新田真剣佑(左から2番目)らが好演した実写の「ONE PIECE」が2023年のNetflix年間ビュー1位を記録し、快挙を果たす(画像:Netflix)

Netflix、Amazon プライム・ビデオ、Huluなど、気づけば世の中にあふれているネット動画配信サービス。時流に乗って利用してみたいけれど、「何を見たらいいかわからない」「配信のオリジナル番組は本当に面白いの?」という読者も多いのではないでしょうか。本記事ではそんな迷える読者のために、テレビ業界に詳しい長谷川朋子氏が「今見るべきネット動画」とその魅力を解説します。

人気大作シリーズを抑えて1位

尾田栄一郎の人気コミックを実写化したNetflixオリジナルドラマシリーズ「ONE PIECE」が2023年にNetflixで配信されたTV部門の中で最も視聴された作品だったことがわかりました。

Netflixが5月24日に発表した「What We Watched: Netflixエンゲージメントレポート」第2版で明らかになった数字です。人気大作シリーズの「ウィッチャー」や「ザ・クラウン」などを抑えて、ぶっちぎり1位を記録しました。日本由来のコンテンツが2億人の会員を抱えるグローバルプラットフォームで年間トップを飾った意味は大きそうです。

実写の「ONE PIECE」は、原作の設定通り「海賊王」になることを夢見る主人公のモンキー・D・ルフィが仲間と支え合いながら冒険に繰り出す物語を描いています。アメリカ大手製作プロダクションのトゥモロー・スタジオが手掛け、英語の言語によるいわゆる本国製作のドラマでもあります。


ゾロ役を好演した新田真剣佑に注目が集まった(画像:Netflix)

メキシコ出身のイニャキ・ゴドイが演じたルフィは限りなく原作のイメージに寄せ、アメリカ女優のエミリー・ラッドを起用したナミは新たな魅力を引き出し、ゾロ役の新田真剣佑に注目も集まりました。

成績はというと、2023年8月31日にNetflix独占配信開始されて以降、日本では5週連続で「週間TOP10」に入り、申し分ないもの。やっぱり日本語で楽しみたいという人向けに、ルフィ役の田中真弓をはじめ馴染みのあるアニメ声優陣が揃った吹替版も用意されたことで数字を押し上げたのかもしれません。

本命のグローバルの成績は日本のそれを上回ります。世界集計の「週間TOP10(英語TV部門)」で8週間にわたりランキング入りし、これまで93の国と地域で週間TOP10入りを果たしました。

同じく2023年に配信され、視聴を伸ばした作品と比較すると、ダークファンタジーシリーズの「ウィッチャー:シーズン3」は、グローバルでのTOP10入り記録が8週、個別の週間TOP10入りは92の国と地域に上り、英国王室物語を描く「ザ・クラウン:シーズン6」は8週、85の国と地域という結果です。

これらのランキング指標では「ONE PIECE」はNetflixで世界ヒットした作品の1つという認識に過ぎませんが、Netflixが2023年後半の視聴結果をまとめた「What We Watched: Netflixエンゲージメントレポート」第2版をみると、総視聴時間を作品の時間で割ったビューで差をつけています。

「ONE PIECE」は約7200万ビューを記録し、2023年に世界配信された約2500作品を数えるTV部門の中で断トツのトップです。2位のドイツ発スリラードラマ「汚れなき子」の約5300万ビューより大きく上回っています。

スト中でライバルが少なかった

ある意味、ラッキーだったのかもしれません。2023年はアメリカの俳優と脚本家が同時期にストライキを行った年だったからです。しかも長期戦でした。俳優組合(SAG-AFTRA)のストライキは118日間、脚本家組合(WGA)は146日間に及びました。

ストライキの間にアメリカ全体で160以上の作品の制作が完全に止まっていたことがイギリスのリサーチ会社Omdiaによって報告されています。Omdiaの調査によれば、アメリカの主要メディアの中で影響を受けた番組数が最も多かったのはNetflixでした。世界的人気シリーズの「ストレンジャー・シングス」の新作を含む約25本の制作が停止した状態に陥ったそうです。

このストライキによって、撮影準備やプロモーションの時期がずれ込んだアメリカ発の作品は確かにあり、実写の「ONE PIECE」はアメリカ全体で通常よりもライバルが少ないタイミングで配信できたと言えます。

