山手線で、いきなり心肺停止20分! 死にかけた人が教える「死の予兆」とは
■意識を失い電車の床に顔から倒れた
あれは2019年11月19日。仕事の打ち合わせに向かうため乗っていた山手線車内でのことでした。
もうじき浜松町駅というとき、私の心肺が停止したそうなんです。
そうなんです、というのは、私自身に一切の記憶がないからです。向かいの座席に座っていた人によると、座っていた私は急に前に倒れ、電車の床に顔からバンとぶつかったというのです。私の周りには人が集まり、声をかけてくれたりしたそうです。すぐにSOSボタンが押され緊急連絡が行われ、浜松町駅に到着するや駅員の方が必死に蘇生措置をしてくれたと、後になって聞きました。
でも私の記憶は、集中治療室でなんかザワザワしているという気配が途切れ途切れにあるだけ。倒れた前後のことはなにひとつ覚えていません。あのときの私は突然死寸前だったのです。
突然死とは、交通事故などの外因死を除く、瞬間死あるいは急性症状発現後24時間以内の死亡を指す。その多くが虚血性心疾患。心臓の栄養血管である冠状動脈が硬化や血栓で狭窄し、血液や酸素が供給されにくくなり発現するもので、心筋梗塞、狭心症、不整脈などがこれに当たる。日本AED財団のホームページによると、心臓突然死の数は年間約8万2000人。一日に220人以上、7分弱に1人が亡くなっていることになる。
冠攣縮性(かんれんしゅくせい)狭心症による心肺停止という、まさに突然死寸前のところから回復。奇跡的に社会復帰を遂げた熊本美加さんは、自身の回復に携わった方々から様子を聞き、著書『山手線で心肺停止!』を上梓。突然死について知ってもらうための活動もしている。
私はフリーランスの医療ライターをやっていて、健康管理にはそれなりに気を使っていたと思います。無類のビール好きでしたが、つまみは健康的なものを選んでいました。
また、エクササイズが好きで、ほぼ毎日、ヨガ、ジリアン・マイケルズのエクササイズ(有酸素運動と腹部エクササイズを組み合わせたもの)、ジョホレッチ(自律神経やホルモンバランスを整える)、ピラティスなどを行っていました。
アラフィフということもあり、毎年、区の健康診断や対象年齢のがん検診を受診。悪玉コレステロール値と中性脂肪値はやや上昇気味でしたが、ビール好きにもかかわらずガンマGTPなどの肝機能も尿酸値も正常の範囲。愛猫3匹と、平穏な日々を過ごしていたバツイチの私。仕事を終えてはビールを飲み幸せをかみしめる。そんな生活がずっと続くと思っていました。
ただし思い返せば、予兆というべきものがあったことも事実です。
あの日の2週間ほど前から、何度か胸に痛みを感じていたのです。胸の真ん中を、拳でギュッと押さえつけられたような苦しさを感じ、呼吸が辛くなるという経験がありました。
でもソファに横になってじっとしていると、10分ほどで痛みは消え去りました。その後は何もなかったかのように過ごせていたのです。単なるストレスだと軽くとらえていました。
心臓に問題があると疑わなかった理由は、ふたつあります。
ひとつは、私の家族に心疾患で亡くなった人はいなかったこと。もうひとつは、医療ライターにもかかわらず無知なことに、心臓は左胸にあると信じ込んでいたことです。自分の胸の痛みは中央でしたので、心臓のことを疑いもしませんでした。
心臓が動く「ドキドキ」は、胸の左側から感じられる。そのため心臓が左側にあると思う人が多いが、実際は胸の中央やや左寄りに位置する。左右それぞれに心室と心房があり、外から流れ込む血液は心房へ入り、心室を経て外へ押し出される。左右のルートは完全に分かれており、右心系は肺に、左心系は全身に血液を送る(位置が左右逆転している人もまれにいる)。全身に血液を送るほうが、肺に血液を送るより4〜5倍強い圧が必要になる。そのため全身を担当する左側のほうから「ドキドキ」を感じるのだ。
