神社に参拝する時、お賽銭をいくら出すのがいいのだろうか。社会心理学者で神社案内人を自称する八木龍平さんは「5円(ご縁)、15円(十分なご縁)などが縁起のいい金額とされるが、特に根拠はない。硬貨の入金に手数料がかかる現代では、1円や5円を使うのはむしろ迷惑になりかねない」という――。

※本稿は、八木龍平『成功するビジネスパーソンは、なぜ忙しくても神社に行くのか?』(PHP研究所)の一部を再編集したものです。

写真=iStock.com/junxxx
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/junxxx

■おさいせんの金額の「語呂合わせ」に根拠はない

おさいせんの金額はいくらがいいと、語呂合わせが色々考えられています。5円は「ご縁」だと、語呂合わせ好きな方に人気です。一方10円は「遠縁」だと敬遠される傾向があります。

語呂合わせに特に根拠はなく、語呂合わせ通りの結果が出ているのかも不明ですが、ひとつの基準として採用される参拝者も多いようですね。

神様を敬う精神を説いた「御成敗式目」の観点で見ると、おさいせんの目的は社寺が存続するためです。

御成敗式目は武士たちにこう説いています。

・神社を修理してお祭りを盛んにすること
・僧侶は寺や塔の管理を正しくおこない、建物の修理と日々のおつとめをおろそかにしないこと

ここまでお読みになった方ならば、神社とお寺の存在意義や存在価値をよくご理解いただいたと思います。「こんな場所が日本にあるなんて素晴らしい」とご先祖さまに感謝された方もいるでしょう。神社もお寺も日本の中でコンビニよりもたくさん存在し、地域コミュニティのつながりを支えています。この神仏に恵まれた状況は「当たり前じゃない」と御成敗式目を読むと思います。

■「5円」を出すのは迷惑になりかねない

建物を修理し管理し、お祭りを盛んにし、おつとめをおろそかにしない。そうやって多くの人の「敬」の精神で神仏の「威」は保たれています。

おさいせんを出すのは、この素晴らしき神社・お寺の存続や神仏の「威」を支えるためです。出す金額や語呂合わせでご利益が変わるとか、そういうことではありません。社寺の存続を支える「敬神・敬仏」の意思があるかないか? これだけです。

要するに「敬う気持ち」が根本です。多額な寄進や語呂合わせも、そこに「敬神・敬仏の気持ち」があるなら、神威を受け取り、神徳(神様の使命)を果たす助けになるでしょう。

そう考えると、語呂合わせの金額は、そこに敬いや社寺存続の気持ちが入るのでしょうか? 正直、敬う気持ちが伴いにくいように思います。

特におさいせんでよくある「5円」など小銭を出すのは、現代の経済事情において、社寺の存続に役立たないどころか、迷惑になりかねません。

■「硬貨の入金」に手数料がかかるようになった

ゆうちょ銀行では、2022年1月17日以降、硬貨の預入に、枚数に応じた手数料がかかるようになりました。もちろん他の銀行や信金も同様です。そのため硬貨の取り扱いが多い社寺や駄菓子屋では、経営に影響を大きく及ぼすと課題になっています。場合によっては入金額より手数料の方が多くなるほどです。

ゆうちょ銀行の基準(2024年4月1日以降)だと101〜500枚で手数料550円です。仮に101枚入金すると、次の手数料がかかります。

硬貨の入金と手数料】
1円101枚=入金101円:手数料550円 ※手数料の方が多い!
5円101枚=入金505円:手数料550円 ※手数料の方が多い!
10円101枚=入金1010円:手数料550円

硬貨の入金に手数料がかかる現代において、1円や5円のおさいせん使用は控えるのが配慮。ケチり過ぎてはダメです。5円(ご縁)、15円(十分なご縁)、45円(始終ご縁)、115円(いいご縁)などが縁起のいい金額とされますが、硬貨の入金手数料がかかる現代では、もう忘れた方がいい情報だと思います。

■筆者のおさいせん額は「最低50円から」

私は最低50円から。主祭神が祭られる拝殿は500円以上、他の小さなお社では50円か100円が多いです。手持ちがない場合は10円を入れる時もありますが、なるべく避けるようにしています。お札は封筒に入れて出すことが多いです。

筆者のお賽銭額は、主祭神が祭られる拝殿は500円以上、他の小さなお社では50円か100円が多い(写真=Astelus/CC-BY-SA-4.0/Wikimedia Commons)

第2次世界大戦敗戦後の日本では、有名な社寺でも国家や自治体から寄進(寄付)はありません。税金が投入されないのですから、存続を支えるのは私財しかないのです。

この本のタイトルにもある「成功」を「じょうごう」と読むと、社寺などで臨時の出費がある時に私財を寄付すること。「成功者三人」は、神社の修理に私財を寄付して官位を得た人が3名いた、のような意味で古代は使われました。

人口減が急速に進む現在、社寺の存続は「成功者を増やすこと」にかかっています。

本書も、読者さんからひとりでも多くの成功者が出るよう、大事な知識や情報を全てお伝えしています。

■成功者は「たまたま運がよかっただけ」という研究結果

定期・継続参拝をおすすめしましたが、たまたま目についた社寺やお地蔵さんを参拝するのもいいものです。「なぜか神社の鳥居が目についた」→「なんとなく参拝してみよう」と。

