Netflixでドラマ化された女子プロレスラー“ダンプ松本”の物語。ゆりやんレトリィバァを主演に「極悪女王」がNetflix公式の日本国内ランキングで1位を独走する(写真:Netflix)

Netflix、Amazon プライム・ビデオ、Huluなど、気づけば世の中にあふれているネット動画配信サービス。時流に乗って利用してみたいけれど、「何を見たらいいかわからない」「配信のオリジナル番組は本当に面白いの?」という読者も多いのではないでしょうか。本記事ではそんな迷える読者のために、テレビ業界に詳しい長谷川朋子氏が「今見るべきネット動画」とその魅力を解説します。

全5話の“朝ドラ”的なドラマ

かつて日本中を敵に回した女子プロレスラー“ダンプ松本”の物語がNetflixでドラマ化されました。タイトルは「極悪女王」。9月19日から世界独占配信開始されると早くも話題作になり、Netflix公式の日本国内ランキングで1位を独走しています。80年代の女子プロレス界を盛り上げた実名そのままの登場人物たちが勢ぞろいし、演じるゆりやんレトリィバァと唐田えりかによる流血交じりの試合シーンは迫力満点です。単なる再現ドラマに終わらない作品であることが人気の理由にありそうです。

そもそも女子プロレスに興味があってもなくても、満足度を得やすい作品です。例えるなら、コンパクトに全5話にまとめられた“朝ドラ”的なドラマ。「優しすぎて悪役には向かない」と言われた少女が“ダンプ松本” として生きる道を選んだストーリーを実直に描いています。少女時代から物語は始まり、プロ入りからデビュー戦、「極悪同盟」の結成、そして引退試合までの節目を追い、毎話見せ場ありです。わかりやすさも満点です。

【写真】10キロ増量してライオネス飛鳥を演じた剛力彩芽、長与千種役の唐田えりか、ゆりやんレトリィバァ演じるダンプ松本が率いる「極悪同盟」

加えて、ラストでがっかりもさせません。続きがありそうな思わせぶりはなし。好みによりますが、わざとらしいほどうまくまとまって完結します。


衣装や髪型に至るまで再現性へのこだわりは十分。千種と飛鳥による「クラッシュ・ギャルズ」の記憶が蘇る(写真:Netflix)

あくまでも実話に基づいたフィクションですが、実名だらけ、語り継がれるエピソードだらけという点も面白さのポイントにあります。ダンプ松本の憧れの存在だったジャッキー佐藤に、宿敵だったクラッシュ・ギャルズこと、長与千種とライオネス飛鳥だけでなく、ジャガー横田にデビル雅美、そして極悪同盟のブル中野まで続々と登場します。敗者が丸坊主になる「髪切りデスマッチ」まで再現されています。

当時は女子プロレスが地上波でテレビ中継されるのは割と当たり前でしたから、40代後半以上であれば馴染みのあるものです。あの時の興奮が蘇り、エモさを感じる人はきっと多いはず。本人とどことなく似た役者を配役していることが余計にそう思わせます。

レスラー役はすべてオーディションで決めたそうです。主演のゆりやんレトリィバァも長与千種役の唐田えりかとライオネス飛鳥役の剛力彩芽も例外なく、増量やトレーニングを前提とした役作りに自ら志願して挑んでいます。ゆりやんレトリィバァはこの役のために体重を40キロ増やし、剛力は10キロ増量したとか。ハリウッド映画のような話です。


長与千種役の唐田えりか(右)も、ライオネス飛鳥役の剛力彩芽もオーディションでこの役を射止めた(写真:Netflix)

長与千種もダンプ松本も本人が指導

現在女子プロレス団体Marvelous(マーベラス)を率いる長与千種本人が役者陣にプロレスを指導し、撮影時も深く関わって作られてもいます。役者たちは長与から直接「あのときはこういう思いだった」「みんなもこう思っていたと思う」という話を聞き、理解を深めていったのです。Netflix公式インタビューではダンプ松本本人も撮影現場に足を運んでいたことも明かされています。ゆりやんレトリィバァに「怖くやるんだよー、遠慮しちゃダメだよー」などと声をかけながら、ダンプ松本を象徴するアイテムのひとつにある竹刀の振り方を事細かく伝授する徹底ぶりです。