それでも、日本の漫画を実写化した作品が残した実績のインパクトは大きいはず。今はハリウッドから生まれた作品ばかりが人気を占めるだけでなく、Netflixの非英語のシリーズや映画は視聴全体の3分の1近くを占めていることがわかっています。

最も視聴されているのは韓国、次いでスペイン、日本と続きます。日本由来のコンテンツにまだまだポテンシャルがあるなかでの「ONE PIECE」の快挙でした。

日本政府がここにきてコンテンツ産業を日本の基幹産業にしようとする動きも後押しするかもしれません。4月17日に開催され、映画監督の是枝裕和氏らが出席した「第26回新しい資本主義実現会議」で発表された資料によると、日本由来コンテンツの海外売上は4.7兆円に上り、鉄鋼産業、半導体産業の輸出額に匹敵する規模にあたるというデータが敢えて示されています。

4.7兆円のうち、大半はゲームで占められ、映像による海外収入は1兆6000億円ほどです。この内の9割はアニメですが、過去の「クールジャパン施策」による効果とは言い難く、'60年代から個々が自力で続けてきた賜物です。

ただし、メディア環境が様変わりするなかではこれまでと同じようにはいきません。中身のある総合戦略で伸びしろを広げることにようやく目が向けられているのです。

続々生まれる実写化成功例

「ONE PIECE」の事例はグローバルプラットフォームで漫画やアニメの実写化に活路を見出していく強力な後押しになることが期待できます。原作次第では海外ドラマとして作ることができ、クオリティを追求するために十分な予算を充てることも可能です。

「ONE PIECE」の場合、2017年から計画に着手し、1話あたりの製作費は一部の海外メディアが報じた数字によると、1800万ドル(約28億円)に上ります。

また作者の尾田栄一郎自ら実写版の共同エグゼクティブ・プロデューサーを務めたことで原作の世界観がしっかり確保され、集英社も製作協力する体制が組まれました。さらにアメリカのNetflix製作チームに日本のNetflixプロデューサーも参加し、コミュニケーションの徹底化が図られました。この勢いで製作決定しているシーズン2にも期待が高まります。


2023年は「幽☆遊☆白書」の実写版も配信され、約1700万ビューを記録した(画像:Netflix)

「ONE PIECE」だけではありません。2023年は冨樫義博原作の「幽☆遊☆白書」の実写版も配信され、1700万ビューを記録しました。先のNetflixのレポートでは非英語の人気作品の1つとして紹介されています。

過去には、Netflix日本発作品として最高記録の視聴時間を保持する麻生羽呂原作の「今際の国のアリス」も実写化作品として成功例に挙げられます。Netflix日本発作品の中で初となるシーズン3の製作が決定し、ブロックバスター(超大作)級は実写版から生まれているのです。


山粼賢人(右)と土屋太鳳W主演の「今際の国のアリス」はNetflix日本発作品の中で最も視聴された作品だ(画像:Netflix)

今年に入り、また新たな成功例も作られています。北条司原作の実写版「シティーハンター」です。原作ファンでもある鈴木亮平を主演に理想的と言える実写化が実現しました。4月25日にNetflixで全世界配信されると、公式「週間グローバルTOP10(非英語映画)」(4/22〜28)で初登場1位を記録、これまでにフランス、韓国、香港、ブラジルを含む世界50の国と地域で週間TOP10入りを果たしています。


鈴木亮平主演の実写版「シティーハンター」は公式「週間グローバルTOP10(非英語映画)」で初登場1位を記録した成功例の1つである(画像:Netflix)

「残念な実写版」が作られてきた

これまで漫画アニメの実写化は駄作のレッテルが貼られることが少なくありませんでした。このたびの「セクシー田中さん」のような問題も起こっています。個々にさまざまな要因がありますが、広くは予算や技術の限界、そして映像化するメディアとの相性の悪さから残念な実写版が作られてしまっていました。

そんななか、「ONE PIECE」をはじめとするNetflixの成功例は、原作側と映像化する側、原作ファンと新たなファンそれぞれの条件が一致し、導き出されたのだと思います。


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(長谷川 朋子 : コラムニスト)