新生エディージャパンが目指す「30秒」の戦いとは サッカー名門アヤックスもヒントに“超速”へ進化
1時間のメディアブリーフィングから検証する第2次エディージャパンの姿
ラグビー日本代表のエディー・ジョーンズ新ヘッドコーチ(HC)が15日にメディアブリーフィングを開いて、これからの強化方針、めざすラグビースタイルなどを語った。昨年12月の就任会見でも語った「超速」ラグビーをチームコンセプトに、動作だけではなく判断力や、組織的な動きも含めたスピードにこだわり、パワー重視の世界の列強に挑む。エディーの思い描くスタイルで、昨秋のワールドカップ(W杯)フランス大会で逃した世界8強の座を取り戻せるのか。1時間に及ぶ熱弁から浮かび上がる新生エディージャパンの姿、そしてどんな選手が求められるのかを検証する。(取材・文=吉田 宏)
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選手や、コーチングセミナー受講者らを諭すように、日本語とジェスチャーも織り交ぜながら、帰って来た指揮官は第2次エディージャパンの目指す姿に熱弁を振るった。
「日本はいま世界12位ね。どこまで出来るかはわからないですが、出来るだけ遠く(高い位置)に到達したいと思っています。前HCの ジェイミー(・ジョセフ)たちの下でやってきたことを継承し、土台にしながら、また違うアプローチを図っていかなければいない。 今日のブリーフィングは、そのアプローチについての全体像をお話ししたい」
契約上は2024年1月1日の就任だが、前倒しするように昨年末からすでに精力的な視察を続けている。行き先はリーグワンに止まらず、大学選手権、花園(全国高校ラグビー大会)の会場にも及んでいる。初采配は5か月後。1年前ほど前まで率いたイングランドとの一騎打ちが初陣だが、日本代表強化への意欲は、早くもこの敏腕指揮官らしい旺盛さをみせる。
「超速ラグビーというコンセプトでやっていきたい。それが日本のラグビーの核となるアイデンティティーだと思います。南アフリカと戦う時はフィジカルなゲームになり、ニュージーランドとの試合は世界一カウンター攻撃の上手いチームとの対戦になる。日本代表は、世界で一番スピードのあるプレースタイルに変えていきたい。それは動きだけじゃなく、考える速さもなければいけない。相手より早く判断することで、日本代表が1歩前に進んでいるような状態でプレーしたいのです。そのためのアイデアを準備しています」
この日も力説した“超速”という言葉は、昨年12月14日の就任会見で打ち出している。この2文字からは、2015年までの第1次エディージャパンでも築いたスピードを武器とした攻撃的なスタイルを、更に進化させようという指揮官の思いがわかる。そして、超速ラグビー実現のための重要なキーポイントになるのが「30秒」の戦いだという。
「ラグビーの試合は80分です。だが、世界のトップ10チームを見ると、そのプレー時間は平均30秒です。そして70秒はプレーをしていない。今のラグビーはNFL(アメリカンフットボール)のような試合になっているのです」
エディーが唱えるのは、試合中に実際にボールが動き続けている時間だ。ラグビーでは「ボール・イン・プレー」という言葉を使うが、これは一般的には80分の試合の中で何分間、実際にプレーが行われていたのかを指す。だが、エディーが注視しているボール・イン・プレーは、1つのプレーが何秒間で行われているかだ。強豪国の試合では、継続的にプレーが続く時間は平均30秒で、ミスや反則、タッチキックなどにより70秒プレーが止まる。その繰り返しが80分というゲームの構造だと考えている。
「小さく区切られた時間でプレーが行われ、動きを止める時間が長い。だから、今のラグビーは、スピードをどれだけ反復して出せるか否かにかかっているのです。だから日本代表も、30秒の中で本当にスピーディーに動きたいのです」
サッカーの名門アヤックスにあるディシジョンメイキングルームとは
このような視点からラグビーの試合を考えると、選手のセレクションや評価、どのような能力を伸ばすのかという根本的なエリアでも変化が起こる可能性もある。エディーが唱えるように、ラグビーがゲームを寸断する傾向を強めているのは間違いない。それは、南アフリカがW杯連覇を果たしたことでも証明されている。
このチームは、フィジカルの高さを武器にセットプレーと強固な防御による重厚なラグビースタイルが伝統だ。決勝戦で惜敗したニュージーランドが、ボールを積極的に動かしスピードを武器にするのに対して、ゲームをスローダウンさせ“細切れ”にして自分たちの強みを出していくのが南アフリカだ。このような世界のせめぎ合いの中で、エディーは日本代表が世界に対して優位に立てる“間隙”を「30秒」の勝負に見出そうとしている。