もし痛みを感じた時点で病院に行っていたら、詳しい検査を受け、心疾患の疑いありと診断をされたことでしょう。後に循環器内科の主治医に、どこがどう痛む場合に病院に行くべきかを教えてもらいました(「心疾患を疑うべき胸の痛み」表)。私が感じていた「ネクタイの範囲」も、病院に行くべき痛みだったことが、改めてわかりました。
私が心肺停止に襲われる2年前から、母ががんと闘病し、3カ月前に他界しました。また看護や葬儀などについて考えが異なったことから、親族と口も利けないほど険悪な状態になってしまいました。母を喪った悲しみに加え、親族との関係が、私にとって相当なストレスになっていたと思います。
強いストレスが動脈に悪影響を与え、心筋梗塞、狭心症、不整脈などを引き起こすことを知りました。私は入院中に受けたカテーテル検査で、ストレス負荷をかけると冠動脈が著しく細くなる体質だと判明しました。ストレスを甘く見てはいけないのです。
身元がわかるものを携帯していないと心臓突然死に襲われ無縁仏になる可能性も
山手線内で倒れた私は、浜松町駅で駅員さんたちに蘇生措置をしていただきました。AEDを4回もしてもらったのですが、心拍は戻らず。そこで救急車が来るまで、駅員さんたちが絶え間なく心臓マッサージをしてくれたそうです。
この蘇生措置のおかげで、心肺停止によって止まってしまった血液を、脳に送ることができたのです。
私が倒れてから救急隊が到着するまで、約20分が経っていたそうです。心肺停止後の数分が、生死の分かれ目といわれています。私が後に社会復帰できたのは、奇跡だと言われました。心肺停止で救急搬送された人が社会復帰を果たせるのは、1割程度。私くらいの時間がかかった場合は、確率として約3%だそうです。
たまたま山手線の車内ということで、訓練を受けた駅員さんによる心肺蘇生を受けることができました。これは本当に幸運なことです。もし道路を歩いているときに倒れたのなら、もし一人で住む家の中で倒れたのなら。私は間違いなく死んでいました。
救急隊によって病院に搬送された私は、すぐに集中治療室で治療を施され、人工心肺に繋がれました。
その病院は治療のほかに、面倒なことを抱えてしまいました。意識不明で救急搬送された患者については、病院は所持品から身元を割り出します。ところが私は、自分の身元を記すものを携帯していなかったのです。その日は運転免許証も健康保険証も持っていませんでした。スマホはロックされ、なんら情報を引き出せません。
家族に連絡を取る手がかりとなったのは、たまたま私が財布の中に入れっ放しにしていた父の名刺。そこに書かれていた電話番号に電話をしたことで、連絡が取れたのです。
■高次脳機能障害で長期間のリハビリを
病院に集まった家族は、管に繋がれた私の姿を見て、もう駄目だと感じたといいます。たとえ一命を取り留めても、重度の障害を残すだろうから、誰が介護をするか。そのような話し合いを続けていたそうです。
熊本さんが人工心肺を外され目を覚ましたのは、集中治療室に入って2週間後。すぐに皮下植え込み型除細動器を左胸につける手術を受けた。
意識を取り戻したのはいいが、脳は大きなダメージを受けており、高次脳機能障害と診断された。注意力や記憶力が著しく低下したうえ、感情のコントロールもきかず、妄想や暴言を繰り返す。本人は脳に障害があるという自覚はまったくなく、病院から脱出を試みてはつかまり、ついには腰に鍵付きの拘束ベルトをつけられた。
その後、リハビリ病院に転院。主治医、理学療法士、作業療法士、臨床心理士、看護師のチームが作った計画にのっとったリハビリ生活が始まった。退院できたのは山手線で倒れてから2カ月が経った頃。その後も社会復帰を目指し、通院してリハビリを続けた。
ケガ人や急病人が発生したときに、その場に居合わせた人のことを「バイスタンダー」と呼びます。私が生きていられるのは、多くのバイスタンダーの助けがあったからこそです。
