(写真:Ahmad Salem/Bloomgerg)

イスラム組織ハマスによるイスラエルへの攻撃から1カ月以上が過ぎた11月11日。イギリス・ロンドンでは、イスラエルによるパレスチナ自治区・ガザへの攻撃停止を求める大規模なデモが起きた。主催者側は参加者およそ80万人とし、イギリス史上最大規模の抗議活動であったと主張した。

一方、ヨーロッパで最大のイスラム教徒、およびユダヤ人コミュニティを擁するフランスでは、社会秩序を乱すという理由から政府により親パレスチナ関連のデモ活動が禁じられた。

抗議の声を上げることさえ許されないフランスで、日本とパレスチナにルーツを持つ1人の女性が、悲痛な思いで事態を見守っている。パリ在住のオペラ歌手、マリアム・タマリさんだ。

マリアムさんは東京生まれで日本国籍だが、父の祖国であるパレスチナに深いつながりを感じている。日本から遠いと感じられがちなパレスチナ問題だが、2つの文化を担い、音楽を通じて平和を訴え続けてきたマリアムさんは、今回の事態やここに至った歴史的背景をどうみているのだろうか。

母は日本人、父はパレスチナ人

――日本とパレスチナにルーツを持つ方はあまりいないのでは、と推察します。ご自身のルーツについて教えてください。

母は1942年に東京で、そして父は同年にパレスチナのヤーファで生まれました。2人はそれぞれ悲惨な戦争を数々経験しており、アメリカで平和について学ぶ中で出会いました。父の出身地は1948年にイスラエルに占領されています。地元のパレスチナ人は虐殺され、生き残った者は父、祖父母ら含め、難民となりました。今ヤーファはテルアビブのおしゃれな観光地になっており、この歴史は抹消されています。


収奪されたヤーファの実家前で(写真:筆者撮影)

――マリアムさんは日本育ちですが、パレスチナはマリアムさんにとってどんな意味のあるところですか?

パレスチナには日本よりも親戚が多く、彼らとは非常に親しくもあります。3歳の頃からクリスマスなどは祖父母の暮らすパレスチナで過ごすこともあり、パリに移住した今は可能な限り毎年戻るようにしています。

遠い日本に暮らしながらも、愛する家族を日々苦しませる占領、不正、紛争の事実と苦しみには幼いときから日常的に触れていました。また日本では「パレスチナ人=テロリスト」との意識が強く、学校ではアイデンティティーを隠せとも言われたのです。


マリアム・タマリ/東京出身。米ブリンマー大学にて音楽と哲学専攻、同校を優等で卒業。ソプラノ歌手として天皇・皇后陛下(当時)やヨルダンのアブドラ国王夫妻の前などで歌声を披露。パレスチナ国立オーケストラ設立デビュー・コンサート、カイロ・オペラハウス25周年ガラなど、世界各国でオペラ、オーケストラやコンサートにソリストとして出演。2017年アラビアン・ビジネス誌の「世界で最も影響力のあるアラブ女性」の1人に選出。2007年から2022年、集英社「すばる」にて月刊コラム「パレスチナの朝」を担当。2009 年よりパリ在住(写真:Sherif Sonbol)

少なくとも6000人の子どもの命が奪われた

――今回のハマスの攻撃では、イスラエル側の民間人の子どもや赤ちゃん、お年寄りも犠牲になっていると伝えられています。今回攻撃が起きたことについて、率直にどう思いますか。

民間人に犠牲者が出ることは、決してあってはならない犯罪です。心が痛みます。そして、パレスチナ人こそ、この痛みが理解できるのです。

今回、初めてイスラエルはこのような規模で被害を受けましたが、パレスチナの人々は75年間絶え間なく世界屈指の軍事国イスラエルの下に軍事占領、「アパルトヘイト(人種隔離政策)」、ガザの包囲や定期的な爆撃と多くの虐殺を通し、民族浄化され続けているのです。南アフリカ、アルジェリアなど数々の国の歴史に見られるよう、入植者植民地主義は持続不可能な、非常に残虐なシステムであり、必ず抵抗運動が伴うのです。

――ガザでも多くの民間人、特に多数の子どもが犠牲になっています。

ガザ住民の47%が18歳未満、40%が14歳以下です。ガザでは10月7日以来1万5000人以上の死者が出ており、そのうち少なくとも6000人が子どもですが、日々この数は増えています。

また、「世界最大規模の屋根のない監獄」と言われるガザは、完全包囲が続く2005年以来定期的に爆撃され、昨年までも6000人以上の死者が出ているのです。

普段から水、食料、医療、燃料、電力の供給が制限されていますが、今はこれらが停止され、完全封鎖状態にあります。その中で住宅、病院、学校などが空爆され、怪我人や避難中の人々まで攻撃されています。逃げ場がないのです。

これらは戦争犯罪であり、今は国連関係者はじめ世界有数の専門家は「ジェノサイド」と呼んでいます。一刻も早く攻撃を止め、包囲を解く必要があります。

たくさんの親戚や友人が犠牲に

――イスラエルの空爆によって、影響を受けたご家族、ご親戚、ご友人はいらっしゃいますか。

我が家はクリスチャンの家系ですが、ガザの教会にかくまわれていた親戚が爆撃され、子どもを含めて3人亡くなりました。その他ほとんどの家族は(ヨルダン川)西岸におりますが、ガザには友人も多くいます。11月17日の朝、アーティストの友人は妹家族が爆撃され、妹、夫、子ども、孫を含めて全員が殺されました。一緒にかくまわれていた友人もです。

10月14日には、建築家の友人がやはり一気に家族20人を亡くしたとのメッセージが入りました。また、10月にはミュージシャンの親友が幼い従兄弟5人とその母を爆撃で亡くしています。

