埼玉・蕨の「ヤクザアパート」の大家が逮捕…近隣住民が明かす「ヤバすぎる実態」と長女が語った「母の過去」

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埼玉県蕨市に、「ならず者」が集結しているアパート群がある。この魔窟に潜んでいた犯罪者を逃がしたとして、逮捕された大家が話題だ。この女、何者なのか。ここにはどんな住人が住んでいるのか。

前編記事『「あんた、すぐ逃げな!」77歳の人情おばちゃんがヤクザを逃がして逮捕…その「ヤバすぎる舞台裏」』より続く。

「蕨の治安が悪くなった」

異様な雰囲気を醸し出す駅前周辺にある複数の電信柱には「空き室のお問い合わせ」と書かれたプレートが貼られていた。いずれも「稲垣」の名前が書かれている。彼女が精力的に賃貸業を行っていたことがわかる。

西川口駅から徒歩10分、中華料理の飲食店がひしめく商店街を抜けると住宅街に入り込む。西川口駅と蕨駅の間に位置するこのエリアに、稲垣容疑者が所有するアパートが点在している。まず事件が起きたアパートの近隣住民に話を聞いた。

「ここらで稲垣さんを知らない人はいませんよ。半グレだろうがヤクザだろうが、誰でも自分のアパートに無審査で入れてしまうから、蕨の治安が悪くなったと困っている住民は多いです。

実際、夜になるといかつい見た目の人の出入りも増える。こういう人たちが入れ替わり立ち替わりで、捕まった人の部屋を出入りするのを見たことがあるので、そこで覚醒剤の密売が行われていたのかもしれません。黒塗りのセダンが路上に駐車されていることも多い。こうした事情を踏まえてか、警察のパトロールは頻繁にあります」

ちなみに稲垣容疑者が所有する物件の間取りは2DKが多く、家賃は5万〜8万円程度だ。このあたりでは平均的な相場と言っていい。別の近隣住民はこう話す。

「彼女が大家業を始めたのは40年近く前からではないでしょうか。築40年以上はするような古い物件を次々と買い漁っていた印象です。周辺の住民に『土地を売るならウチで買いたいから言ってね』としつこく言っていたのを覚えています。

外見は背が低くて、ぽっちゃり体型。べらんめえ口調で話すおばちゃんですよ。家賃を回収するために、いつも自転車で入居者の家に行っちゃうくらい元気。それだけパワフルだから自分のとこの入居者を巡ってトラブルは絶えなかったですね」

「おばちゃんを悪く書くな」の声も

このように、稲垣容疑者は近隣住民からの評判が悪い。「家賃収入欲しさに、反社でもアパートに入れるから治安が悪くなった」というのが彼女に対する共通認識だった。

ところが、入居者に話を聞くと印象はガラリと変わってくる。住人である中年男性はこう語る。

「昭和にいたような世話好きなおばちゃんですよ。店子(入居者)が痩せていたら『しっかりご飯食べてるの?』と世話を焼いてくれたり、家賃の支払いが遅れると『ちゃんと仕事はしてるの?』と心配してくれる。90歳を超える独居老人の面倒を見ていたこともあったそうです。確実に家賃を得たかったという側面もあるだろうけど、それだけではないでしょう。

仲介会社などは通さず、すべての入居者と自分で直接会って契約しているようです。ヤクザや反社の人が住んでいることで批判されているけど、契約時に『ヤクザです』なんて言う人はいないでしょう。誰にでも部屋を貸していたら、そういう人種の住人が増えただけじゃないかな」

近隣住民とは打って変わって、総じて彼女の評判は良い。それどころか「おばちゃんを悪く書かないでほしい」と懇願したり、すごんだりする人が目立つ。

別の入居者はこう話す。

「ばあちゃん(稲垣容疑者)が反社と繋がりがあるなんて言われているけど、とんでもない。ヤクザに対して『ここに車を止めるな!』と激怒しているのを見たことがあるし、『ヤクザだったら出て行ってな』と入居者にも言っていた。それでも前科者、生活保護を受けている人、借金で首が回らない人など、普通の不動産の審査では通らないワケありの人間には優しくしていた印象だね」

長女が語った「母の過去」

取材拒否で断られるケースが大半ではあったが、話を聞けた入居者の半数近くは脛にキズを持っているように見受けられた。

稲垣容疑者の所有物件の近くには、ある暴力団が事務所を構えている。話を聞いてみると組員がこう応じた。

「稲垣さんは敷金も礼金も取らない。決してカネ儲けのために人をたくさん入れているだけではないと思う。たとえば、俺たちのシノギはテキ屋だ。決して覚醒剤なんか扱わない。

罪を犯さず真面目に仕事をしているのに、世間は『暴力団だから』とシャットアウトする。稲垣さんは、社会からあぶれた俺たちみたいな人間の受け皿になっていることをわかってほしい」

近隣住民からは「反社の片棒担ぎ」と糾弾され、入居者からは「昭和の人情おばちゃん」と評される稲垣容疑者。なぜ、彼女は誰彼構わずアパートに入居させるのだろうか。

蕨市内にある稲垣容疑者の自宅を訪れたところ、長女が取材に応じた。

「よく素性がわからない人であっても次々と入居させてしまうので、私が懸念を伝えたこともあるんです。それでも母は『大丈夫、私が責任を取るから!』の一点張りで聞いてくれませんでした。

他人には理解しがたい信条ですが、母の過去が深く影響していると思います。かつて母は、幼い私たち子供3人を連れて夜逃げをしています。女手一つで私たちを育てるなかで、誰からも手を差し伸べられずに辛い思いをしたはず。だからこそ、ヤクザだろうが半グレだろうが、困った人が近くにいたら助けたくなるのでしょう」

「彼女によって救われた人がいた」

夜逃げ後に飲食店を営み子供3人を育てていた稲垣容疑者は、相続した西川口の実家を売却して、40年ほど前から不動産賃貸業に乗り出した。彼女と20年以上の付き合いがある地元不動産会社の役員はこう明かす。

「いまも蕨や川口の物件を買い漁っているのは、家賃収入を得ることで、子供や孫に不自由な暮らしをさせたくなかったからでしょう。どケチなことでも知られていて、稼ぎはあるのに質素な生活をずっと送っています。

よく『私は人と繋がっているのが好きなの』と言う人でね。子供も含めて、自分に関わる人たちを助けたい気持ちが非常に強いんです。一緒に車に乗っていると『あそこの店子が気になるから寄って!』と様子を見に行くくらい。癖が強いから好き嫌いは別れるだろうけど、彼女によって救われた人がいることは間違いありません」

暴力団排除条例によって、暴力団など反社会的勢力に属する人が賃貸物件を借りることは不可能だ。たとえ「元」ヤクザであっても不動産の審査を通らないことがほとんど。結果的に社会復帰が難しくなり、犯罪に手を染める人は後を絶たない。長女がこう続ける。

「警察から連絡が来たときは、理性より先に情が立って『困った入居者を守らなきゃ』と電話をしてしまったのでしょう。社会的に許されないことはわかりますが、母らしいなと思いました」

どこにも入居できずに行く当てのない者に、稲垣容疑者はかつての自分を重ね合わせていたのかもしれない――。

「週刊現代」2024年6月22日号より

「あんた、すぐ逃げな!」77歳の人情おばちゃんがヤクザを逃がして逮捕…その「ヤバすぎる舞台裏」