感謝の気持ちを伝えるべく、浜松町駅に向かいました。駅員さんから119番通報をしてくれた方を紹介していただき、お礼に伺うことができました。そして救急搬送された病院へも。主治医から「今度は熊本さんが世の中に恩返しをする番ですね」という言葉をいただきました。
その言葉を胸に、救命講習を受け、救命技能認定証を得ました。
あのときの私には効かなかったのですが、AEDも命を救うためにとても大切です。自分が今いる場所の近くにあるAEDを教えてくれるアプリ(AED N@VI:日本AED財団制作)があります。自分がバイスタンダーになったときに備えています。
また医療ライターという仕事上、突然死を避けるために大切なことを取材し、自分の体験と合わせて伝えることも大事だと思うようになりました。
自分が健康であるとの過信が心肺停止を招いた大きな要因であることは、前述の通りです。今は区の定期健診のほかに、持病持ちになったのでかかりつけ医のもとで3カ月に1回、検査があります。少しでも変化があった場合に、かかりつけ医から指導をいただけるのはありがたいです。
ニトログリセリンを処方してもらい、胸に痛みを感じたときに飲むようにしましたが、DHEA(デヒドロエピアンドロステロン)を飲むようになってからは、一度もニトロの世話になっていません。DHEAは男性ホルモンの一種で、更年期障害の諸症状や倦怠感の改善に効くといわれています。すべての人に効果的かどうかはわかりませんが、私には効いています。
水分もまめに摂るようにしています。昔、お祖父ちゃんやお祖母ちゃんが枕元に水差しを置いて寝ていましたよね。あれは脱水症状を防ぐための知恵。脱水症状は血管に良くありません。枕元にペットボトルを置き、寝ている間にも水分を摂るよう意識しています。
■サッカーよりも怖い休日ゴルフ
心肺停止といいますと、激しい運動と関係が深いと思われがちです。特にサッカーは、2011年に元日本代表の松田直樹選手が練習中に亡くなるなど多くの痛ましいニュースが報じられてきました。でも実は、心肺停止で亡くなる方が多いスポーツは、ゴルフです。ゴルフを楽しむ多くの方は、日頃は運動不足気味でしょう。当日は朝が早いため寝不足ですし、休憩時間にビールをぐびぐび飲んでプレーに戻る。心臓に負担がかかるのは間違いありません。
外出するときは、身元を記したものを携帯することも大事です。いざというとき、スマホは役に立ちません。緊急連絡先、血液型、かかりつけ医の連絡先、持病の有無などを書いた紙を持つことをお勧めします。緊急搬送された患者の身元がわからない場合、病院は警察に連絡をします。逮捕歴のある人は別ですが、そうでない人の場合は、警察が倒れた周辺で聞き込みをします。それでも判明しないケースもかなりあるそうです。
私は一人住まいで、3匹の猫を飼っています。倒れる前から「猫互助会」をつくり、同じ境遇の猫飼い仲間同士で合鍵を託し合い、何かあったときに助け合ってきました。いざというときのペットのライフラインを考えておくことも大切です。
救急搬送された心肺停止疾病者のうち、約7割は自宅で倒れた人たちです。警備会社の中には、自宅の鍵を預かってくれ、ボタンを押すだけで救急通報したうえで自宅に入ってくれるサービスを提供するところもあります。経済的に余裕があるなら、検討するのもいいでしょう。
著名人の突然死の報を聞くと、怖いと思う一方で、他人事だととらえていないでしょうか。私もそうでした。しかし、突然死は、いつ、誰に起こるかわからないのです。
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熊本 美加(くまもと・みか)
医療ライター
主に男女更年期、性感染症予防などの記事を執筆。自身の体験をもとに、救命救急、高次脳機能障害についても情報発信中。著書に『新・アダムとイヴの科学』など。
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(医療ライター 熊本 美加 文=本誌編集部、イラストレーション=米山夏子)