私は週刊現代の編集長だったが、2審判決の前に、「状況証拠だけでは無罪」と誌面で主張し、その通りに逆転無罪判決。最高裁まで持ち込まれたが、2003年に無罪が確定した。

 須藤は、札幌市の男性(当時61)から約2980万円を詐取した件でも訴えられているが、「私の体を弄ぶために払ったと思う」と、カネを受け取ったことは認めている。

 須藤が体を武器に、男たちからカネを巻き上げてきた“性悪”であることは間違いない。数十億といわれた資産目当てに野崎と結婚したが、離婚するといわれて殺しを計画したという“推理”も成り立たないわけではない。

 しかし、須藤の弁護士が冒頭陳述でこう述べている。

「あやしいから、やっているに違いない。もしそう思ってしまうなら結論が決まり、この裁判をやる意味はありません」

「疑わしきは罰せず」は刑事訴訟の基本原則である。検察は裁判員たちの情に訴えるのではなく、確たる証拠を示して有罪判決を勝ち取るべきであることは言うまでもない。 (文中敬称略)

(元木昌彦/「週刊現代」「フライデー」元編集長)