史上最大のピンチである。

【画像】奥多摩に現れた、小池百合子氏

 状況を説明しよう。私プチ鹿島とラッパーのダースレイダーは数年前から全国の選挙現場を訪れている。選挙漫遊になぜハマったのか? 候補者は真剣勝負で人生を懸けているから熱さが凄いのだ。応援する人びとを含め目の前で熱い人間ドラマを見ることができる。「選挙は祭り」を痛感しつつ、誰を選ぶかによって自分の生活に関わってくることもあらためて実感できた。なので他の人にも選挙現場を見ることを薦めるようになった。「選挙なんか興味ない」と言ってしまえば、その陰でシメシメと思う人たちもいるのだから。

東京都知事選で「思わぬ事態」

 我々はこの数年で全国各地に行き、今年の1月は台湾へ総統選挙を見に行った。現場ではタイミングが合えば候補者や関係者に質問できる。民主主義の現場を堪能してきた。そして迎えた今回の東京都知事選。自分が住む地域だから飛行機に乗らなくても候補者に会いに行ける。楽ちん気分だった。

 しかし!

 ホームである東京都知事選の選挙漫遊がいちばん難しくなりそうなのだ。現職で2期8年務めた小池百合子候補に「会うことが困難」という可能性が出てきたのである。よりによって地元の選挙なのに!


小池百合子氏 ©文藝春秋

 小池氏がチャレンジャーとして出馬した8年前、私は何度も演説を見た。小池氏は出馬表明後、自民党に進退伺を提出。積極的に街頭に出て、自民党都連批判をするという戦法は熱を生んでいた。あれも「選挙は祭り」だったと思う。

 知事となった小池氏は4年前の選挙ではコロナ対策に専念という理由で選挙戦をほぼおこなわなかった。メディアにせっせと出る姿が選挙運動そのものでは? という指摘もあったが今回はいよいよ街頭に出てくるものと思っていた。

小池氏に聞きたいこと

 直接聞いてみたいこともある。小池氏は政策の中で「首都防衛」「ダイバーシティ」を訴えているが、それは「関東大震災の朝鮮人犠牲者追悼式典に追悼文を送らない」ことと矛盾すると思うからだ。朝鮮人犠牲者は地震で亡くなったわけではない。デマによって起きた虐殺で亡くなった。だから式典に追悼文を送るのだが小池都知事は7年前からやめている。小池氏は朝鮮人虐殺に「諸説ある」というがそんな学説はない。

 歴史を見ようとしない都知事がもし震災に直面したら……。デマやヘイトスピーチ対策はどうなる? 追悼文を送らない姿勢はダイバーシティ(多様性)にも矛盾する。このほか小池氏の街頭演説は8年前の熱が今もあるのか見てみたい。いろいろ知りたいことがあるので、告示日の第一声が待ち遠しかった。

ここまでやるかと思った“戦法”

 ところが告示前日にもたらされた情報は衝撃的だった。「明日の小池氏の第一声は10時半からビルの一室でおこなう出陣式のみ。公務を理由に街頭演説はナシ」。現場で知り合った記者が教えてくれた。3期目をやりたいという人が街頭に出てこない!? 一方で出陣式へのメディアの参加は先着順という。もしかしたら我々も入れるかもしれない(過去の選挙取材は2本の映画になっているので)。

 というわけで6月20日(木)朝9時すぎ。我々は西新宿のビルに向かった。幸運にも入ることができた。室内は狭い。取材陣は約30名いて、ギュウギュウ詰めでびっしり。対照的に支援者用のイス席はまだ誰も座っていない。どんな人たちがくるのだろう。

 すると出陣式スタート直前、スタッフに誘導されて赤ちゃんを抱っこした母親たちが入場してきた。スタッフの手元を見ると、名前の書いたリストがあったので出席者は決まっていたのだろう。小池氏の子育て政策に賛同する母親たちが集結という「画」を強調したかったに違いない。ここまでやるかと思ったがこれが、選挙戦なのかもしれない。

 小池氏の演説が始まると密室で異様な雰囲気を察知したのか、泣き出す赤ちゃんもいた。しかし夜のニュース番組を見ると“赤ちゃんをあやしながら演説する小池氏”という見事な「画」になっていた。

小池氏が街頭に出ない“2つの理由”

 小池氏は密室でのスタートについて「4月の(補選の)亀戸での第一声は、あまりにもプレッシャーが大きかった。今回は大丈夫かという不安を抱きながらだ」と語った。衆院補選で応援演説をした際、政治団体「つばさの党」による選挙妨害に遭ったことを指している。我々も現場で見ていたが、確かに妨害は酷かった。

 なので小池氏は街頭に出ない理由を「妨害」と「公務」の2本立てにしていたのだ。

 ただ、他候補の演説を見にいくと、今回はあのような妨害はもう無い。小池氏が街頭に出ない理由の一つは消えている。

 あとは「公務」だが、小池氏は4月の補選では乙武洋匡氏のために12日間の選挙戦で計9日間応援入りしていた。あのとき公務は大丈夫だったのか? 今回だけ公務のせいにしてないか。

 さらに今回は「公務マジック」があった。次の一文を読んでほしい。

《公務は都庁に籠もるだけでなく、現場視察に重点を置く。同行するメディアを通じて、2期8年の実績や今後取り組みたい施策をアピールする狙いが透けて見える。》(読売新聞6月24日)

 この手法なら小池氏にとって厄介なフリー記者がいないだけでなく、街頭演説をしなくてもPRができる。さっそくニュース番組では行政視察が終わったあとに報道陣にコメントする小池氏が大きく報道されていた。

 これには小池氏支持の都議会会派幹部すら、

《公務と政務の混同ではないかと懸念を漏らす。》(朝日新聞6月21日)

 小池氏は有権者、フリー記者のいる街頭に出てくるのがそんなにイヤなのだろうか。聞かれたくないことがたくさんある? そういえば18日におこなった公約発表のオンライン会見では、質問できたのは5社だけ。小池陣営幹部の「よっぽどフリーランスの記者の質問を受けたくなかったんだろうね」という声が報じられていた(報道ステーション6月18日)。

上品な野次馬、ピンチ!

 2期務めた都知事が出てこないのは、街頭演説は民主主義を堪能できる場と考える我々には深刻だ。では公務が無い(少ない)週末はどうするのだろう? 

 すると小池氏は先週末、土曜は八丈島、日曜は奥多摩町と青梅市に登場した。

 我々は奥多摩へ小池氏を見にいった。果たして姿を見ることができるのか? すっかり探検隊気分だ。

 JR奥多摩駅前を出ると、のどかな風景の中に警察やSPが大勢いて緊迫していた。金属探知機でのチェックや手荷物検査を受けて、選挙カーの前にあるゾーンに入れた。しかし選挙カーからはかなり距離があった。超厳戒態勢。

 小池氏は演説後に鉄柵越しにグータッチをしにきたが、流れが速くて質問まではできそうにない。我々にはマイルールがあり、候補者と支援者の触れ合いが終わってから声がけすることにしている(「上品な野次馬」と呼ばれています)。大体の候補者はそれで答えてくれるが、稀に逃げる感じの人もいた。その差が見れるから面白いのだが、今回は質問自体が難しかった。上品な野次馬、ピンチ!

 候補者の考えを直接聞ける街頭演説は、民主主義を実感できる場だと思っていたのだが……。小池百合子候補、有権者の前にもっと出てきてください。「会いに行けない都知事」は困ります。

(プチ鹿島)