この限られた時間の中で、どう自分たちが素早さでアドバンテージを握れるのか。スピード重視のラグビーは、前回日本代表を指揮した2015年までのチームも十分に突き詰めてきた。そこに、エディー自身が語った判断の速さ、組織として機能的に動く速さという、ランニングなどの基本動作以外の領域でのスピードアップを図る。
一例として挙げたのは、「ディシジョンメイキング(判断力)」。エディー自身は、オランダの名門サッカーチーム、アヤックスの施設を引き合いに出している。
「アヤックスにはディシジョンメイキングルームというものがある。選手が、そこでどういうパスをすればいいのかという判断力の練習が出来るような部屋です。そのようなシステムを我々も使えるかを考えていきたい」
エディーが世界で成功しているチームや指導者、世界最先端のテクノロジーや科学の中から、勝つための術やヒントを旺盛に吸収するタイプのコーチだということは、昨年12月の就任会見後のコラムでも紹介したが、今回も貪欲さは変わらない。
アヤックスの施設の詳細については勉強不足だが、おそらくパスを受けてから、どう判断して動作(パス、ドリブル)を選び行動に移すかを、様々な状況の中で鍛えられる、いわばシミュレーションシステムのような環境を作り上げているのだろう。このようなディシジョンメイクの強化では、戦術や競技自体のスキルだけではなく、動体視力なども含めた運動生理学、生体力学(バイオメカニクス)の領域に及ぶ強化、進化も取り入れていくはずだ。
エディー自身も、2015年W杯までの代表強化では、オランダのバイオメカニクス研究者フラン・ボッシュを合宿に招くなどしているが、今回の第2次エディージャパンでも、競技やスポーツ自体の枠組みを超えた情報や知識、テクノロジーを積極的に取り入れていくのは間違いない。
個人のプレーに対して、組織としてのスピードについては戦術が重要になる。
「戦術を明確にしていくことで(試合中に)自分たちが何をするべきかを考える時間を減らすことが出来れば、早く判断(行動)が出来る。そのためには選手のセレクションも一貫性が必要だし、チームの仲間同士の相互理解も重要になる」
ゲームプランをチームに徹底的に落とし込むことで、選手はプレーを見て、判断して動くのではなく、プレー前から準備された各々に科せられた動きを迅速に遂行する――。このような完成度の高いラグビーは、2019年W杯でも日本代表は披露しているが、エディージャパンではさらに速さにこだわった組織的としての完成度を高めていくのだろう。そのようなチャレンジは全て、いかに相手を凌駕するスピードで戦えるかに集約されることになる。
「目」も武器に「ゴリラの目を見ても何を考えているかわからないが…」
速さへのこだわりは個々の選手のプレーや動作、そして組織や判断力に及ぶが、エディーは「目」をも武器にしようと構想を膨らませる。
「最も重要なポイントの1つが、人間が生物の生態系のトップに立つ理由でもある目です。例えばゴリラの目を見ても、何を考えているかがわからない。それは人間の目にある(眼球の)白い部分がないからです。なのでゴリラ同士はお互い何を考えているかわからない。でも人間は、ラグビーでなら世界の中で本当にいい判断を出来るチームは、目を通して動きを見て、そして判断することが出来るのです。
それを強化するために、どうやって行くかのアイデアは幾つかあります。もしかしたらAIを使っていくかも知れないし、それを加速して学んでいく必要があります。いま日本の選手を見ても、下を向いてプレーする選手があまりにも多過ぎます。なので、目を通して素早くコミュニケーションが取れるような状況に持っていかなければならない。それが出来れば、限界はないですね」
簡単にいえばアイコンタクトなのだが、それを試合中に偶然、瞬間的に目が合ったために実現したプレーではなく、自分たちの常套的なスキル、コミュニケーション手段としてチームに落とし込もうとしている。ブリーフィングでは、AI技術について、世界各地の空港などで使われるNECの技術を引き合いに出して「グリーンロケッツ(NEC母体のリーグワン・ディビジョン2チーム)ももっとサポートをもらえば強くなるかも知れない」と冗談交じりに話したが、あながち笑い話でもないだろう。