連絡が取れなくなっている芸術家の友人も数人いますし、身体障害のため、避難が不可能な家族と連絡が付かなくなっている親友もおります。今、大量虐殺が行われているのです。

――反ユダヤ系住民へのヘイトクライムについては多数報道がありますが、パレスチナにルーツを持つ人々へのヘイトについては、10月中旬にアメリカで起きたパレスチナ系の6歳の少年の殺害以外、あまり報道を見かけていません。パリでマリアムさんご自身への影響はありましたか。

2年前のガザ攻撃の時は、抗議活動としておとなしく行進していたら直接催涙弾を打たれました。今回は、ケフィエ(パレスチナのスカーフ)を首に巻いて近所で買い物中、見知らぬ男性に怒鳴られました。

パレスチナ人へのヘイトクライムはアメリカなど欧米各国で多数起きています。11月26日、アメリカ・バーモント州で大学の後輩を含む3人のパレスチナ系青年が銃撃されました。

また、ハーバード大学で見られたように、パレスチナを支援する多くの人は職をなくし、ドイツでは多くの市民が警察に暴力を受け、逮捕されています。

これらが「ヘイトクライム」とされないのは、欧米諸国が「パレスチナ支援」そのものを罰するスタンスを取っているからです。国家レベルで戦争を支援される今、フランスなど欧米のパレスチナ人は身の危険を感じています。国側が言論の自由を抑え、ヘイトクライムを行っているのです。ファシスト的な現象です。

アメリカによる積極的な軍事支援

――パレスチナ問題はイギリスの「三枚舌外交」によって終わりの見えない悲劇が何年も繰り返されています。

ポスト・コロニアルと言われますが、植民地時代は、終わっていません。まず、イスラエルは一刻も早く人種隔離政策と占領を終結し、ガザの包囲を解き、西岸の入植地を撤退させるべきです。これらの国際法違反が続く限り、両側が望む共存への道は停頓状態です。

なかでもアメリカは1999年以来、イスラエルへ年間最低26.7億ドルの軍事支援を行い、2019年以降、その額は年間38億ドルとなっています。国連、アムネスティなど数々の国際団体が引き続き国際法違反を非難しても、アメリカ、イギリス、ドイツ、フランスの賛同なしには無力です。南アフリカの人種隔離政策は、国際社会の力とボイコットが効果的でした。パレスチナの場合も、これらの解決法に力を入れています。

――お父様がイスラエル軍に拘束された時、イスラエル兵に無邪気に話しかけるマリアムさんを不思議に思ったその兵士が「憎むことを教えていないのか」と聞くと、お父様がある言葉を返したそうですね。

妹が0歳、私が3歳の時に、ヨルダンとの国境で家族全員がイスラエル軍に機関銃を向けられて拘留された経験があります。父が目の前で目隠しされ、手錠をはめられ、刑務所へ連れ去られました。

妹と私は「話しかけたら父を殺す」と脅され、母が軍用車両の中で歌って慰めてくれたのです。それでも刑務所から戻ってきた時、父は兵士に「子どもに憎しみは教えない」と話しました。

長年にわたり数々の不正に苦しむパレスチナ人として、父が決して憎しみを持つな、と教えてくれたことは宝物です。憎しみと怒りは異なる物。怒りや悲しみは不正を正す肯定的な原動力にもなりうるのです。

今、日本に期待していること

――日本は今年、パレスチナ難民支援70年を迎えました。国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)は最近、アジア初の関連拠点を日本に設置したい意向を示していますが、両方にルーツを持つマリアムさんは日本に何を期待しますか。

日本の支援、友好関係には、心から感謝しています。特に日本の皆様にはパレスチナを身近に感じて頂きたいです。日本には、アジア諸国とともに、外交を通して占領の終結に向けて働く立場にあり、その責任があります。

――オペラ歌手として常に平和の大切さを訴えられています。

1人の芸術家ができることは実にささいですが、希望を失わず、まずは自らのコミュニティー内、そして声が届く限り真実を語り続け、貢献を続けることが大切です。具体的には、パレスチナ人作家の詩に基づいた歌曲を主に作曲しています。自らエッセイ、詩の執筆活動も続けています。

クラシック音楽も、植民地主義である欧米を中心としない、より国際的な、そして公平な音楽へと成長して欲しいです。もちろん和平が最終目的ですが、迫害され続ける人間がいる限り、真の平和ではありません。

まずはすべての人間に正義を取り戻す必要があります。そのためにも、声を奪われ、迫害された人間の存在と尊厳を歌い、そして訴え続けることは芸術家に与えられた重大な役割です。

「オペラを初めて聴いた」パレスチナ人少女の反応

筆者はマリアムさんとは小学校からの同級生だ。都内のインターナショナル・スクールで共に学んだ。高校卒業時の同級生はわずか29人。その場に、パレスチナ人のマリアムさんと、そしてイスラエル人の同級生が1人いた。皆、その小さな国際社会で共存していた。

インタビューでマリアムさんが語っていた、イスラエル兵士に拘束された父の姿を目の当たりにした母がマリアムさん姉妹に歌ったのは、日本の子守唄だった。あの瞬間が、マリアムさんがオペラ歌手としての道を志す第一歩だったそうだ。

マリアムさんが、パレスチナの故郷であるヨルダン川西岸で初めてソロリサイタルを開いた際、筆者は取材で同行した。不条理な塀の中に閉じ込められてきた10代位の少女があの日、「生まれて初めてオペラを聴いた」と目を輝かせていた。あの時、マリアムさんが届けた感動を癒しとし、この悲惨な状況下を生き抜いてくれたなら、と願っている。

(楠 佳那子 : フリー・テレビディレクター)