たまたま参拝をおすすめする理由は2つあります。

ひとつめは、キャリアの8割は偶然で決まるからです。

第1章の最初に紹介した、田中みな実さんの「成功者とのお食事会あるある」では、神社をすすめるだけでなく、「俺は本当に運がよかった」でしめくくるのが定番だとか。

実際、スタンフォード大学のジョン・D・クランボルツ教授らの調査によると、ビジネスで成功をおさめた人の8割が、成功の要因は予期せぬ偶然だったと回答しています。

成功したビジネスパーソンは「たまたま運がよかっただけ」と振り返る人が主流なのです。

スタンフォード大学の研究者はこの「たまたま」にフォーカスをあて、「計画された偶発性理論」という成功法を編み出しました。計画を固定せず、偶然起こった出来事を受け入れ、偶然の出来事を自ら積極的に起こして「いい偶然」を計画するのです。

■楽しめることなら、「いい偶然」に乗ってみる

社寺参拝においても、たまたま参拝するきっかけはあります。

・まちでたまたま見かけた
・SNSでたまたま目にした
・友人知人にたまたま誘われた

「たまたま」は神仏の「威に乗る」いい機会です。無理に「行かなきゃ」と思う必要はありませんが、自然に訪れた機会には「乗ってみる」ことをおすすめします。

写真=iStock.com/PicturePartners
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/PicturePartners

もし「計画された偶発性理論」を用いるならば、まち歩きでより色々な場所に行く、SNSで神仏好きな人のフォローをより増やす、友人知人の輪をより広げるなどで、「いい偶然」は起こりやすくなります。

「いい偶然」は心理学者カール・グスタフ・ユング提唱の「シンクロニシティ」とも言えます。意味は「意味ある偶然の一致」「同時発生」など。例えば、ある人が気になっていたら、その人から電話がきたなど、因果関係のない出来事がたまたま同時に起こる現象です。

ある神社が気になったら、その神社に行こうと誘われたり、その神社に行くツアーの案内をたまたま見てしまうようなことも、シンクロニシティです。

もちろん、嫌なことでもシンクロニシティが起こったからやろうと、義務のように思う必要はありません。しかし、楽しめることなら、「いい偶然」に積極的に乗ってはいかがでしょうか。そうすると「いいご縁」もますます広がることでしょう。

■弱く遠いつながりを大事にすると、「ご縁」の質が向上する

たまたま参拝をおすすめするふたつめの理由は、つながりが弱くて関係の遠い人達の方が、つながりが強く関係の近い人達より優れた情報や機会をもたらすからです。

社会学者の安田雪氏(関西大学教授)の著書『人脈づくりの科学』(日本経済新聞社)によると、スタンフォード大学のマーク・グラノヴェッター教授がおこなった、ボストン郊外に住むビジネスパーソン282人が対象の調査で、就職ないし転職に役立つ情報は、「身近な人々からではなく、どちらかと言えば疎遠な人々から得られることが多かった」(同書)とのこと。

人間関係は、自然にゆだねると、同じような人達(社会的地位・学歴・年代・性別・職場・職種・宗教・趣味嗜好など)で固まり、共通の友人知人が多い人達との関わりが中心になります。しかし、そうした人間関係は自由が少なく、内部情報の交換に終始して、新しい情報や新しい機会をもたらすことは少ないです。

だから、少し意図して、少し努力して、つながりが弱く遠い関係の人を大事にすると、より質のいい情報やより豊富なチャンスに恵まれる傾向があります。

これは、特に「傍流」「非主流派」の人に当てはまります。

■知らない町の社寺に参拝することの効果

もしあなたが組織の中心にいる人なら、同じような人達で固まり、共通の友人知人が多い人達と関わることで正解です。そうしないと中心から外れるので、他の選択肢はありません。

しかし、組織の中心から離れた「傍流」「非主流派」の人なら、つながりが弱く遠い関係の人を大事にすることで、色々な情報や機会に恵まれて影響力が増大します。

この人間関係の知恵を社寺参拝に当てはめると、普段参拝しない社寺に参拝したり、普段自分が興味を持たなそうな場所の社寺に参拝したりするとよいです。

なにせ神社もお寺もコンビニより多く存在しています。神道系の神社は8万624社、仏教系の寺院は7万6563寺(文化庁編『宗教年鑑』令和5年版)。とても全て回りきれません。

「この人、毎日のように神社行ってるな!」という人でも3000社も参拝していませんでした。私自身は数えていませんが、1000社も参拝しているかどうか?

八木龍平『成功するビジネスパーソンは、なぜ忙しくても神社に行くのか?』(PHP研究所)

あるいは、社寺「以外」で、社寺のような効果を持つ公園散歩を趣味にするのもおすすめです。公園もまた、公園のある地域への地域愛が増し、愛した対象のために貢献したい意欲が増して「愛を持って生きる力」が付きます。

日本人初の哲学者とされる西田幾多郎は、南禅寺と銀閣寺を結ぶ散歩道をよく歩いたことで、その道は「哲学の道」と名付けられました。発明王エジソンもタモリさんもよく散歩しますが、散歩といえば、最も多いのが公園です。

あなたの知らないまちの社寺や公園を出歩くと、自由な環境の中で、新しい情報や新しい機会がもたらされることでしょう。

----------
八木 龍平(やぎ・りゅうへい)
社会心理学者・神社の案内人
1975年京都市生まれ。NTTコムウェアのシステムエンジニア、富士通研究所シニアリサーチャー、北陸先端科学技術大学院大学・客員准教授、青山学院大学・非常勤講師などを歴任。リュウ博士として執筆のほか、セミナーや神社参拝ツアー等で活躍中。著書に『成功している人は、なぜ神社に行くのか?』(サンマーク出版)などがある。
----------

(社会心理学者・神社の案内人 八木 龍平)