NECの持つ高い生体認証やモニタリングなどの技術を、先に挙げた判断力のスピードアップ、日本版「ディシジョンメークルーム」や、目によるコミュニケーションのスピードアップに使えないかと考えていたとしても、この指揮官なら不思議ではない。これを寄せ集めチームである日本代表で、メンバー全員に落とし込み、共有させるとしたら相当な時間や環境が必要だが、早ければ来月上旬にもスタートするミニ合宿や、リーグワン閉幕後の6月から本格化する強化合宿でのお手並み拝見になる。
強化は、このような技術的な領域に留まらない。2015年大会でのエディーと代表チームの成功には「マインドセット」も大きくフォーカスされていた。当時の日本代表や日本のラグビー界に根付いていた負け犬根性を、「世界一厳しい練習」と豪語したトレーニングで鍛え上げる事で払拭して、どんな強豪相手でも勝とうという精神状態を選手の頭の中に植え付けたのも、エディーの手腕であり功績だったが、今回も新たなマインドセットを選手に求めていくようだ。
「以前もフィットネスを重視してきたが、いま必要とされるフィットネスは、スピードをいかに反復できるか。繰り返し高いスピードで走れるかです。そこはフィジカルの部分だけではなく、生理的なこともあるし、体がどう機能しているかも知る必要がある。そして、メンタルの部分はかなり大きなところだと思います。速く走るためにはキツさが伴います。なので選手たちのマインドセットを変えていく必要があるのです。選手が、このキツさが好きだという気持ちになれるようにしたい。キツさを乗り越えて、もっといけるというメンタリティを持つことが必要です」
帰って来た指揮官は、選手たちに動作、思考、組織としての動きなどあらゆる局面でスピードを求め、テクノロジーを利用しながらも、メンタル面でも強化を推し進めようとしている。ブリーフングを聞けばどのような選手を求めているかも浮かび上がるが、敢えてエディー自身の言葉で、求める選手像を語ってもらった。
「日本に帰ってきてから、高校、大学のゲームを視察していますが、コーチングでは教えられないことをやっている選手は誰かという観点で見ています。ゲーム感覚、センスのあるような選手ですね。そして、もっと成長したい、もっといい選手になりたいと思っているような人材を見つけたいと思っています。人間は、ある一定のところまで努力をして満足するものです。そこが居心地がいいから。でも、椅子の背にもたれているのではなく、どんな時でも次に何があるのか、何をやるのかという前のめりになるような選手を見つけていきたい」
エディージャパンの一員になるための最初の関門
このコメントからわかるエディーの求める選手像は、12月のコラムで書いた、この指揮官自身の選手時代の取り組み方、姿勢そのものだ。エディー自身と同じように、どんな時でも旺盛に、貪欲に自分の進化を求め、歩みを止めないようなハングリーな選手。それこそ、エディージャパンの一員になるための最初の関門と考えていいだろう。
同時に若い選手の中で注視しているのは、セオリーを飛び越えたような能力を持つ才能だ。エディーの話を聞いて、すぐに頭に浮かんだのは山沢拓也(埼玉パナソニックワイルドナイツ)だ。昨秋のW杯メンバー入りは逃したが、日本屈指の創造力溢れるアタックやキックで日本代表キャップ6を持つ司令塔は、埼玉・深谷高3年の時にエディーが練習生として代表合宿に招いた逸材だった。
我々日本人以上に合理的な考えでラグビーにもアプローチするエディーだが、イングランド代表監督時代もマーカス・スミスのような同国の伝統的なSOとは異なる奔放さとスピードを持ち併せる選手も起用した実績もある。山沢のような一般論の枠組みから逸脱するような発想でプレーできる才能が、ラグビーには重要な意味を持つと考えているのは第1次体制から変わらない。
ブリーフィングでエディーは、高校、U20といった若手世代の代表合宿へも参加する意向を語っていた。未来の桜の戦士発掘、育成にも関わっていこうという鼻息は荒い。山沢自身への期待感も高まるが、同時に次世代の山沢拓也の発掘、育成にも注目したい。
(吉田 宏 / Hiroshi Yoshida)
吉田 宏
サンケイスポーツ紙で1995年からラグビー担当となり、担当記者1人の時代も含めて20年以上に渡り365日欠かさずラグビー情報を掲載し続けた。1996年アトランタ五輪でのサッカー日本代表のブラジル撃破と2015年ラグビーW杯の南アフリカ戦勝利という、歴史に残る番狂わせ2試合を現場記者として取材。2019年4月から、フリーランスのラグビーライターとして取材を続けている。長い担当記者として培った人脈や情報網を生かし、向井昭吾、ジョン・カーワン、エディー・ジョーンズら歴代の日本代表指導者人事などをスクープ。ラグビーW杯は1999、2003、07、11、15、19、23年と7大会連続で取材。