当時、本当に怖い存在だった「極悪同盟」。竹刀の振り方はダンプ松本本人から伝授されたという(写真:Netflix)

過去最大級という延べ2万4145人のエキストラが試合会場などの熱狂を作り出し、衣装や髪型に至るまで再現性へのこだわりは十分。ですが、それだけではありません。今なぜ女子プロレスのヒール役を主役にした作品を届けるべきなのかということまで掘り下げられています。これこそこの作品の価値を高めていると思います。

通称「全女」、全日本女子プロレスを創業した松永兄弟を男社会の象徴として描き、プライドやロマンに固執する男たちの姿を村上淳、黒田大輔、斎藤工らがわかりやすく演じています。そんな彼らに対して、レスラーの彼女たちは「男どもの言いなりになってたまるもんか」と言わんばかり。この反骨精神が自分たちのスタイルを導き、ダンプ松本が生まれたのです。


全女を創業した実在する松永兄弟役も登場する。右から斎藤工、村上淳、黒田大輔(写真:Netflix)

「極悪同盟は世の中の罵詈雑言を食って生きていくんだよ!」というゆりやんレトリィバァのせりふからは覚悟すら感じます。現実世界でも誹謗中傷の声を受けてきた役者が揃っているのも絶妙です。

鈴木おさむが企画からプロデュース、脚本まで手掛けた作品であることを知ると、世間の興味の引き出し方がうまいことに納得します。また狂気さのリアルが半端ない映画『凶悪』を代表作に持つ白石和彌が総監督を務めていますから、ガチ度の高い試合シーンが作られたことにも納得できます。


画面から伝わってくる熱量はピカイチ。満足度の高い作品だ(写真:Netflix)

海外でランクイン、まだ1カ国

9月19日から世界独占配信開始されて以降、「極悪女王」はNetflix公式ランキングの国内1位を独占しています。ドラマ「地面師たち」の話題のピークを越えたあたりに投入されたタイミングも味方につけています。「極悪女王」も「地面師たち」も実は同じプロデューサーが担当しています。しかも世界的にも好成績を残した映画「シティーハンター」まで。立て続けにヒット作を生み出しているNetflix高橋信一エグゼクティブプロデューサーの手腕が発揮された作品でもあります。

世界で一斉に配信されるNetflixオリジナル作品ですから、「極悪女王」も日本だけでなく、海外でも公式ランキングに食い込んでほしいところですが、出だしでランクインした国は日本だけ。順位が反映される5日目にして初めて香港でランクインした状況です。9月25日現在、海外ではこの香港のみです。

今のところ日本と海外で反響にギャップがある要因は、登場するレスラーたちの頭数においても忠実であることが大きそうです。ダンプ松本と長与千種と同じ55年組の本庄ゆかりに大森ゆかり、2年先輩のジャンボ堀あたりなども登場し、全5話のドラマとしては登場人物が少々多すぎ問題があります。一ミリも前情報を持っていないと把握する難しさがあるように思います。当時のことを知らなくてもネット検索してわかりみを深める楽しさはあるものの、大概は日本語でしかたどり着かない情報が多いです。

世界配信を前提としながら、どの国でもローカルウケを大事にするのがNetflixオリジナルの製作方針です。「極悪女王」の方向性は決して間違っていませんが、日本作品特有のジレンマが表れているのだと思います。

それでも、自分たちの意思を尊重し、行動した少女たちの物語としても十分に表現され、画面から伝わってくる熱量はピカイチ。きっと国境を超えていくんじゃないか。そんな期待を持ち続けたくなる作品です。


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(長谷川 朋子 : コラムニスト)