空爆後のがれきの中に落ちていたアラビア語の教科書(写真:ピースウィンズ・ジャパン)

イスラエルと、パレスチナ・ガザ地区を支配する武装勢力、ハマスとの衝突による犠牲者は、パレスチナで約2800人、イスラエルで約1400人に上っている。現地はどのような状況になっているのか。日本発の国際NGO(非政府組織)で、世界37カ国で人道支援を行うピースウィンズ・ジャパンのパレスチナ駐在員、矢加部真怜氏を通じてガザの状況を聞いた(日本時間の10月16日午後に取材)。

――ガザ地区への侵攻を示唆しているイスラエルは10月13日に、ガザ地区北部の住民110万人に避難勧告を出しました。その時の状況は。

ガザには現地スタッフの同僚が2人残っている。いずれも「どうやって逃げろというのか」と混乱に陥っている。ひっきりなしに爆弾が落とされ、自宅アパートの周りでも建物が倒壊している状況で、取り乱した様子だった。


やかべ・まさと/2017年東京外国語大学国際社会学部卒業。民間企業、政府機関を経て2022年2月よりピースウィンズ・ジャパンのパレスチナ事業現地代表。写真は2023年2月のトルコ地震緊急支援時(写真:ピースウィンズ・ジャパン)

ガザは壁に囲まれており、「天井のない監獄」と呼ばれている。福岡市とほぼ同じ面積に220万人が住んでいて、人口密度は世界最高レベル。

避難所となる病院や学校は、すでに空爆を受けた死傷者や避難者でキャパオーバーの状態にある。

南部までの道でも空爆が起きているという情報もあるうえ、逃げたとしても、避難所の当てがなければ車中か、路上生活が長期化する。さらに、そこで生きていくための食料や、水を得られる保証もない。

パンを買うにも4時間待ち

――避難先や生活物資がないのですね。

ガザへの人や物の出入りは、イスラエルの検問の上で行われるのだが、9日にガザへの食料、燃料、水の供給をイスラエルが止めた。燃料がないので発電所が停止し、通常の通信が使えず、情報をいつでも入手できる状況ではない。

食料品もなく、パン屋では小麦のストックが1週間分ほどしかないと聞いている。パンを買うにも4時間待ち。物価も高騰しており、ガザ中部に向かう乗り合いタクシーは以前4シェケル(約160円)だったのが、今では40シェケル(約1600円)になっている。

ハマスと同時に一般市民も対象とする集団的懲罰は、国際人道法違反にあたる。退避勧告は、イスラエルのアリバイ作りにしか聞こえず、国連もその規模の住民の退避は不可能だと指摘している。

――矢加部さんのいる場所はどういう状況ですか。

事務所は、イスラエルの占領下の東エルサレムにあり、住民の大半はパレスチナ人である。エルサレムにあるためイスラエル、ハマスどちらの攻撃の対象にもなりにくく、比較的安全な状況にある。

ただ、事務所から車で10分ほどの場所にある難民キャンプではパレスチナ人とイスラエル兵の衝突が起きている。楽観視できる状況ではない。

病人、子どもを抱えての避難は困難

――ガザにいる同僚の方たちは避難できていますか。

2人とも事情があって、退避命令の出ているガザ市の自宅にとどまっている。避難対象は110万人だが、南部に逃げたのは数十万人という報道もある。多くの人がガザ市に残っているようだ。


ガザ地区への空爆で煙が上がる様子(写真:ピースウィンズ・ジャパン)

スタッフの1人は20代後半の男性。父親が治療困難な心臓の病気を抱えており、先月煩雑な手続きを経てヨルダンで緊急手術を受けたばかりの状態だ。加えて、自宅に30人ほどの親戚や、周囲の困っている人をかくまっている。

病人を含めてみんなで避難するのは現実的ではない。なんとか彼1人でも逃げてほしいが、家族は見捨てられないという。

もう1人は40代後半の女性スタッフで、小学校4年生から大学生までの4人の子どもがいる。行く当てがなく、逃げることができないという。もともと彼女の親が、ガザに難民としてきた経緯があり、立て直してきた生活を失いたくない、逃げることは耐えがたいとも話している。

彼女は空爆の中でも、家庭内暴力から逃れてきた女性を自宅で保護している。

空爆の翌日、自分の安全も確保されない中で、支援事業の参加者への労賃支払いを心配し、事務所に電話をかけてきた。「私は善良な市民。(もし空爆で命を落としても)神様に受け入れられるだろう」と、悟りの境地に至っているようだ。

――病院などには逃げられないのでしょうか。

同僚の家の近くには大きな総合病院があるのだが、すでに避難者と患者が3万人集まっている状態だという。

だが、今回すでに数カ所の病院が空爆の標的にされている。過去の紛争では、ハマスが比較的狙われにくい病院や学校に武器を隠しているとイスラエルが主張し、攻撃をしている。

――病院の医療活動の状況は。

医療物資はもちろん入って来ず、医薬品のストックもなくなりつつある。電気がないので、人工透析機などの医療機器が動かなくなる危険もある。国連の最新のレポートでは燃料があと24時間分しかない。空爆で道がなく、病院へアクセスすらできない人もいる。

そもそもガザでは肉や野菜が高く、パンが安いので、糖尿病や肥満といった生活習慣病を抱える子どもが多い。糖尿病に必要なインスリン注射なども支援物資が滞れば入って来ず、そうした医療物資を入手できる人道回廊設置の見通しはまだ立っていない。

ヨルダン川西岸地区でも高まる緊張

――東エルサレムと隣接するヨルダン川西岸地区(パレスチナ)の状況はどうですか。

10月7日の侵攻以降、西岸で殺害されたパレスチナ人の数がすでに50人を超えている。緊張は高まっていて、陸路で他国に出ることはいつも以上に難しい状況になっている。

そもそもイスラエル現政権は入植推進派で、ハマスによる攻撃の前から緊張が高まっていた。

6月にはジェニンという都市のパレスチナ難民キャンプを含む居住地で大規模な軍事衝突があったほか、西岸各地でイスラエル軍の侵攻が連日行われていた。10月にはユダヤ教の祝祭で、数千人のユダヤ教徒がイスラム教の聖地で宗教的な儀式をし、イスラム教の聖地としての現状を維持する国際的な合意が無視されていた。

今、イスラエルは地上侵攻をしようとしている。ガザ地区の境界に戦車を並べて、イスラエル当局の決定一つで地上戦が起きる状況だ。

ハマスがイスラエル領内に入った直後はイスラエルへの同情も強かったが、すでに報復による空爆でガザ地区では2800人以上が亡くなっている。ここ数日で、イスラエル擁護一辺倒だったEUなど先進国の足並みがそろわなくなってきている。欧米の主要都市で反対デモも起きている。

望みは薄いが、なんとかイスラエルによる地上侵攻は踏みとどまってほしい。

(兵頭 輝夏 : 東洋経済 記者)