ドラマ「東京貧困女子。」で、自身の離婚を機に経済誌の契約編集者として女性の貧困を追う連載を担当する雁矢摩子を演じる趣里さん(写真:WOWOW)

21歳医大生が「売春」にまで手を染めた事情』――東洋経済オンラインに掲載され人気を博した記事を覚えているだろうか。あれから6年の年月が経つが、貧困女性をめぐる社会問題は一向に改善されていない。

彼女たちの声を届けたい。連載記事は書籍化され、今年の11月17日からは、趣里さん主演のドラマ「東京貧困女子。」としてWOWOWで放送されている。このドラマの監督の青木達也さんと、脚本家の高羽彩さんの対談を前後編の2回でお届けする。前編では、ドラマの制作を通じて見えてきた、いまも続く最下層の女性たちの現実、そしてそこから抜け出せない理由について語り合った。

この記事の後編:三浦貴大の神セリフ「貧困は個人の問題じゃない」

必死に生きようしている、それだけなのに

青木達也(以下、青木):正直、「こういう非常にシビアな現実について問題提起するノンフィクション作品を、ドラマにできるのかな」と最初は思いました。


ただ、このドラマの原書『東京貧困女子。』に登場する取材対象の女性たちが、誤解を恐れずに言えば、魅力的に見えたんですね。たとえば、彼氏と一緒にいない間ずっとLINE電話が繋がっているという女性が出てきます。これは共依存的で、ある種、異常な関係性なのですが、そうまでして繋がろうとする心理には興味を引かれました。逆に親との繋がり、地域との繋がりを断つという、厳しい選択をした女性も登場します。

高羽彩(以下、高羽):「繋がり」が大事といっても、誰でもいいから繋がってさえいればいいわけではないんですよね。今回のドラマでも、かつて大きな負担となってきた配偶者との関係が切れて「正直、ホッとしました」と明かす女性も登場すれば、どうしても強い情から肉親との繋がりを断つことができずに金銭的な負担を強いられ、富裕層から今日の食事にも困る貧困へと転落してしまった女性も登場します。

青木:夫が職場でパワハラにあって鬱病になり、離婚した女性(第2話)と、両親の死後、精神疾患を抱えていた姉を遠距離介護していた女性(第3話)ですね。

高羽:はい。どちらもこの日本社会の現実の一面を描いていますが、いずれにせよ社会で孤立することは、自分の存在が誰の目にも入らず、また自分の目に支援団体などの有益な存在が入らないことを意味します。人はこうして社会から孤立し、隔絶され、適切な情報や公的・民間機関にもアクセスできずに、たったひとりで苦境を耐え忍ぶ状況へと追い込まれるんだと、執筆の際に参照したさまざまな資料や当事者への取材を通じて痛感しました。

青木:本当にそのとおりです。ドラマの制作を通じて「繋がり」って何なんだろうと考えさせられました。取材を受けている女性たちは、さまざまな事情で社会の周縁に追いやられている「弱い」存在です。だけど、弱いながらも、とにかく必死に日々を生きようとしている。ただ必死に生きようとしているだけなのに、「ほんの少しのお金」に途方もなく困っているんですよね。そこが痛々しいんだけど、同時に、とても人間らしくて放っておけない。

階層社会で見えなくなっている貧困


ドラマ「東京貧困女子。」の演出を手掛けた青木達也監督(写真:WOWOW)

高羽:書籍でも触れられていますが、今の日本社会は、単に貧富の差がある「格差社会」ではなく、豊かな人から貧しい人までがいくつかの階層に分断されている「階層社会」になってしまっているんですよね。

そうなると、自分が属している階層とは違う階層の人たちのことは見えない。私を含めてメディアにかかわっている人たちも、よほど意識をもって取材に行ったりしない限り、困窮している人と触れ合うことがありません。それと同じことが、きっと社会全体で起こっていて、本当に困窮して苦しんでいる人が現実に存在するのに、それを知らないままでいる人がすごく多いんじゃないかと思います。それが、いわゆる最下層にいる人たちの孤立を加速させる一因になっているのではないでしょうか。


ドラマ「東京貧困女子。」の脚本を執筆した高羽彩さん(写真:WOWOW)

青木:東京の貧困問題は、僕にとってもあまり触れる機会を得てこなかった現実だったんですけど、作品を通じて届けるべきことは、いまも高羽さんがおっしゃったように明確でシンプルですよね。

メディアはいろんな人に向けて発信します。おそらくドラマ「東京貧困女子。」は、いろんな人に向けて発信しても届く人と届かない人がいて、届く人にはちゃんと届く気がしているんです。とはいえ、たぶん「受け取る準備」まで整っている人はほとんどいない。まずは、こういう現実が実際にあるということを知ってもらうこと、これが最初のゴールでしょう。そこは十分達成できる作品になっていると思います。

高羽:「貧しい生活」とはどんなものか。単にお金がないだけではなくて、どんなふうに心を削るのか、子どもたちの可能性を摘むのか、次世代へと連鎖していくのか。そういうところまで想像できている人って、あまりいないんじゃないかと思います。私自身も、この作品にかかわるまではそうだったんですけど。

主人公「摩子」という存在に込めたもの

高羽:ドラマの中で取材対象となる女性たちは、田辺桃子さん、東風万智子さん、霧島れいかさん、宮澤エマさんなど錚々たる俳優さんに演じていただいていますよね。リアリティを出すために、演出上、どんなお願いをしたんですか?

