「紅麹コレステヘルプ」による問題。その「初動対応」は正しかったのでしょうか(写真:CFOTO/共同通信イメージズ)

紅麹(べにこうじ)を配合したサプリメント「紅麹コレステヘルプ」の服用者が健康被害を訴えている問題。3月27日、小林製薬は4人の摂取者の死亡を報告するに至った。

複数の死者が出るという、企業の不祥事として最悪レベルの事態といえる。これを受けて、同社は入社式を中止、テレビCMも自粛することを決定している。

ここまでの重大な事態にまで陥るのを防ぐことはできなかったのだろうか? 本稿では、主にリスク広報という視点から考えてみたい。

“原因不明”の事態にどう立ち向かうか?

小林製薬に最初にサプリ摂取者の腎疾患の症例が報告されたのは1月15日。同社が消費者庁へ連絡したのが3月21日、消費者庁の指示を受けて大阪市保健所に連絡、大阪市経由で厚労省が知ったのが翌22日。同社が記者会見を開いたのも同日だった。いずれにしても、最初の症例報告から2カ月以上が経っている。「対応が遅すぎる」ということは、メディアからも、厚労省からも指摘されている。

不祥事が起きたとき、当事者やメディアは「起きてはならないことが起きてしまった」という物言いすることが多い。しかし、実際はそうしたことは、頻繁に起きている。いくら防止策を講じても、問題は起きてしまうというのが現実だ。

ただし、それへの「事後対応」によって、結果は大きく変わってくる。最も重要なの「初動対応」だ。リスクマネジメントにおいて「初動対応が重要」というのは基本中の基本だ。

記者会見では、小林製薬「本来はもっと早く報告すべきだったが、何が原因か分からず、できるだけ広く可能性を調べた」と説明。小林製薬がサプリに使われた原料などのデータを調べたところ、「未知の成分」の存在を示す分析結果が出たという。

要するに、「原因が分からなかったから」というのが、報告が遅れた理由である。一般的には、問題が発生したときには下記のようなプロセスをとる。

1. 事実確認

2. 事実関係と対応策の発表

3. 問題への対応

1に時間がかかったため、2ができなかったという説明になる。この問題を一般化すると「原因不明の問題が起き、事実確認に時間がかかる場合にどう対応するか?」となる。

では、こうしたケースではどう対応するのが適切なのだろうか?

どのタイミングで何を報告するのか?

症例が発覚した時点で、紅麹が原因で健康被害が起きた可能性があることをすみやかに公表し、被害を及ぼす可能性がある商品すべてを自主回収する――。供給先が173社もあるとされる中、「原因は不明ですが、紅麹を使った製品は全て回収してください」と取引先に強制することが簡単でないことはわかるものの、とはいえ、死亡事例が出るような事態を2カ月近く開示しなかったことがよかったとは思えない。

もし、健康被害の原因が紅麹ではなかった場合どうなるか?と想像してみるとどうなるか。

自主回収、廃棄のコストがかかってしまうし、売れたはずの商品を売らずに廃棄することで、機会損失も生じる。それ以上に、企業イメージ、商品イメージ低下のリスクも生じる。影響の大きさを考えれば、情報開示に尻込みしがちになってしまうのも理解はできなくはない。

筆者は理系(物理学)の大学院を出ているが、現代科学は細分化、高度化が進んでおり、同じ分野でも専門分野が少し違うだけで研究内容が理解できなくなる。

医学、薬学、化学の応用化学は、人の健康、安全に重要な影響を及ぼす分野だが、実際に健康被害が起きた時に、因果関係を特定することや、解決策を講じることに困難が生じることも実際に起こりうる。


小林製薬が扱う商品群。日用品や医薬品まで多岐に渡る(撮影:尾形文繁)

原因が特定できず、リスクの大きさも予想することができない時点で、どのような対応を取るべきなのか? 難しい問題だが、企業がこうした問題に直面することは少なからずある。

一般的に言えば、その時点で把握できている情報を適正な範囲に公開し、並行して対応を行うことは重要だ。

小林製薬がそうしていれば、健康被害ももっと小規模なものに留められたのではないか?という見方は当然生じるだろうし、そうした迅速な対応をとらなかったことは批判されてもやむをえないことだ。

少なくとも、監督官庁である厚労省に早い段階で状況を報告し、相談することはできなかったのだろうか。厚労省への報告義務はなかったとはいえ、関係各所と適切に連携を図ることは、リスク対応においては重要である。監督官庁に報告しておけば、リスクの分散を図ることもできたはずだ。

「有事対応」の体制ができていなかった?

軍事用語から借用して、リスクマネジメントにおいて、問題が起きていない通常の状態を「平時」、危機的な問題が発生している状態を「有事」と呼んでいる。

国家の運営と同様、企業経営においても平時対応と有事対応の両方が重要になる。しかし平時、つまり平和な状態が続くと、つい有事対応に疎くなりがちだ。平時においては業績が好調で評判もよい企業が、有事対応を誤り、さらなる危機に陥ってしまうことがある。

やや古い事例になるが、食中毒事件への事後対応を誤ったこともあって、経営危機に陥った雪印乳業の事例を思い出してみればよいだろう。

小林製薬についても、有事における初動対応が不十分、不適切であったがゆえに、現在の危機に陥ってしまったと言える。


今回、問題になっている「紅麹コレステヘルプ」(写真:小林製薬のサイトより)

小林製薬の場合は、自社で事象への対応に注力していたが、そこから波及する影響への見積もりが不十分で、適切な情報開示や関係各所との連携といった対応が後手に回ってしまったと言える。

有事対応は、慣れていないとなかなか適切にできないものであるし、事前の備えも重要になる。ところが、これまで深刻な問題を起こさなかった「健全な企業」ほど、有事対応が手薄になりがちになるというジレンマが生じがちだ。

一方で、有事対応を適切に行うことで、ピンチをチャンスに変えることができる企業もある。前の記事(「マクドナルド「どん底→V字回復」の知られざる軌跡」)で書いた異物混入等の事件による危機からV字回復を遂げたマクドナルドや、経営破綻から復活したJALが好事例となる。

小林製薬がこれから取るべき対応

不手際はあったものの、現時点では、本事件が作為的に起きたものではないようであるし、情報公開の遅れは、隠ぺい工作を行っていたことによるでもないようだ、

小林製薬の対応は不十分ではあるが、改善を図っていこうという姿勢は感じられる。今後も症例は増えていく可能性もあるし、さらなる死亡事例も出てくるかもしれない。健康被害の原因究明、商品の回収と並行して、被害者の方々との向き合い、自社だけでなく他社も含めた企業や商品イメージ低下のリスクへの対応など、様々な対応が求められる。

筆者は3月28日、ある外食企業の株主総会に出席したが、株主から紅麹に関する質問が出ていた。影響の及ぶ範囲の大きさを自覚した次第である。消費者の身でなく、取引先への対応も広範に及びそうだ。

小林製薬の「有事」の状況はこれからも続くだろうし、これからが本当の正念場と言えるかもしれない。3月29日には改めて記者会見を開く予定だ。同社には、関係各所に対して、迅速に適正な対応を行う必要があるが、それを可能にするには、有事に合わせた体制強化が求められる。

(西山 守 : マーケティングコンサルタント、桜美林大学ビジネスマネジメント学群准教授)