イトーヨーカ堂の投資ファンドへの売却が検討されている(編集部撮影)

ついに祖業に手をつけるのか──。

セブン&アイ・ホールディングスが、傘下の百貨店そごう・西武に続いて、祖業であるイトーヨーカ堂についても売却を含めた抜本的な改革の検討を始めていることが関係者への取材でわかった。すでに売却先として、2つの投資ファンドが俎上に載せられている。

セブン&アイは2023年9月、そごう・西武をアメリカの投資ファンド、フォートレス・インベストメント・グループに売却した。しかし、複数のアクティビスト(物言う株主)から「スピンオフ(分離・独立)すべき」と迫られていたイトーヨーカ堂については傘下に置いたままで、懸案として残っていた。

改革に乗り出すが売却も検討

セブン&アイもイトーヨーカ堂の改革が進んでいないことに対する危機感は抱いている。2023年3月には、自前の衣料品から撤退して「食」に集中する戦略を打ち出し、インフラの整備を進めたり傘下の食品スーパーと合併させたりしている。

2024年に入っても、1月に45歳以上の正社員を対象とした早期退職の希望者を募ったほか、夏までに本社を東京・四ツ谷から大森に移転させる計画だ。そして北海道、東北、信越地方の17店については地場のスーパーチェーンに譲渡するなどし、撤退する方針も打ち出している。

しかし、こうした施策はあくまでコスト削減がメイン。イトーヨーカ堂は2026年2月期までの黒字化を目指しているが、リストラしながら成長するのはいかにも厳しい。セブン&アイにとっても、イトーヨーカ堂の資産がROA(総資産利益率)向上の足かせになっている。

そのためセブン&アイの経営陣は、そごう・西武の売却を終えたことを受けて、イトーヨーカ堂についても売却を選択肢に入れた抜本的な改革策について検討を始めたもようだ。

事情に詳しい関係者によれば、セブン&アイの経営陣は当初、イトーヨーカ堂を株式上場させることについて検討していたという。しかし、「改革が進んでいない中ではエクイティストーリーを描くことができず、上場は難しい」として売却を模索し始めた。


改革が進んでいない中で、イトーヨーカ堂の株式上場は難しいと判断されたようだ(編集部撮影)

セブン&アイは売却先として、「ライバルであるイオングループと、(ドン・キホーテを展開する)パン・パシフィック・インターナショナルホールディングスだけはノーだ」(セブン&アイ関係者)と主張。そこで浮上しているのが、いずれも投資ファンドである日本企業成長投資とアメリカのKKRだ。

伊藤順朗氏の右腕がパートナーのファンド

日本企業成長投資は、日本企業に特化して投資する国内ファンド。温泉旅館やリゾートホテルを手がける湯快リゾートや、水回りの緊急メンテナンスなどを手がけるクラシアン、眼鏡の製造小売を展開する金子眼鏡などへの投資実績がある。

日本企業成長投資のパートナーを務める横山淳氏は、イトーヨーカ堂創業者の次男である伊藤順朗氏を10年近くサポートしてきた右腕。伊藤氏は2023年4月からセブン&アイの代表取締役専務執行役員としてスーパーストア事業を管掌している。

イトーヨーカ堂はセブン&アイの祖業であり、売却に当たっては創業家の反対も予想される。しかし、伊藤氏と関係の深い横山氏がパートナーである投資ファンドであれば、そうした懸念も払拭される可能性が高いと金融関係者は見ている。

日本企業成長投資は国内の投資ファンドとはいえ、経営陣の多くがアメリカの投資ファンド、ベインキャピタル出身。横山氏もベイン出身者で、実態は外資系投資ファンドに近い。関係者によれば買収後、伊藤氏を社長に据えてイトーヨーカ堂の立て直しを図ることも検討されているようだ。

もう一つの売却先候補であるKKRは、自動車部品のマレリ、会計ソフトの弥生、半導体製造装置などを手がけるKOKUSAI ELECTRIC(すでに他社へ売却済み)など、日本企業への投資を積極化させている。

スーパーでは、西友ホールディングスの親会社でもある。2021年にアメリカのウォルマートから西友株65%を取得。2023年5月には楽天グループから20%を買い取り、今や西友株の85%を握る。

しかし西友は、基幹システムをウォルマートのものから自前のものへ更新して以降、障害を起こすなど苦戦している。そのため西友は、イトーヨーカ堂の店舗網もさることながら、システムなどにも興味を示していると見られる。

実は、2022年からセブン&アイの社外取締役を務めているスティーブン・ヘイズ・デイカス氏は、ウォルマートのシニア・ヴァイス・プレジデントや西友のCEO(最高経営責任者)などを歴任した人物で、西友には詳しい。金融筋をはじめとした関係者はその組み合わせに注目している。

問題は企業価値の向上策

ただ問題は、投資ファンドに売却した後、いかに改革して企業価値を向上させるかだ。

2023年にセブン&アイに株主提案したアクティビストのバリューアクト・キャピタルは、「イトーヨーカ堂はセブン&アイが設立された2005年から18年に渡り構造改革と言い続けたが成し遂げることができず、結果、2500億円以上に上る特別損失を計上した」と主張していたように、イトーヨーカ堂の改革は容易ではない。

そうしたなか、イトーヨーカ堂の経営再建に関するアドバイザーだったフロンティア・マネジメントの創業者で社長を務めていた松岡真宏氏が、2月14日に突如、代表取締役を退任した。一部には、執行役員人事をめぐる社内対立に嫌気が差したとの観測も流れるが、セブン&アイとは付き合いも長くイトーヨーカ堂を知り尽くしているだけに、今後もこのディールに何らか関与する可能性もある。

また、セブン&アイ社長の井阪隆一氏は、社長就任時から創業家と親密な関係にあり、容易にはイトーヨーカ堂を売却できないのではないかとの見方もある。そのため創業家に配慮してイトーヨーカ堂の全株式ではなく、一部について売却する可能性なども囁かれており、事態は流動的だ。

4月にも予定されている2024年2月期決算の発表時に何らかの発表があると見られているが、しばらくの間、水面下での調整が続きそうだ。

(田島 靖久 : 東洋経済 記者)