「問題を指摘する人」に問題があると思い込む心理バイアス「自発的特性転移」が陰謀論を生んでいるという主張
現代社会は気候変動やパンデミック、社会情勢の不安など、さまざまな問題に直面しています。これらの問題について警鐘を鳴らす人々がいる一方で、陰謀論を唱えてそういった警告を無視したり、批判したりする人もいます。なぜ警鐘を鳴らす人が批判されてしまうのかについて、社会心理学者であるジェシカ・ワイルドファイア氏が解説しています。
How Good, Kind, Caring People Became The Bad Guys
ワイルドファイア氏は、自身の母親が統合失調症を患っていたことを告白しています。ワイルドファイア氏の母親は、「CIAが夫をスパイしている」「カテゴリー4のハリケーンが家を襲う」「娘は宇宙人だ」といった妄想に悩まされ、真夜中に自作の爆弾をワイルドファイア氏らの部屋に投げ込もうとしたり、ワイルドファイア氏の弟を誘惑しようとしたりといった奇行に及んだこともあったそうです。
そのうち、ワイルドファイア氏は母親の精神状態が悪化するタイミングがわかるようになりました。そこで、父親と弟に警告したそうですが、父親も弟もワイルドファイア氏の警告に耳を貸さず、それどころかワイルドファイア氏が家族仲を壊そうとしているんじゃないかと考えたとのこと。最終的に母親は家族に暴力を振るったため、警察に逮捕されてしまったそうです。
この経験から、ワイルドファイア氏は「人は、脅威について警告する人を疑う傾向がある」ということを学んだとのこと。このことは、1998年に心理学者のジョン・スコウロンスキーとドナル・カールストンが「自発的特性転移」という心理バイアスとして報告しています。
自発的特性転移とは、人が他者について述べた特性を、聞き手がその話し手自身の特性として誤って認識してしまう心理現象です。例えば、ある人が「あの人は不正直だ」と言ったとします。自発的特性転移が起こると、聞き手は無意識のうちに「不正直」という特性を話し手に結びつけてしまい、「話し手は不正直な人だ」と思ってしまいます。
この現象は、特に否定的な特性について顕著に見られるとのこと。つまり、人が他者の否定的な特性について言及すればするほど、聞き手は話し手自身がその特性を持っていると誤解してしまう傾向があるというわけです。
2019年、ハーバード大学の心理学者であるレスリー・ジョン氏らの研究チームは、数百の研究をレビューし、11種類の実験を行った上で、「人は悪いニュースを伝える人を罰する傾向にある」という研究結果を発表しました。
研究チームによれば、人間の脳は、特に自己イメージやグループの調和を維持するような、ネガティブな出来事に対する最も簡単な説明を求める傾向があるとのこと。また、人々は「出来事に近接している人」に原因を帰属させがちであると研究チームは論じています。
つまり、悪いニュースを最初に伝える人は、聞き手が望ましくない結果の原因を探す際の格好の候補になってしまうのです。悪いニュースは、人々に「誤った」因果関係の説明を考え出すよう動機づけます。これらの説明は「浅薄で無意識的な思考によって特徴づけられる不十分な推論」を通して生成されます。
気候変動や政情の不安定といった現代社会の問題が渦巻く中で多くの陰謀論が生まれる一因として、ワイルドファイア氏は自発的特性転移を挙げています。社会問題について警鐘を鳴らす人が批判される場合、往々にして問題の真の原因はその人にあるのではなく、自発的特性転移によって人々が警鐘を鳴らす人に怒りを向けているためだとワイルドファイア氏は主張しています。
ワイルドファイア氏は、こうした人間の心理バイアスに対処するためには以下のことが必要だと述べ、意識の変化に時間はかかっても諦めないことが重要だと強調しています。
・知的で肯定的、思いやりがあり、成熟した、敬意を払う態度を保つこと。
・率直さとうまく伝えることのバランスを取ること。
・短期的には望んだ結果が得られないかもしれないことを理解すること。
・人々を正しい方向に導くために、時には工夫が必要だと理解すること。