青木:演出上、お願いしたのは「なるべく素人に近づいてほしい」ということです。おそらく「演じる」ということを超えていかないと、演技を素人っぽさに落とし込むことはできません。だから、そうとう無理なお願いをしたと思います。

高羽:名だたる俳優さんだけあって、みなさん、すぐにのみ込んで素晴らしい演技をしてくださいましたね。

青木:はい。取材側である主人公を演じる趣里さん、三浦貴大さんも、僕の要望をしっかり受け取ってくださって、特に取材シーンは真に迫るものになっていると思います。


貧困女性の取材シーンを演じる趣里さんと三浦貴大さん(写真:WOWOW)

高羽:作劇上の仕掛けでも、やはり趣里さん演じる雁矢摩子という存在がすごく大きかったですね。出版社の編集者で、もうひとりの主人公である三浦貴大さん演じる粼田祐二と共に貧困女性を取材する摩子は、一見、常識的で正義感が強いタイプなんだけど、女性の貧困の実情が何もわかっていないし、女性の貧困に現れている社会全体の問題が見えていない。無意識の偏見もあります。

青木:しかも、実は彼女自身も貧困という構造に巻き込まれている側なのに、それに気づかないまま無知をさらしたり、いらぬ親切で取材対象を傷つけたりしてしまう。

高羽:はい。こうした無理解による行き違いは現実の社会でもありふれたことであり、「摩子の目線」=「視聴者の目線」だと思っています。視聴者の方々に、「貧困にあえいでいる女性たちは、この同じ世界に実際に存在している人間なんだ。他人事じゃないんだ」と感じてもらうためには、最初から事情がよくわかっている人ではなく、「何もわかっていない人」を据える必要がありました。

青木:それが摩子だったんですね。他に印象に残っている登場人物はいますか?

高羽:どの登場人物にも思い入れがありますね。「絶対にこの人を最初にしよう」と思ったのは、医大に通いながら風俗バイトとパパ活をしている広田優花(田辺桃子・演)です。そのモデルとなった実在の人物は書籍でも最初に登場しますが、彼女のインタビュー記事がウェブで公開されると、コメント欄が非難や中傷で荒れてしまう。もちろん衝撃も怒りも感じました。ただ、そんなふうに荒れるコメント欄にこそ、彼女たちを取り巻く社会の限界値みたいなものが露呈されている気がしたんです。そこに一石を投じたいと強く思いながら、優花の回を書き上げました。


医大に通いながら風俗バイトとパパ活をする女子大生を演じる田辺桃子さん(写真:WOWOW)

青木:医師を目指して真面目に勉強したい。周りの子たちと同じように部活にも参加したりと、普通に大学生活を楽しみたい。それだけなのに、なぜ彼女ひとりが貧困を背負わなくてはいけないのか。そう考えると、やっぱり日本社会は何かおかしなことになっていると思わざるをえませんよね。

「こんな私がお母さんでごめんね」

青木:僕もすべての登場人物が興味深いですが、強いて挙げれば、第2話に登場する村上葵ですね。東風万智子さんに演じていただきました。このキャラクターは、言ってみれば「摩子が行き着くかもしれない悲惨な未来像」です。つらいセリフも多く、強烈に印象に残っています。

高羽:そのなかに、自分は「人間」ではなく、体を売っている相手の好きなように扱われる「モノ」であり、「人間扱いされないような私が、あんたのお母さんでごめんねって……」と、何も知らない息子への思いを吐露するセリフがあります。


自身の学歴を悔やみながら働くシングルマザーを演じる東風万智子さん(写真:WOWOW)

役者さんってすごいですよね。このセリフは、書いた時点でも十分つらかったんですけど、撮影で東風さんの体を通して絞り出される様を目の当たりしたときには、口に出すだけで何かが崩れしまいそうな葵の心情がありありと伝わってきたんです。自分で予想していた以上の衝撃を受けました。

誰もが絶対善でもなければ絶対悪でもない

青木:実は粼田自身も、かつては「何もわかっていない側」に立っていて、その彼が貧困について目を開かされるきっかけとなった重要人物が登場します。強い女性なんだけど、「逃げる」がキーワードになっていて、でもその「逃げる」は決して後ろ向きなものではない、その点で、一番扱いが難しく、残された粼田にとっても、その後の生き方・考え方に大きく影響してくる忘れられない別れが描かれます。


フリーの風俗ライター、粼田祐二(三浦貴大・演)の過去に大きく影響を与える人物を演じる高田夏帆さん(写真:WOWOW)

高羽:先ほど、摩子は何もわかっていないと言いましたが、粼田も決して完璧な人間ではありません。その過去の一件以降、貧困問題に対しては感度が高くなっているとはいえ、言葉も態度も無神経だし、どこか女性蔑視的なところもあって、おまけにコミュニケーション不全気味です。


世の中の複雑で不思議なところを表現したい(写真:WOWOW)

人間には誰しも、いいところ、悪いところ、いろんな側面があって、互いにかかわり合ったときに、いい結果を生むときもあれば悪い結果を生むときもある。摩子と粼田の関係性もそうだし、貧困女性と周囲の人たちの関係性もそうです。

そういう世の中の複雑で不思議なところを表現したいという思いもありました。誰もが絶対善でもなければ絶対悪でもない。いろんな種類、いろんなレベルの善悪がないまぜになっているのが人間であるというのは、脚本執筆で特に意識したことの1つです。

この記事の後編:三浦貴大の神セリフ「貧困は個人の問題じゃない」

(青木 達也 : 監督)
(高羽 彩 : 脚本家)